瓦谷1号墳

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瓦谷1号墳

瓦谷1号墳(かわらだにいちごうふん、瓦谷古墳)は、京都府木津川市州見台(くにみだい、旧相楽郡木津町市坂)にあった古墳。形状は前方後円墳。瓦谷古墳群を構成した古墳の1つ。現在では墳丘は失われている。出土品・変形四首鏡は京都府暫定登録文化財に登録されている。

概要 別名, 所属 ...
瓦谷1号墳
別名 瓦谷古墳
所属 瓦谷古墳群
所在地 京都府木津川市州見台1丁目
(旧相楽郡木津町市坂字瓦谷)
位置 北緯34度43分12.58秒 東経135度49分3.40秒
形状 前方後円墳
規模 墳丘長51m
高さ5m(後円部)
埋葬施設 粘土槨(内部に平底木棺)
組合式箱形木棺
出土品 副葬品多数・埴輪
築造時期 4世紀後半
史跡 なし
有形文化財 出土品・変形四首鏡(京都府暫定登録文化財)
特記事項 墳丘は非現存
地図
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瓦谷1号墳
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概要

京都府南部、平城山丘陵末端部の丘陵尾根の先端部に築造された古墳である。一帯は関西文化学術研究都市として開発されており、1986年昭和61年)以降の開発に伴う発掘調査で、前方後円墳1基(1号墳)・方墳(方形周溝墓)8基・円墳(円形周溝墓)1基・木棺墓1基・埴輪棺墓26基・土器棺墓2基・土壙墓8基以上が確認されている[1]

墳形は前方後円形で、前方部を南方向に向けた(調査時点で前方部墳丘は削平)。墳丘外表に段築・葺石はないが、埴輪が検出されている[1]。埋葬施設は後円部における粘土槨(内部に平底木棺)・組合式箱形木棺の2基。西側の粘土槨(第1主体)の調査では、中央部が盗掘に遭っているものの、鍬形石製品・武器・農工具・甲冑が検出されている[1]。東側の組合式箱形木棺(第2主体)の調査では、銅鏡(仿製獣首鏡)・竪櫛・ガラス小玉・武器のほか、推定有機質地漆塗短甲・推定有機質地漆塗草摺・革製漆塗靫が検出されている[1]。また墳丘内・墳丘裾には、埴輪棺・土器棺などの従属埋葬が認められる[1]

築造時期は、古墳時代前期後半の4世紀後半頃と推定される[2]。木津川流域では、瓦谷古墳群のほかにも中小古墳群が点在しており、それぞれの群は小地域社会の基盤上に営まれたとされる[2]。なかでも瓦谷古墳群は、大和から東方の伊賀・伊勢へ抜ける交通路上の要衝に位置しており、1号墳は初期甲冑を保有する前期前方後円墳であることから、畿内ヤマト王権の東方進出を考察するうえで重要視される[2]

墳丘

墳丘の規模は次の通り[2]

  • 墳丘長:51メートル
  • 後円部
    • 直径:推定復元35メートル
    • 高さ:約5メートル(調査時点)
  • 前方部
    • 長さ:22メートル
    • 幅:18メートル

出土品

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甲冑
木津川市教育委員会蔵、兵庫県立考古博物館企画展示時に撮影。

発掘調査で検出された副葬品は次の通り[1]

さらに見る 第1主体 (粘土槨・平底木棺), 第2主体 (組合式箱式木棺) ...
第1主体
(粘土槨・平底木棺)
第2主体
(組合式箱式木棺)
棺内 鍬形石製品 3
方形板革綴短甲 1
小札革綴冑 1
鉄鏃 46
鉄剣 1以上
鉄刀子 1以上
鑿 破片
鉇 破片
ヤス 破片
棺内
中央区画
仿製獣首鏡 1
竪櫛 1以上
鉄剣 1
鉄刀 1
棺内
北側区画
ガラス小玉 5
竪櫛 18
推定有機質地漆塗短甲 1
推定有機質地漆塗草摺 1
鉄刀子 1
針状鉄製品 1
棺内
南側区画
革製漆塗靫 1
(銅鏃1、鉄鏃40)
棺外 鉄槍 7 棺外 鉄刀 1
鉄槍 4
鉄鉾 2
鉄斧 1
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文化財

京都府暫定登録文化財

  • 有形文化財
    • 瓦谷1号墳出土品(考古資料) - 2017年(平成29年)9月29日登録。
      • 鉄短甲 1領
      • 鉄冑 1頭
    • 変形四首鏡 瓦谷古墳第2主体部出土(考古資料) - 2018年(平成30年)3月23日登録。

脚注

参考文献

外部リンク

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