Loading AI tools
日本の元女優 ウィキペディアから
飛鳥 みさ子(あすか みさこ、1935年12月13日 - 1998年7月9日[1])は、日本の元女優である[2][3][4]。本名は犬飼 淑乃(いぬかい よしの)[3][4]。
1935年(昭和10年)12月13日、愛知県挙母市(現在の同県豊田市)に生まれる[3][4]。
1954年(昭和29年)、神奈川県立横須賀大津高等学校を卒業後、東宝舞踊学校へ入所[3][4]。1955年(昭和30年)4月、第10期東宝ニューフェイスとなり、東宝と専属契約を結ぶ[3][4]。翌1956年(昭和31年)1月22日に公開された本多猪四郎監督映画『若い樹』で映画デビューを果たし、以後、ジャンルを問わず多くの作品に出演[3][4]。特に、1958年(昭和33年)1月6日から放映された菊田一夫原作のテレビドラマ『人知れずこそ』(KRテレビ系列)では、同じく東宝の専属俳優だった大塚国夫と主役を務め、一躍話題となった[3]。また、1961年(昭和36年)3月、フィリピン共和国マニラで開催された第8回アジア映画祭(現在のアジア太平洋映画祭)に、永田雅一、伊藤義をはじめ、女優の原知佐子、叶順子らと参加した記録が残っている[5][6]。
ところが、1962年(昭和37年)11月3日に公開された稲垣浩監督映画『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』に脇役出演したのを最後に東宝を退社し、フリーとなったが、ほどなくして芸能界を引退した[3][4]。以後の消息は不明とされていた[3]が、1998年(平成10年)7月9日、急性冠症候群のため亡くなっていたことが分かった[1]。満62歳没。
特筆以外、全て製作・配給は「東宝」である。
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Every time you click a link to Wikipedia, Wiktionary or Wikiquote in your browser's search results, it will show the modern Wikiwand interface.
Wikiwand extension is a five stars, simple, with minimum permission required to keep your browsing private, safe and transparent.