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アイシングとは、氷や水などを用いて身体を局所的に冷却することを指す。アイシングは負傷・疾病に対する応急処置(RICEと呼ばれる、負傷時に行うべき4つの応急処置法の一つである)、運動時の負傷の防止や筋肉痛・疲労蓄積の軽減、止血などを目的として行われる。さらに運動時に筋肉の温度を運動に適した程度に保たせたり、適度な運動や温熱療法と組み合わせることで治療効果を得ることもできる(#クライオキネティックス・#温熱療法との併用(コントラスト)を参照)。
アイシングの持つ生理的効果には以下のものがある。
アイシングには氷、コールドパック(保冷剤が入った袋。)、冷湿布、コールドスプレーなどが用いられる。それらが手元にない場合には流水にさらすという方法もある。
このうち、患部の表面だけでなく深部まで冷却するという目的を達成するために最も優れているのは氷である。とりわけ摂氏0℃の氷は、質量あたりの冷却能力(周囲から熱を奪う能力)の高さ、すなわち冷却効率という点において最も優れている。これは摂氏0℃の氷1gが摂氏0℃の水になる際に要するエネルギー(融解熱)が摂氏0℃以下の氷1gの温度を1℃上昇させるのに必要なエネルギーよりもはるかに高いことによる(温度の上昇に要するエネルギーの大きさは周囲から熱を奪う能力の高さを意味する)[† 1](一般には温度の低い氷のほうが質量あたりの冷却能力が高いと誤解されがちである)[6]。氷を用いる場合は、氷嚢に氷を入れる方法、ビニール袋の中に氷を入れてから空気を抜いてアイスバッグ(アイスパックともいう)を作る方法、バケツの中に氷と水を入れる方法がある[7]。氷嚢やアイスバッグを作るのに十分な量の氷がない場合は、氷を直接患部に当てて動かす方法(アイスマッサージ)もある。アイスマッサージはアイスバッグを当てにくい場所のアイシングや局所的なアイシングに適しており、氷を動かすため凍傷を起こしにくいという利点がある[8]。氷嚢やアイスバッグを固定させたい場合には包帯や専用のサポーターを使用する。
コールドスプレーは氷よりもアイシング効果は低いが、一時的に痛みを緩和させるのに役立つ。コールドパックも冷却能力は氷より劣る[9][10]。一般に冷湿布は皮膚の表面温度を約2℃下げる効果を持ち(深部を冷却する能力には欠ける)、効果は2-4時間持続する[9][11]
身体を負傷した場合、炎症を抑え痛みを軽減させるための応急処置としてアイシングが行われる。また歯痛や風邪の初期症状としての喉の痛みといった疾病に対する処置としても行われる。これらはあくまでも医師による診断及び治療が行われるまでの応急処置である[12][13]。
スポーツにおいては負傷に対する応急処置以外にも、運動後の疲労蓄積・筋肉痛を軽減させ、前述の二次的低酸素障害を防止する目的で行われる。アイシングは前述のように、冷却した部位の細胞の新陳代謝レベルを低下させる。運動後は筋肉の温度が上昇することでエネルギー消費が大きくなっており、そのことが疲労の蓄積に繋がる。したがってアイシングを行うことでエネルギー消費を抑え、疲労の蓄積を抑えることが可能になる。また筋肉が損傷し痛みを覚える場合には痛感神経をマヒさせることで筋肉痛を和らげ、筋スパズムを軽減させることが可能となる。さらに筋肉が微細な損傷を負ったことによる炎症を抑え、損傷が周囲に拡大すること(二次的低酸素障害)を防止することができる[14]。
スポーツ選手にとってフィジカルトレーニングや競技の後のアイシングは常識であるとされる[15]。またスポーツ選手は身体に慢性的な痛みや故障を抱えていることが多いため、痛みの緩和や故障の悪化の防止のためにも行われる[16][17][18]。
さらにスポーツの分野では、パフォーマンスを向上させる目的でアイシングを行うことがある。筋肉にはパフォーマンスを発揮するのに適した温度があるが、競技中は筋肉の温度が過度に上昇する。そこで身体に水をかけることで過度に上昇した筋肉の温度を下げ、パフォーマンスが発揮しやすい状況を作り出す。多くのマラソン選手は競技中に給水所で受け取った水を腕や足にかけている。サッカーにおいても、夏期の試合では同様の目的で足に水をかける選手が多い。[19]。
ウォーミングアップの前にアイシングを行うと、2つの効果を得ることができる。1つは冷却した部位の血流量を消費エネルギーを抑えつつ短時間で増加させ、筋肉の温度(筋温)を運動に適した温度に高めることである。ある部位を局所的に冷却すると、その部位の温度を元に戻そうとする作用が働く。それに合わせて運動を行いさらに血流量の増加を促すことで短時間で血流量を増加させ、筋温を高めるために消費するエネルギーの量を節約することができるのである[20]。2つめの効果は、特定の部位に痛みを抱えている場合に、筋スパズムが発生することを防止することでパフォーマンスの低下を抑える効果である[21]。
アイシングは、リハビリテーションの場面でも活用される。手術後は傷口が痛むため、そのままでは術後の数日間はリハビリテーションを行うことができず、さらに筋スパズムの発生により身体を動かすことが困難になる。これに対し専用の装置を用いてアイシングを行いながら他動運動(機械の動きに身を任せて身体を動かすこと)を行うことで、手術の直後からリハビリテーションを行うことが可能となる[5]。
アイシングにおいては冷やし過ぎにより凍傷を負う事に注意する必要がある。冷やし過ぎを引き起こす要因には冷却時間・冷却媒体の温度・冷却媒体の種類・患部への圧迫の度合いがある。とりわけ重要なのは冷却媒体の温度である[51]。コールドパックの中には摂氏0℃以下に冷えるものがあるが、そのようなものを使用すると短時間のアイシングであっても凍傷を引き起こす危険があるため、使用時にはタオルで巻くなどの工夫が必要である[52][53]。また、コールドスプレーを長時間至近距離から吹き付ける行為は凍傷を引き起こしやすい。前述のようにコールドスプレーは氷よりもアイシング効果は低いため、患部の深部を冷却しようとすると長時間吹き付けることになるので注意が必要である[54][55]。氷を使用する場合でも、家庭用冷凍庫で作ったものや市販のものは摂氏0℃以下に冷却されている場合があり、そのような場合は氷を水に濡らして表面を溶かすか、水を混ぜて氷水にして対処することが望ましい[56][53]。アイシングをしたまま眠ると凍傷を引き起こす恐れがあるので注意が必要である[57]。アイシングを行う時間の目安はおおむね10-30分である[58]。
皮膚に創傷や擦過傷がある場合は傷口から細菌が侵入して化膿を引き起こす恐れがある。化膿を防止するためにアイシングの前に傷口を消毒し、絆創膏を貼ることが必要である[54]。
アイシングは血行を抑えるための行為である。そのためアイシングの最中およびアイシング後しばらくの間、血液の循環を促進する飲酒・入浴・過度の運動を行うことは厳禁である[54][59]。
皮膚の弱い者がアイシングをする場合にはアンダーシャツの上から行うなどの配慮が必要である[57]。冷却に対する過敏症、冷却による一時的な血行障害を引き起した場合はそれ以上のアイシングを避け、医師の診断を受けることが望ましい。その他、心疾患や局所循環障害を患っている場合にはアイシングは禁物である。[54][60]。また冷湿布については、サリチル酸メチル、カンフルなど血行を促進する化学物質が含まれている場合が多い。それらの化学物質は内出血を助長し、腫れや痛みなどの炎症を悪化させる場合があるので注意を要する[9][61]。
RICEとは、負傷時に行うべき4つの応急処置法(安静・冷却・圧迫・挙上)の総称である。これら4つの処置法は単独でも効果を発揮するが、同時に行うとより大きな効果を発揮する[62][63]。4つの処置を同時に行うことが困難である場合には、まず冷却、すなわちアイシングに行うことが迅速に行うことが負傷の予後によい影響をもたらすとされる[64]。なお、RICEのうち冷却と圧迫を同時に行うための道具として、バンデージ状の冷却材がある[65]。
クライオストレッチとは、筋肉の緊張を解消するという意味で同様の効果を持つアイシング[† 2]とストレッチを組み合わせるストレッチ法のことで、一般には筋肉に痛みや張り・緊張を抱えているために通常のストレッチが困難な場合に行われる。具体的な方法としては筋肉を5-10分間アイシングし、その後ストレッチを行う(ストレッチの際にはアイシングをやめても続けてもよい)。さらに、ストレッチの効果を高めるために行われるクライオストレッチもある。この方法ではストレッチにより筋肉を限界まで伸ばした時点でその箇所を冷やすことで伸びた状態を筋肉に記憶させ、元に戻りにくくする[66]。
クライオキネティックスとは、アイシングしながら適度な運動を行うことで損傷した組織の回復を早めようとする方法である。前述のように患部が損傷している場合には細胞液や血液を患部の毛細血管に集中させて治癒させようとする作用が働くが、この作用は患部に適度な運動を加えることで促進される。クライオキネティックスはそのことを利用して、アイシングによって患部の痛感神経をマヒさせて痛みを和らげ、適度な運動を行うことを可能にすることで患部の回復を早めようとする[67][68]。
温熱療法とは、患部を温めることで周辺の細胞の働きを活発にし、新陳代謝を促進させて筋肉の緊張・収縮をほぐして痛みを和らげる治療法である。アイシングと温熱療法を連続して行うことをコントラストという。具体的にはまずアイシングを行い、続けて患部を温める。そうすることでまず患部の炎症を抑え、その次に血液循環を向上させ炎症の原因物質の除去と筋肉への酸素供給を促進させて回復力を高める効果が得られる。コントラストはぎっくり腰や寝違えに対して効果的な治療法として知られる[69]。
なお、負傷などの際にアイシングと温熱療法のいずれを選択するべきか迷う場合もあるが、患部が炎症を起こしている時に患部を温めるとアイシングをした場合とは逆の生理的効果がもたらされ、炎症が悪化してしまう。逆にアイシングを選択して炎症が悪化することはほとんどないとされる[69][70]。
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