秋月辰一郎

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秋月 辰一郎(あきづき たついちろう、1916年大正5年)1月3日 - 2005年平成17年)10月20日)は、日本医師で、元長崎聖フランシスコ病院[1]院長。長崎へ原爆が投下された当時、自らも被爆しながら、医師として負傷した被爆者の治療にあたった。また、医師のかたわら、原爆の証言の収集を長年に渡って行った。

概要 秋月(あきづき) 辰一郎(たついちろう), 生誕 ...
秋月あきづき 辰一郎たついちろう
生誕 1916年大正5年)1月3日
長崎県長崎市万才町
死没 2005年平成17年)10月20日
国籍 日本
研究機関 元長崎聖フランシスコ病院院長
出身校 京都帝国大学医学部
プロジェクト:人物伝
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来歴

その他

  • 医者のかたわら、以下の役員も歴任している。
    • 長崎の証言の会代表委員
    • 原爆被爆者対策協議会
    • 原爆資料保存会
    • 原爆被災復元調査協議会役員

著書

  • 「長崎原爆記 - 被爆医師の証言」
  • 「死の同心円 - 長崎被爆医師の記録」
  • 『体質と食物 健康への道』クリエー出版部、1980年

モデルとなった映画

主張

  • 玄米と味噌と塩を使って「塩辛い玄米のおにぎり」と「塩辛いカボチャの味噌汁」を作り、同病院の職員・患者たちに毎日、毎食与えたところ、原爆による症状(白血病貧血ほか)が出なかった上、何十年もほとんどの人が原爆症を発症しなかったと秋月は著書で語っている[6]。マウスによる実験ではX戦照射に対して小腸腺窩再生が増加した[7][8]が、人間に対する効果は確認されていない。同様にわかめ・油揚げ・豆腐の味噌汁の効用を説いている。

秋月平和賞

秋月平和賞は、生前の秋月辰一郎の平和貢献活動をたたえて長崎市の市民団体が2008年(平成20年)に創設した賞である。秋月平和賞核兵器廃絶に貢献する活動をしている個人や団体に贈られ、2024年には15回目となった[9][10]

関連項目

脚注

外部リンク

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