日本の氷菓 ウィキペディアから
かき氷(かきごおり、欠き氷)とは、氷を細かく削るか砕いて、シロップ等をかけた氷菓。餡やコンデンスミルクをかけることもある。氷は古くは鉋(かんな)などで粒状に削ったが[1]、現在は専用の機械を用いる。また市販品として、細かく砕いた氷と各種シロップを混ぜてカップ容器や袋に入れた製品も売られている。日本以外にも類似のものが各国にある。
日本では、かき氷を売っている店は氷旗(白地に赤い文字で「氷」と書かれた幟〈のぼり〉)を掲げていることが多い。夏季に社寺の境内で催される祭礼や縁日などでは綿菓子、たこ焼き、焼きそばとともに売られる代表的な
最も一般的に普及している呼び名である「かき氷」は、東京方言の「ぶっかきごおり」に由来する。他の呼称として
日本の喫茶店や洋風の飲食店では、かき氷をフラッペと呼んで提供していることがある。「フラッぺ」(フランス語: Frappé)は、本来はクラッシュドアイスにリキュールなどの酒類を注いだ飲料のことである。日本ではシロップをかけたかき氷を指すことが多いが、「かき氷」に対して「フラッペ」は氷の砕き方がやや大粒であるとする説もある[要出典]。また大阪府付近など一部の地域では、一旦かき氷状にした氷に掌で圧力をかけて少々固めたものをフラッペと呼び、かき氷とは区別している[要出典]。
史実上の記録は平安時代に清少納言の『枕草子』「あてなるもの」(上品なもの、良いもの)の段に、金属製の器に氷を刃物で削った削り氷(けずりひ、文中では「けつりひ」)に蔓草の一種である甘葛(あまかづら・あまづら、蔦の樹液または甘茶蔓の茎の汁)をかけたとして「削り氷にあまづら入れて、新しき
1869年(明治2年)、神奈川県横浜にある馬車道で町田房造が初めての氷水店を開店[2](日本においてアイスクリームを発祥させた店でもある)。また、1871年(明治4年)、中川嘉兵衛が五稜郭の外堀で生産した天然氷が「函館氷」と銘打って京浜市場に登場しそれまでのアメリカ合衆国ボストン産の輸入氷「ボストン氷」に比べて良質でかつ低廉であった。
1878年 (明治11年)、粗悪な氷が販売される事を取り締まるために内務省から「氷製造人並販売人取締規則」が公布された。これにより営業者は、衛生検査に合格した氷の生産地・販売者名を示したのぼりや看板を掲げる事が義務付けられた。この時に配られた旗が現在の氷旗のデザインの元になっている。
1882年(明治15年)頃には博物学者のエドワード・S・モースが、かき氷を食べたことを自著に記している[2]。
1883年(明治16年)には東京製氷株式会社ができて人工氷の生産が拡大[2]。このようなこともあり明治20年代になると、かき氷は大衆的な飲食物となるに至った[2]。1887年(明治20年)には村上半三郎が
第二次世界大戦前は、削った氷に砂糖をふりかけた「雪」[5]か、砂糖蜜をかけた「みぞれ」、小豆餡をのせた「金時」が普通のメニューであった。戦後、かき氷専用のいちごやレモン風味のシロップが販売されるようになった。
現代において夏に涼しさを得られる食べ物としてはアイスクリームもあり、ウェザーニューズが2022年8月にスマートフォンの天気アプリの位置情報を利用して実施したアンケート調査によると、アイスクリームよりかき氷を食べたいという回答は、気温に比例して増え、34度を境に過半数(52%)を占めた[6]。
作り方の一例を示す。これらシロップのかけ方や量は地域差がある。
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天然氷を刃物の刃先で削ぎ落としたのが始まりとされ、この方法は現代でも日本料理で用いられている。さらに簡便な方法としては、野菜を薄切りにするスライサーを用いても同様のことができる。その後、鉋の刃を上にしたカツオブシを削る鰹箱(かつばこ)、または前述のスライサーのような状態にした大鉋の上で滑り止めとして布巾などを被せた氷を滑らせ、削り落ちてきたものをすくうようになる。1887年(明治20年)に氷商の村上半三郎が特許を取得して公に知られるようになった。
現代のかき氷器は鉋状の刃のついた台座の上で氷の塊が回転し、氷をスライス状に削りながら氷の塊を繰り下げていく仕組みをもつ。
かき氷器には粉雪のように細かい粒子のかき氷を削り出すことができるものと氷の薄い切片状のかき氷になるものがある。この要因として用いる氷の違いが挙げられる。近年、小型で高性能ながらアイスストッカー付きのキューブアイス用製氷機が出回ってきたことや各種電化製品の普及により、かつては氷を入手するために必須であった氷商への依存度が激減した。加えて重さ1貫(3.75キログラム)の角氷と言われるブロックアイスを扱う氷商も減少傾向にある。さらに天然氷のように冬の間に暴露で凍らせておき需要があるまで
ブロックアイスを用いる製品は「ブロックアイスシェーバー」「ブロックアイススライサー」などと、キューブアイスを用いる製品は「キューブアイスシェーバー」「キューブアイススライサー」などとも呼ばれる。
業務用は、古くは鋳物のフレームに大きな手回しハンドルが本体横に付いたものが主流であったが、後に氷を回転させるモーターが剥き出しで取り付けられているものに代わっていき、近年ではモーターを内蔵したスタイルに移行している。併せてキューブアイス用のかき氷器が製造され、粉雪状ではなく細かい氷の粒のかき氷が普及するようになった。現在でも手回し式のものはレトロ調として販売されている。
家庭用は手回しのものが多く、専用の円筒形の製氷皿で作った氷を用いる。一般的な製氷皿で作るキューブアイスを用いてもかき氷を作ることができる機種もある。主に子供向けとして需要が高いため、安全面から金属製の刃は用いられないことも多い。またペンギンや白熊など寒冷地の動物を模した形状のものも発売されている。
同一のものであっても、地域によって呼び名や盛りつけ方が異なる。かき氷専用のシロップは、「
それぞれのシロップは味が異なるが、原材料は個別に異なるわけではなく、味覚上の味は「砂糖水」である。一部を除いて、基本的に違いは「香料」のみであり、香料の違いによって「味が異なるように錯覚している」だけである。
削った氷を食べる文化は古くから各地に存在した。古代ローマにはアルプスから氷を切り出して氷室に保存しておき、夏季にそれを削って蜂蜜をかけて食べる文化があった[16]。
アメリカ合衆国ではshaved ice(剃り氷)、snow cone(円錐形の雪)と呼ばれる。
中国語では「刨冰」(バオビン、拼音: )という。台湾語ではツワピン、漢字表記は剉冰と銼冰と二つがある。
台湾のかき氷は台湾総督府時代に日本から伝えられたと言われ、専門的な漢字表記もあって、「剉冰」や「銼冰」と書く。近年中国からの影響で中国語の「刨冰」の書き方もよく使っている。「剉・銼・刨」はかき氷の「かき」に当たる漢字で、「冰」は「氷」の繁体字。台湾のかき氷の名称の前半部分には上に乗せる具の名称が入り、名称の後半部分でかき氷の種類をあらわすことが一般的である。例えば、イチゴの漢字は「草莓」であり、イチゴ味の「雪花氷」タイプのかき氷は「草莓雪花氷」と書く。中華民国の台湾では「冰館(ICE ROOM、ピングアン、注音: ㄅㄧㄥ ㄍㄨㄢˇ)」という氷菓の専門店から各地に広がり、日本にも上陸した。また、台湾のフルーツ味のかき氷の場合では基本的に本物のフルーツや果汁を用いていて、日本のように氷蜜は使わない。
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