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満洲族が話すツングース諸語に属する言語 ウィキペディアから
満洲語(まんしゅうご、中国語: 满语、満洲語: ᠮᠠᠨᠵᡠ
ᡤᡳᠰᡠᠨ、転写: manju gisun)は、ツングース語族に属する言語の一つである。清王朝の支配民族にあたる満州族の母語で、「清語」「国語」などとも呼ばれていた。
満洲族は中国の統計で、1千万人を超える人口を有する[9]。しかし、一方で清代の長年にわたり、人口の上では圧倒的な少数派でありながら支配者として漢民族を含む中国全体に君臨した結果、満洲族の文化は中国文化と融合・同化していった。そして清が滅び、漢民族が主体の時代に入ると、その同化速度は加速していくこととなり、多くの固有の文化が失われていった。
満洲語もそのようにして失われていった文化の一つであり、清朝末期には、ほとんどの満洲族は満洲語を使用しなくなった[10]。満洲語の話者は満洲族の間でも極めて少なく、2023年現在、消滅危険度が最も高い「極めて深刻」と評価されることもある[11][12]。2019年時点で満洲語を母語(第一言語)とする者は15人ほどしかいないとされる[13](但し後天的に満州語を習得した第二言語話者は数千人いるとされており、満洲語の分岐であるシベ語も3万人ほどの第一言語話者を抱えている[14])。
清朝では、民間の漢人による満洲語と満洲文字の習得が禁止されていた[15]。漢人で満洲語と満洲文字を学ぶことを許されたのは、科挙合格者のうち第一等及び第二等を獲得し中央政治への参加を認められた者(状元・榜眼)のみであった。
満洲語は中国の歴史学者にとっては高い歴史的価値を有し、特に清朝の研究については、漢文の文献には表記されていない内容を提供することが可能である。漢文と共に併記されている場合は、それを理解するための補助言語になり得る[16]。満洲語は限られた母音調和がみられる膠着語で、単語は主に女真語に対応することが実証されている。モンゴル語と中国語からの借用語が存在する。
満洲文字はアラム文字、ソグド文字、ウイグル文字、モンゴル文字などを親の文字体系とし、縦書き専用の文字で、行は左から右に進む。各文字は、語頭・語中・語尾により異なった字形を持つ。ᠠᠮᠠ (ama, 「父親」)、ᠠᡧᠠ (aša, 「叔父(母方の兄弟)」)、ᡝᠮᡝ (eme, 「母親」)、ᡝᡧᡝ (eše, 「叔母(母方の兄弟の妻)」)のように、母音の違いにより性別を区別することがある。満洲語版のネルチンスク条約では、「中国の書」を意味する ᡩ᠋ᡠ᠋ᠯᡳᠮᠪᠠᡳ
ᡤᡠᡵᡠᠨ ᡳ
ᠪᡳᡨ᠌ᡥᡝ (dulimbai gurun -i bithe)と表記される。
アイデンティティを維持すべく、清朝は旗人に向けて満洲語の授業と試験を行い、秀でた者を奨励した。漢文の儒学に関する書籍が満洲語に翻訳され、満洲語の文学は発展を遂げた。
満洲語の辞書を作ることも行われ、特に1787-94年(乾隆52-59)頃には乾隆帝の勅命により満洲語、チベット語、モンゴル語、ウイグル語(アラビア文字表記)、漢語に対応した辞書の「御製五体清文鑑」 (ᡥᠠᠨ ᡳ
ᠠᡵᠠᡥᠠ
ᠰᡠᠨᠵᠠ
ᡥᠠᠴᡳᠨ ᡳ
ᡥᡝᡵᡤᡝᠨ
ᡴᠠᠮᠴᡳᡥᠠ
ᠮᠠᠨᠵᡠ
ᡤᡳᠰᡠᠨ ᡳ
ᠪᡠᠯᡝᡴᡠ
ᠪᡳᡨ᠌ᡥᡝhan-i araha sunja hacin-i hergen kamciha manju gisun-i buleku bithe) が編纂された。
イエズス会士も満洲語と満洲文字を習得し、フェルディナント・フェルビーストが康熙帝に天文学・数学・地理学を満洲語で講義を行った。漢文書籍でヨーロッパに紹介されたものは満洲語訳からフランス語に翻訳されたものが多く、ヨーロッパの科学知識も満洲語訳を介して漢文にされたものも多い。
しかし、旗人の間における満洲語の使用は、少なくとも18世紀、即ち乾隆帝の時代から減少する兆しがあった。記録によると、盛京(現: 遼寧省瀋陽)の筆帖式ゴルミン(果爾敏)は、乾隆帝が満洲語で話した内容を理解することができず、漢文で乾隆帝とコミュニケーションを取った。
清王朝中後期に至ると満洲族は徐々に漢語を使用するようになり、現在満洲語及び満洲文字を解す人は少ないとされている。しかし、21世紀に入るとインターネットが普及し、満洲語も僅かだが回復する兆しが見えた。
中華人民共和国の満洲族自治地域では消印や公文書、政府機関の標識などに満洲文字が漢字と併記されている。
21世紀初頭の中国では一部の学生の間にも満洲語が広まっており、部活やサークルなどが次々と生まれた。2005年10月1日にはハルピン工程大学で満洲-ツングース言語研究会が成立し、同年10月23日には当大学で初心者向けの第1期満洲語義務教育初級クラスが開講した。同年11月には黒竜江大学の趙阿平教授がハルピン工程大学にて満洲語の現状に関する学術報告を行った。2006年4月9日、第2期義務教育初級クラスが開講した。
2006年5月15日、東北農業大学で満洲語協会が成立し、同月27日に第1期満洲語義務教育初級クラスが開講した。
2008年6月、ハルピン市阿城区のハルピン科学技術職業学院が満洲語専門を生徒募集範囲内に置き、中国国内初の満洲語を学べる専門学校となった。第1期は生徒を30人募集する計画であった。
メディアの報道によると、2009年4月、ハルピン市香坊区莫力街村小学校が満洲語クラスを初めてから2年間で、生徒不足に陥ったという。
2010年6月、東北師範大学が満洲文字書法協会を設置、会員登録者数は70人、当大学の満洲文字クラスの学習者数は32人に登った。同年9月、吉林建築工程学院にて満洲語クラスが開講し、学習者は20人であった。吉林大学の学生が自発的に開設した満洲語のクラスには学習者が80人余りおり、長春市の民間人や吉林省社会科学院は満洲語のクラス及び満洲語の読書会を設けている。
定かでは無いが、2011年6月、中国大陸で満洲語使用者の人数は2000人を超えているとされている(シベ族を除く)。その中でも吉林省長春市と白山市には200人余りが満洲文字を解すことができる。学習者の人数は既に見積もることはできないとされている。
2011年2月、吉林省白山市満洲族学堂が18日にわたる満洲語の特訓を行い、吉林省と遼寧省の満洲族自治地方に満洲語の教師を提供した。その後、毎年の夏休みと冬休みに特訓クラスが開催されている。
2012年9月、「満族在線(満洲族オンライン)」サイトの会員が吉林省延吉市と天津市で満洲語のクラスを開設した。
現在、中国大陸では北京、瀋陽、長春、ハルピン、天津、西安、成都などで固定の時間帯で受講する満洲語のクラスが存在する。受講者の人数も少なくはない。
2012年12月、北京市索倫珠(ソロンジュ)満洲語文トレーニングセンター(中国語:索伦珠满语文培训中心)の協力のもとで、中国人民大学附属中学校が満洲語の部活を開始した。その後撫順第一中学校、北京大学附属中学校でも満洲語関連の部活や選択科目が設置された。
満洲語は、言語学的にはツングース諸語に分類される膠着語である。アルタイ語族があるとすればツングース語派に分類されることになる[17]。シベ語、ナナイ語、ウリチ語、ウィルタ語と同じく南ツングース語群に属する。女真語とは対応する単語が多数存在し、近縁とされるが、親子関係にはない。
南北2つの方言があるとされる。
2021年現在、中国東北部(黒龍江省富裕県友誼ダウール族満洲族キルギス族郷三家子村など)で継承されている満洲語は、東音を主体として北音の影響を受けた変種である。
以下に満洲文語の音韻を概観する(ローマ字はメレンドルフ方式による満洲文字の翻字である)。必要に応じて国際音声記号による補足説明を加える。
文字 | IPA | 備考 | |
---|---|---|---|
-i系統 | ai | ||
ei | |||
oi | |||
ui | |||
ūi | |||
-o系統 | ao | [ɑu] | |
eo | [ɤu] | ||
io | [iu] | ||
oo | ooはoの長母音ではなくむしろaoに近く発音 |
男性(陽性)母音・女性(陰性)母音・中性母音による母音調和が存在するが、厳格ではない。
男性母音 | a, o, ū |
---|---|
女性母音 | e |
中性母音 | i, u |
唇音 | 歯茎音 | 後部歯茎音 | そり舌音 | 硬口蓋音 | 軟口蓋音 | 口蓋垂音 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
鼻音 | m[m] | n[n] | ng[ŋ] | ||||
破裂音 | p[p], b[b] | t[t], d[d] | c[tʃ], j[dʒ] | k[k], g[ɡ] | k[q], g[ɢ] | ||
破擦音 | (ts[ts], dz[dz]) | ||||||
摩擦音 | f[f] | s[s] | š[ʃ] | (ž[ʐ]) | h[x] | h[χ] | |
震え音 | r[r] | ||||||
側面音 | l[l] | ||||||
接近音(半母音) | w[w] | y[j] |
音素の配列において以下のような特徴があり、それらの中には日本語と類似するものも少なくない。ただしrとlの区別がある。
満洲語の表記は、モンゴル文字を改良して作られた満洲文字を使う[18]。一方でラテン文字転写も盛んに行われている。主な転写法にメレンドルフ式と漢語拼音式があり、違いは以下の通りである。
音素 | メレンドルフ式 | 漢語拼音式 |
---|---|---|
[ʊ] | ū | v |
[ʃ] | š | x |
[tʃ] | c | q |
[ts] | ts | c |
[dz] | dz | z |
[ʐ] | ž | ŕ |
[y] | ioi | iui |
二重母音 | ao,eo,io,oo | au,eu,iu,ou |
満洲語は類型論的に膠着語に分類され、語順は日本語と同じく「主語―補語―述語 (SOV)」の順である。修飾語は被修飾語の前に置かれる。
si | manju bithe | tacimbi. | (汝は満洲の書を学ぶ) | ||||
主語 | 修飾語 被修飾語 補 語 |
述語 |
また、関係代名詞がなく代わりに動詞が連体形を取って名詞を修飾する。
soktoho | niyalma | (酔った人) | |||
連体形 | 名詞 |
さらに、動詞を活用する(動詞語幹に接尾辞を付ける)ことで、日本語で言う過去形や連用形と同じ働きを、動詞に持たせることができる。
例えば、動詞 ᡤᡝᠨᡝᠮᠪᡳ genembi(行く)の語幹 ᡤᡝᠨᡝ᠊ gene- に、過去を表す hV (Vは母音)をつけ ᡤᡝᠨᡝᡥᡝ gene-he とすると"行った"となる。大抵の場合、"hV"で過去を表せるが、例外もある。
ᡨᡠ᠋ᠴᡳᠮᠪᡳ tucimbi(出る), ᠵᠠᠯᠠᠮᠪᡳ jalambi(止める), ᠵᠣᠮᠪᡳ jombi(思い出す), ᠰᠠᠮᠪᡳ sambi(知る), ᠰᡝᠮᠪᡳ sembi(言う), ᡠᡴᠠᠮᠪᡳ ukambi(逃げる), ᠰᡠᠩᡴᡝ sumbi(脱ぐ)などには-kVを付け、其々ᡨᡠ᠋ᠴᡳᡴᡝ tucike (出た), ᠵᠠᠯᠠᡴᠠ jalaka (止めた), ᠵᠣᠩᡴᠣ jongko (思い出した), ᠰᠠᡥᠠ saha (知った), ᠰᡝᡥᡝ sehe (言った), ᡠᡴᠠᡴᠠ ukaka (逃げた), ᠰᡠᠩᡴᡝ sungke(脱いだ) とするのが一般的である。
満洲語の語彙には以下の特徴がある。
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