阿頼度島
千島列島にある島 ウィキペディアから
千島列島にある島 ウィキペディアから
阿頼度島(あらいどとう、英語表記:Alaid Island)は、千島列島の最北端に位置する火山島である。 ロシア名はアトラソフ島 (остров Атласова、英語表記:Atlasov Island)。
全体的に円形の島であり、阿頼度山(あらいどざん、海抜 2,339 m 、ロシア名:アライト山 влк.Алаид、英語表記:Alaid)が聳える火山島である。島の名前の由来は、アイヌ語の「アウ・ライト(噴火口の内が地獄のようにどろどろに溶けた溶岩の溜池)」から。
島の平地は草や枯れた木があり、黒い砂などが露出している。所々にはアイザワソウやアライドヒナゲシが見られる。標高が 300 - 700 m になるとミヤマハンノキやハイマツが密生している。なお、ミヤマハンノキの林の中には旧日本軍が掘った塹壕があり、総延長は 12 km に及ぶ。丘には砲台の跡が残っている。島に入るためにはロシア人のガイドが必要で、一歩間違えると火山性のガスを吸い込んでしまうことも有り得る。
1933年から1934年にかけ、海底火山が噴火。島の東側に新たな小島が形成され、発見者である農林省監視船船長の苗字から武富島(たけぶじま)[注釈 2]と命名されている[4]。
樺太千島交換条約の締結により、千島列島全体が日本の領土になった時から、サンフランシスコ講和条約によって樺太・千島の領有を放棄する時までは、この島の「最北埼」(北緯50度55分30秒・東経155度32分)が文字通り日本の最北端であった。
阿頼度山は、千島列島の山で最も高く、かつ最北端に位置する[2]。また、その秀麗な山容から一名を阿頼度富士ともいう。阿頼度山は3つの山から成り、北から順に東岳(海抜:阿頼度山に同じ)、中岳(海抜不明)、西岳(海抜 2,289 m)となっている[5]。
阿頼度山は1770年に噴火が記録されて以降、直近の1996年[2]までに数年から数十年という間隔で何度も噴火を繰り返しており、特に1790年と1981年のものは全千島列島でも最大級の噴火であったといわれる[2]。
日本が領有していた当時は北海道の最高峰であり(現在は大雪山連峰の旭岳)、山頂は夏至の頃日本で最も日の出が早い地点(上辺日の出が1年で最も早いのは夏至の4日前で2時9分)であった。ロシア連邦にとってはサハリン州の最高峰でもある。
アイヌはかつてこの山を「オヤツコバゲ」「オヤコバッカ」、または「チャチャ(チャチャ・ヌプリ、爺爺岳を参照)」と呼んでいたため、別名として親子場山(おやこばざん)という呼び名がある。
また、正保御国絵図には「ヲヤコハ」、元禄御国絵図は「おやこば」、蝦夷闔境輿地全図は「ヲヤコバケ」との記述が存在する。
なお、別名である「親子場」の由来は「オヤク・オ・パケ(外側に・~にある・頭<島形>があたかも海上に置いたかに見える→島の列の外側に有って頭のような島)」からである。この由来が指す「島の列の外側」とは、千島列島の列から外れた西側に阿頼度島が存在するためである。
1875年(明治8年)の樺太・千島交換条約により日本領となった。日本の行政区分においては北海道根室支庁(現在の根室振興局)管内の占守郡に属した。周辺はタラの良い漁場で、戦前の漁期には隣の幌筵島とともに本州や北海道から多くの漁師が訪れたという。
現在はロシア連邦が実効支配しているものの、日本政府は国際法上、帰属未定地であるとしている。
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