飯田橋

東京都千代田区の町名 ウィキペディアから

飯田橋map

飯田橋(いいだばし)は、東京都千代田区の地名。現行行政地名は飯田橋一丁目から飯田橋四丁目。住居表示実施済みの地域。郵便番号は102-0072[1]

概要 飯田橋, 国 ...
飯田橋
町丁
飯田橋交差点から飯田橋の街並みを望む
北緯35度42分4.58秒 東経139度44分49.92秒
日本
都道府県  東京
特別区 千代田区
地域 麹町地域
人口情報(2023年10月1日)
 人口 3,104 人
 世帯数 1,704 世帯
設置日 1966年10月1日
郵便番号 102-0072
市外局番 03
ナンバープレート 品川
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地理

麹町区に当たる麹町地域の北端に位置する。北で文京区後楽、東で神田三崎町、南東で西神田、南で九段北、南西で富士見、西で新宿区神楽河岸下宮比町と隣接し、北東に小石川後楽園を擁する。また、飯田橋という呼称は飯田橋駅周辺の汎称でもある。

河川

歴史

地名の由来

地名の由来は、現在の飯田橋駅東口に接する、飯田橋交差点の一部を構成する橋、「飯田橋」。

沿革

人名を起点としておおむね以下のような経緯を踏んでいる。

  1. 飯田町(地名)
    1590年天正18年)、開府前の江戸で農村地帯だった現在の飯田橋周辺を徳川家康に案内したのが、土地の長老であった飯田喜兵衛なる人物であった。家康はその功を称え、一帯を「飯田町」と命名した[2]
  2. 飯田橋(橋名)
    1881年明治14年)、交通の便のため、新たに外濠を跨ぐ橋が架けられ、飯田町に接する橋(橋の名前は「いいだはし」)であることから「飯田橋」と命名された[3]
  3. 飯田橋(駅名)
    1928年昭和3年)、当時の国鉄飯田町駅の旅客営業および牛込駅を廃止すると同時に両駅の中間地点に新駅を設置したが、その際、至近であったこの橋の名をとって「飯田橋駅」と命名した。
    以降、駅周辺の地域名として「飯田橋」の通り名が次第に浸透し、逆に「飯田町」という地名の存在感は少しずつではあるが薄れていくこととなった。
  4. 飯田橋(町丁名)
    1966年(昭和41年)の住居表示実施[4]の折には、上記のような変化を反映して「飯田町」の呼称を廃し、駅周辺の通称地名としてすでに定着していた「飯田橋」の名を使った町丁名(一丁目から四丁目)が新たに生まれることとなった。

町名の変遷

さらに見る 実施後, 実施年月日 ...
実施後 実施年月日 実施前(特記なければ各町名ともその一部)
飯田町一丁目 1933年7月1日[5] 飯田町三丁目、飯田町四丁目、飯田町五丁目、三崎町三丁目、左記地域に沿接する官有無番地
飯田町二丁目 飯田町四丁目、飯田町五丁目、飯田町六丁目、三崎町三丁目、左記地域に沿接する官有無番地
富士見町二丁目 飯田町六丁目、富士見町五丁目(全域)、左記地域に沿接する官有無番地
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さらに見る 実施後, 実施年月日 ...
実施後 実施年月日 実施前(各町名ともその一部)
飯田橋一丁目 1966年10月1日 飯田町一丁目
飯田橋二丁目 飯田町一丁目
飯田橋三丁目 飯田町二丁目
飯田橋四丁目 飯田町二丁目、富士見町二丁目
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再開発

飯田橋二・三丁目地区飯田橋四丁目・富士見地区でそれぞれ再開発が予定されている。(完成時期は未定)

世帯数と人口

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[6]

さらに見る 丁目, 世帯数 ...
丁目世帯数人口
飯田橋一丁目 155世帯 299人
飯田橋二丁目 850世帯 1,533人
飯田橋三丁目 196世帯 410人
飯田橋四丁目 310世帯 520人
1,511世帯 2,762人
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小・中学校の学区

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7]。なお、千代田区の中学校では学校選択制度を導入しており、区内全域から選択することが可能[8]

さらに見る 丁目, 番地 ...
丁目番地小学校中学校
飯田橋一丁目全域千代田区立富士見小学校千代田区立麹町中学校
千代田区立神田一橋中学校
飯田橋二丁目全域
飯田橋三丁目全域
飯田橋四丁目全域
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施設

飯田橋1 - 4丁目域内の施設を示す。

教育機関
公共機関
企業
その他

交通

Thumb
橋梁としての「飯田橋(いいだはし)」は、目白通り外堀を渡る短い橋である

鉄道

バス

道路

脚注

関連項目

外部リンク

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