砂防会館
東京都千代田区にある会館 ウィキペディアから
東京都千代田区にある会館 ウィキペディアから
砂防会館(さぼうかいかん)は、一般社団法人全国治水砂防協会が本部を置き、管理運営する会館である。全国治水砂防協会の関連施設の他、テナントビルとしても用いられている。2015年2月、本館が老朽化により改築されることになり、下記各施設を別館に移転し2016年3月に閉鎖され[2]、2018年4月に完成した[3]。
1957年に砂防会館が完成すると同時に自民党本部が2階と3階にテナントとして入居した[4]。
1966年、永田町に自由民主会館が完成。同年4月、自民党本部が砂防会館から自由民主会館に移転すると[5]、空いた2階、3階に中曽根康弘と田中角栄はそれぞれの派閥の事務所を構えた。田中の後援会「越山会」のほか、4階には中曽根の個人事務所もあった[6]。
「砂防会館」「平河町」(砂防会館の所在地)の名は当時の田中やその派閥の代名詞であった。なお、ロッキード事件では、主な現金授受の場所と認定されている。1976年には、田中角栄を題材とした清水一行の小説『砂防会館3F』が発表されている。1976年の逮捕後、田中は個人事務所を隣のイトーピア平河町ビルに移すが[7]、派閥事務所はそのまま残した[6]。1983年12月の衆院選を経た後、田中派は最大の121人にふくれあがり、1984年4月には手狭になった派閥事務所を別館に移した[8]。
かつては前述のように中曽根康弘の個人事務所(2009年限りで退去)、保守新党と国民新党の本部、亀井静香の事務所、減税日本東京事務所(2012年末に退去)も砂防会館内にあった。解体前まで本館2階には志帥会の事務所が、4階には古賀誠の事務所があった[9]。
2016年3月17日、砂防会館解体前に志帥会(二階派)の派閥総会が開催された。二階派の顧問で衆議院議長を務めた伊吹文明は挨拶の中で「いくつかの政治のドラマがここで繰り広げられてきた」と述べた[10]。
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