PJ ハーヴェイ
イギリスのシンガーソングライター (1969-) ウィキペディアから
ポリー・ジャン・ハーヴェイ(英語: Polly Jean Harvey、1969年10月9日 - )は、イギリスのミュージシャン、シンガーソングライター。
来歴
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生い立ち
ドーセットのバードポートで石工の父親の元に生まれ、農場で育った。両親は音楽好きで、幼いころからブルース、ジャズ、アート・ロックを聴かせてくれたという。「ジョン・リー・フッカー、ハウリン・ウルフ、ロバート・ジョンソン、ジミ・ヘンドリックスを聴いて育った。」とローリングストーン誌のインタビューに答えている。サックスを8年間習い、17歳の時に曲を書き始めた。しかしミュージシャンになる予定はなくセントラル・セント・マーチンズ・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインで彫刻を勉強していた。
デビュー(1990年代)
1991年に自主レーベルからデビューシングルを発売。ローリングストーン誌のベストソングライターに選出されるなど各方面から絶賛され、カート・コバーンが「好きなアルバムTOP20」にPJハーヴェイの『ドライ』を選出したことでさらに注目を浴びる。1992年にはNME誌の表紙をトップレスで飾った。1993年にはセカンド・アルバム『リッド・オブミー』を発表。スティーヴ・アルビニのプロデュースの下で生々しいサウンドを展開した。
初期においては「PJハーヴェイ」名義のバンドで作品を発表しライヴを行っていたが、1995年発表の3作目『トゥー・ブリング・ユー・マイ・ラヴ』よりソロ・アーティストとして活動するようになる。
2000年代
2010年代
2011年、8作目となる『レット・イングランド・シェイク』を発表。第一次大戦期の英国を題材にしたこのアルバムは、ヒットを記録すると同時に好意的な批評で受け入れられ、同年のマーキュリー賞に輝いた(同一アーティストによる二度目の受賞は史上初)。同年末のインタビューでPJはライヴで過去の曲を演奏しなくなった理由を聞かれて、「歌いながら信じられる曲しか今では歌わないことにしている」と答え、年を重ねたことによる変化をうかがわせた[3]。
コラボレーション
ジョシュ・オム、ニック・ケイヴ、ボブ・ディラン、スパークルホース、マリアンヌ・フェイスフルらとの共演がある。
影響
彼女は、自身が影響を受けた芸術家として主にハウリン・ウルフ[4]、ジミ・ヘンドリックス[4]、キャプテン・ビーフハート[4]、ローリング・ストーンズ[5]、ボブ・ディラン[6]、ピクシーズ[7]、 ニール・ヤング[6]、パティ・スミス[6]、 スージー・スー[8]、エリック・サティ[9] やサミュエル・バーバー[9]。
ディスコグラフィ
スタジオアルバム
- Dry (1992)
- Rid of Me (1993)
- To Bring You My Love (1995)
- Is This Desire? (1998)
- Stories from the City, Stories from the Sea (2000)
- Uh Huh Her (2004)
- White Chalk (2007)
- Let England Shake (2011)
- The Hope Six Demolition Project (2016)
- I Inside the Old Year Dying (2023)
コンピレーション
- 4-Track Demos (1993)
- The Peel Sessions 1991–2004 (2006)
コラボレーション
- Dance Hall at Louse Point (with John Parish) (1996)
- A Woman a Man Walked By (with John Parish) (2009)
脚注
外部リンク
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