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合奏や合唱を指揮する人 ウィキペディアから
指揮者(しきしゃ、英語: conductor, ドイツ語: Dirigent, フランス語: chef d'orchestre, イタリア語: direttore d'orchestra)は管弦楽・合唱・オペラなどの演奏に自己の解釈を与え、統一のための作業をする者[1]。 合奏や合唱を指揮する人物[2]。
指揮者は、楽曲に自分の解釈を与え、その解釈を演奏者たちに伝え、演奏者らの演奏を統一する役目を担う人である。
オーケストラ、吹奏楽、合唱、ビッグバンドなどは指揮者を必要とする。ポピュラー音楽でも大編成のオーケストラで演奏をするにはやはり指揮者が必要である。 (ただし小編成のアンサンブルでは、演奏者らが音楽的表現についても話し合いをしたり、演奏者の中でリーダーを決められれば演奏を改善していくことも一応は可能な場合があり、特に同じ拍子で演奏をすればよいような場合は指揮者をたてないで済ますこともある。)
指揮者は、ある楽曲の指揮を担当することになったら、まずその楽曲の総譜、関連する音楽史上の文献などを読んで構造などを把握し、表情づけの方法などを検討し、練習の手順を計画する。また多くの指揮者は総譜を読み込んだあと、ピアノなどの鍵盤楽器を使い演奏してみて、自分の解釈がもたらす音響的効果や心理的効果を自分の耳で確認し、それを自ら検討する作業を、あらかじめ一人で行う。
なお小澤征爾の場合、勉強の段階がさらに徹底しており、(上記のように)一度勉強した曲を、さらに自ら白紙の五線譜に書き写し(つまり写譜し)、さらに作者の意思を追求し楽曲の理解を深めるなどの勉強方法を取っている[3]。(小澤は「勉強してきてない指揮者ほど使えないものはありませんから」と語っている[3])。
指揮者が自己の解釈を演奏者たちに伝える作業は、練習やリハーサルの段階で行う。その段階で自分の解釈をどれほど楽団員に浸透させられるか、解釈どおりの演奏ができるように指導できるかで、本番の演奏の質の大部分も決まる。練習やリハーサルでは適宜、言葉(通常の言語)も使い、自分が思うことを楽団員に伝える。多忙な指揮者は時としてアシスタント(下振り)を使うこともある。
練習に際しては、音楽的表現全体を考えてテンポ・音程・音量・音色・奏法や歌唱法・パート間の音量バランス 等を指導し、ミスやずれを修正して、演奏の完成度を上げていく。最後のリハーサルまでにそれをまとめ上げる。そして演奏会本番に望む。
本番の演奏では、拍子(リズム)を取り、(通常の言語は使わず)表情や目力(めぢから)や仕草を用いて(練習やリハーサル時にすでに伝えた)解釈を楽団員に今一度想起させたり、また演奏や歌唱をリアルタイムで自分の耳で感じ取り、もし微修正したほうがよいと感じられた場合はその指示もリアルタイムで与える。また観客の反応もリアルタイムで感じ取り、必要ならばそれに応じた演奏の微修正を楽団員に指示する。
個性の強い指揮者の場合、(リハーサルの細かい指導では不完全だった場合でも)本番演奏時の「睨み(にらみ)」ひとつで楽団員の演奏能力を普段以上に大きく引き出す例もある[注釈 1]。[注釈 2]
その他にも、選曲も行う。また楽団員同士の仲裁など人間関係の問題解決等も行う。
指揮者の分類法は多々ある。
楽団との契約関係で分類する場合は次のように分類される。
現代音楽の作品の一部には、その楽譜の中で、指揮者に特殊な役割を果たすよう指示が与えられているものがある。例えば、指揮者が何らかの身振りをすると指示したり、指揮者自身が声を出したり楽器を鳴らすなどと指示している作品がある。具体例は以下の通り。
19世紀半ば以降、指揮者の専門職化が進んだ。現在では、音楽大学の指揮科で養成されることが多い。歴史的にみると、指揮者は専門職ではなく、楽団のリーダーである楽器奏者や声楽家、作曲家などが、まとめ役として担っていたポジションである。作曲家として知られているフェリックス・メンデルスゾーンやグスタフ・マーラーなども指揮者として活躍していた。現在でも、クア・オーケストラのように指揮を専門としない音楽家が指揮をすることもしばしば行われている。また、後述のように、専ら指揮者として活躍する音楽家の中に、器楽奏者、声楽家、作曲家などから転身した者も少なくない。特殊な例では、王侯貴族(デンマーク国王フレゼリク9世)、政治家(英国のエドワード・ヒース元首相など)、会社社長(ソニーの大賀典雄など。但し、もともと大賀は東京芸術大学にて正規の音楽教育を受けている声楽家である)、著名な音楽評論家が指揮台に立つ例もある。
一般的には、指揮の練習や楽曲の予習にはピアノなどの鍵盤楽器を使う。ブルーノ・ワルターやダニエル・バレンボイム、クリストフ・エッシェンバッハ等のようにピアニストとしてデビューし、後に指揮者に転じた者もいる(エッシェンバッハは、ピアニストとしてかなりの名声を築いたのちの転向である。バレンボイムはピアニストと指揮者の両方で現役かつ一流である[6]。)。また、他の楽器についても演奏経験があれば役に立つ。アルトゥーロ・トスカニーニ(スカラ座のチェロ奏者)やシャルル・ミュンシュ(ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のヴァイオリン奏者、コンサート・マスター)、ルドルフ・ケンペ(ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のオーボエ奏者)、ネヴィル・マリナー(フィルハーモニア管弦楽団、ロンドン交響楽団のヴァイオリン奏者)など、指揮者の中にはキャリアを楽器奏者から始めた者も少なくない。
また、特に現在では、さまざまな地域で作曲された楽曲を演奏し、さまざまな国の楽団を指揮する機会が大幅に増えており、スコアの原語での読み込みを始め、リハーサルで細かなニュアンスを伝えるためには、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ロシア語など、複数の外国語の能力も欠かせなくなってきている。特に、世界最多の歌劇場とオーケストラを持ち各国から無料の音楽留学を受け入れているドイツ及びオーストリアの公用語であるドイツ語と、話者人口の多い英語は重要である。また、欧米で指揮者の仕事の半分を占めるオペラにおいて歌詞のニュアンスを十全に理解する必要性もある。
このように幅広い知識、能力が必要な上に、最終的には大勢の人間に自らの意思を伝え、音楽的表現を作り上げていく能力が重要であることから、指揮者となるためには実践的訓練が重要となる。例えば、ウィーンの音楽大学ではほぼ毎日、午前中はピアノを用いた指揮法のレッスンと楽曲分析(アナリーゼ)の授業、午後は実際に学生オーケストラを振らせるといった教育システムが取られている。
膨大な知識と幅広い能力、そしてそのための絶え間ない訓練を要求されるという点、そして、限られたポストをめぐって他者と争わなければならない点から、指揮者になるのはとても難しいといわれる[要出典]。ほぼ膝から上の全身を使う肉体作業であるにもかかわらず、大器晩成的な性格もある。たとえば、日本で初の指揮者名鑑であるレコード芸術付録『指揮者WHO'S WHO』(1976)では、当時40代後半のカルロス・クライバーやハインツ・レーグナーが「若手」「未来株」と記述されている(現在の感覚ではさほど奇異ではないが、当時は55歳定年企業が多数派であり、後年に比べて中年や老人の概念がずっと若いことも留意が必要である。映画女優などは30代半ばをすぎると、男優でも40代半ばから助演に回るのが一般的な時代であった)。また、同書で「これといったセールス・ポイントがない」が「安定株ではある」と地味なローカル的存在扱いされた当時63歳のギュンター・ヴァントは、80歳近くなってカリスマ化して世界中で熱狂的人気を集めた。生涯固定したポストに恵まれず、オペラ録音や客演を中心に長い間職人的に語られてきたジョルジュ・プレートルがドイツ音楽の解釈で大指揮者的存在となったのも70歳以降である。70歳を過ぎて新ポストに就任することはごく通常であり、ロリン・マゼールが80歳でミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の新音楽監督として3年契約を交わした等の例がある。
また、長命な指揮者としては95歳没のレオポルド・ストコフスキーや94歳没のロベルト・シュトルツが挙げられるが、ともに死の直前まで活動を行っており、病臥を経ない急死だった。後者に至ってはレコーディング目的で滞在中の外国での客死である。
クラシック音楽の特に有名な指揮者を15名ほど挙げるなら、たとえば次のようになる。
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