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原核緑藻(げんかくりょくそう、英: prochlorophytes)は、クロロフィルb(またはジビニルクロロフィルb)をもつ特異な藍藻(シアノバクテリア)のことである[1][2][3][4]。単細胞性のプロクロロン属 (Prochloron) とプロクロロコッカス属(プロクロロコックス属、Prochlorococcus)[注 1]、糸状性のプロクロロトリックス属 (プロクロロスリックス属 Prochlorothrix) の3属が知られている。この3属は生態的にも大きく異なるが、このうちプロクロロコッカス属(右図)はピコプランクトンとして外洋で優占しており、地球上で最も個体数が多い生物ともいわれる。
原核緑藻は、その光合成色素組成から、発見当初は藍藻とは異なる原核藻類群であるとして原核緑色植物門(学名: Prochlorophyta)に分類され、また同じクロロフィル b をもつことから、緑色植物の葉緑体の起源となったのではないかとも考えられていた。しかしその後の研究から、原核緑藻の3属は系統的には藍藻の中に含まれること、この3属は互いに近縁ではないこと、そして緑色植物の葉緑体とは系統的に無関係であることが明らかとなった。つまり原核緑藻は独立した生物群ではなく、現在では特殊な藍藻であると考えられている。そのため「原核緑藻」という名は分類群名として扱われることはないが、一般名としてはしばしば用いられる。また原核生物としては、オキシクロロバクテリア (oxychlorobacteria)[6] やクロロキシバクテリア (chloroxybacteria)[7] とよばれることもある。
原核緑藻は単細胞性(プロクロロン属、プロクロロコッカス属)または無分枝単列糸状性(プロクロロトリックス属)である。プロクロロン属は比較的大きく、直径25マイクロメートル (µm) に達する[8]。一方でプロクロロコッカス属は直径 1 µm 以下 (0.5–0.7 µm) のピコプランクトン性[9][10](図1)。プロクロロトリックス属は、細長い細胞(直径 1–2 µm、長さ 7–12 µm)がつながった糸状体である[11](下図3)。
細胞構造は、基本的に他の藍藻と同様である[12][13][10]。ただしチラコイド上にはフィコビリソームが存在せず、複数のチラコイドが重なってラメラを形成している点で一般的な藍藻と異なる(図2)。プロクロロン属では、チラコイドの一部が膨潤して大きな液胞状の構造を形成していることがある[12][14][15]。プロクロロトリックス属はガス胞をもつ[13]。
プロクロロン属やプロクロロトリックス属は、クロロフィル a とクロロフィル b をもつ[15][16]。クロロフィル a/b 比は、一般的な緑色植物に較べて高い(クロロフィル b は少ない)[17]。一方、プロクロロコッカス属はクロロフィルa、bを欠き、ジビニルクロロフィル a、b(DV-Chl a, b; クロロフィル a2、b2 ともよばれる)をもつ[18]。クロロフィル a を欠くという点で酸素発生型光合成生物の中で特異な存在である。また、原核緑藻はクロロフィル c 類似色素であるジビニルプロトクロロフィリド (Mg-3,8-divinyl pheoporphyrin a5 monomethyl ester; MgDVP) をもつことがある[19][20]。
原核緑藻の中で、プロクロロン属とプロクロロトリックス属は緑色植物のクロロフィルb合成酵素(クロロフィリドaオキシゲナーゼ; CAO)と相同な酵素をもっている[21]。しかしプロクロロコッカス属は、これをもたない[22]。また原核緑藻におけるクロロフィルa/b結合タンパク質は、緑色植物のそれとは異なるものであることが示されている[23]。
原核緑藻は、「フィコビリンタンパク質をもたない」という点でも藍藻の中では特異な存在である。そのためチラコイド上にフィコビリソームは存在せず、おそらくそのため一般的な藍藻と異なり、チラコイドが重なってラメラを形成する。ただしプロクロロコッカス属の一部で微量のフィコエリスリンが報告されている[24]。
カロテノイドとしてはゼアキサンチンが存在し、それに加えてプロクロロン属やプロクロロトリックス属はβ-カロテン、プロクロロコッカス属はα-カロテンをもつ[15][18][25]。
プロクロロン属やプロクロロトリックス属のルビスコ(リブロース-1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ)は、一般的な藍藻や緑色植物と同じform IBであるが、プロクロロコッカス属は一部の藍藻(シネココックス属など)と同様にやや特殊なルビスコ (form IA) をもつ[26][27]。プロクロロコッカス属のようにform IAのルビスコをもつ藍藻は、α-シアノバクテリアとよばれ、藍藻の中で1つの系統群を構成していることが知られている。
原核緑藻の3属は、生態的にそれぞれ異なる特徴を示す。
プロクロロン属は熱帯から亜熱帯域の群体性ホヤ(ウスボヤ科)の体内に細胞外共生(まれに細胞内共生)している[17][28][29](図4)。2019年現在培養は不可能であり、また自由生活性のプロクロロン属は見つかっていない[17]。特異なクロロフィルをもつ別の藍藻(クロロフィル d をもつ)であるアカリオクロリス属 (Acaryochloris) も、最初は群体ホヤから見つかったが[30]、培養可能であり、自由生活性のものものも見つかっている[31][32]。
プロクロロトリックス属はプランクトン性であり、ヨーロッパ北部の富栄養淡水または汽水域から見つかっている[33]。
プロクロロコッカス属は、近縁な藍藻であるシネココックス属 (Synechococcus)[注 2]とともに貧栄養域の海洋(低緯度の外洋)に大量に生育しているピコプランクトンであり、このような環境における最も重要な生産者となっている[10][34][35](図5)。細胞密度はときに 1,000,000細胞/mL 以上に達することがあり、地球上で最も個体数が多い生物であるともいわれる。このような環境では、光が強い水面付近から、照度が水面の0.1%程しかない水深 (150–200 m) までプロクロロコッカス属が生育しており、この中で遺伝的に異なる系統のものが住み分けていることが知られている[36][37]。表層に生育する強光型は DV-Chl a/b比が高く、深層に生育する弱光型では DV-Chl a/b比が低い。このように大量に生育するプロクロロコッカス属は、シネココックス属とともに、海洋の一次生産の約25%を担っていると考えられている[35]。
原核緑藻の中で最初に報告されたのはプロクロロン属であり(1975年)、原核生物でありながら緑色植物と同じクロロフィルbをもつことから注目された[8]。藻類は一般的に分類群ごとに異なる光合成色素組成をもつことが知られていたため、藍藻に続く2番目の原核藻類群であると考えられ、独立の門、原核緑色植物門 (Prochlorophyta) とすることが提唱された[38][39]。またクロロフィルbの存在という共通性から、原核緑藻は共生によって緑色植物の葉緑体になったとも考えられた[40]。その後、プロクロロトリックス属[11]とプロクロロコッカス属[9][34]が発見され、原核緑藻には3属が知られるようになった。
分子系統学的研究が盛んになると、上記のような仮説は否定されることとなった[23][41][42]。分子系統学的研究からは、原核緑藻の3属はいずれも系統的に藍藻の中に含まれ、さらにこの3属は藍藻の中でお互いに遠縁であることが示された(下図6)。またいずれの原核緑藻においても、緑色植物の葉緑体との近縁性は示されておらず、緑色植物の葉緑体が原核緑藻との共生に起因するとの仮説は支持されない。
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6. 藍藻の系統仮説の一例(いくつかの系統解析結果に基づく)[43][44][45][46][5][47][48]。●は原核緑藻3属を示す。 |
現在では、原核緑藻は特殊化した藍藻であると考えられている。一般的に、クロロフィルb の獲得は3属の間で独立に起こった現象であると考えられている(遺伝子水平伝播など)[49]。藍藻の共通祖先がクロロフィルb をもっており、その欠失がさまざまな系統(ほとんどの藍藻、灰色植物と紅色植物の葉緑体)で起こったとする考えもあるが[21][50]、その場合は極めて多数の二次的な欠失を想定しなければならない。
以上のようなことが明らかとなり、現在では原核緑藻が独立の生物群(原核緑色植物門)として扱われることはなくなり、全ての原核緑藻は藍藻(シアノバクテリア門)に分類されるようになった。シアノバクテリア門の中で、原核緑藻の3属を同一の分類群(例:プロクロロン目)にまとめることもあるが[51]、上記のようにこの3属は互いに近縁ではなく、この分類は適当ではない[52]。ただし、藍藻の中の分類体系はいまだ暫定的である。一例として、Büdel & Kauff (2012) は、原核緑藻3属を以下のように分類している[52]。
またプロクロロコッカス属は上記のような生理生態的な多様性(強光型、弱光型など)を示し、また遺伝的にも大きな多様性をもつ(プロクロロコッカス属では多数の株でゲノム塩基配列が決定されている)。2019年現在、このような遺伝的多様性に基づいて、プロクロロコッカス属を Prochlorococcus、Eurycolium、Prolificoccus、Thaumococcus など複数の属に分けることが提唱されている[5]。
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