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数学における多元数(たげんすう、英: hypercomplex number; 超複素数)は、実数体上の単位的多元環の元を表す歴史的な用語である。多元数の研究は19世紀後半に現代的な群の表現論の基盤となった。
19世紀には、数学の文献において四元数 (quaternion), 双複素数 (tessarine), 余四元数 (coquaternion), 双四元数 (biquaternion) および八元数 (octonion) と呼ばれる数体系が実数や複素数に加えて確立された概念となっていた。多元数 (hypercomplex number) の概念はこれらすべてを包含するものであり、またこれらを説明し分類するための指針を示唆する呼称である。
カタログ化の試みは1872年にベンジャミン・パースが著書 Linear Associative Algebra(『結合線型環』)を初版した時に始まり、それは息子のチャールズ・サンダース・パースに引き継がれた[1]。最も著しい点は、かれらが分類に有効な多元数として冪零元および冪等元を同定したことである。ケーリー=ディクソン構成では、対合を用いて実数の体系から複素数、四元数、八元数が作り出される。フルヴィッツとフロベニウスはこのような超複素数性に限界があることを述べる定理を証明している(フルヴィッツの定理 (合成代数)およびフロベニウスの定理 (代数学)の項を参照)。最終的に、1958年にJ・フランク・アダムズが位相的な方法を用いて有限次元実多元体が四種類(実数体 R, 複素数体 C, 四元数体 H, 八元数体 O)に限り存在することを証明した[2]。
多元数の体系(超複素数系)の手綱をとったのは行列論であった。まず行列を用いて、実二次正方行列のような新たな多元数が供給される。すぐに、行列のパラダイムは、行列とその演算を用いて表現することでほかの多元数を説明するようになる。1907年にジョセフ・ウェダーバーンは結合的な超複素数系は必ず行列環か行列環の直和として表現されなければならないことを示した(アルティン・ウェダーバーンの定理)。これ以降、ウェダーバーンのエディンバラ大学での修士論文タイトルにも見られるように、このような超複素数系を言い表す用語として結合多元環 (associative algebra) が用いられるようになっていった[3]。それでもなお、八元数や双曲四元数のような非結合的な体系の表す別種の超複素数系があることに注意すべきである。
ホーキンスの説明によれば、超複素数系はリー群およびその表現論を学ぶための布石である[4]。例えば、1929年にエミー・ネーターは „Hyperkomplexe Größen und Darstellungstheorie“(『超複素数量および表現論』)を書き下ろした[5]。1973年に書かれた多元数に関する教科書 Гиперкомплексные числа Кантор & Солодовников (1973) は各国語で翻訳が出ている[6]。
カレン・パーシャルは[7]、テオドール・モリーン[8]やエデュアルト・シュテューディ[9]らの著名な役割を含む、多元数の黄金時代の詳細な説明を書いている。現代代数学への移り変わりについて、B・L・ファン・デル・ヴェルデンは自身の著書 History of Algebra(『代数学の歴史』)において多元数について30頁の紙幅を割いている[10]。
Кантор & Солодовников (1973)によれば、多元数あるいは超複素数は、実数体 R 上有限次元の単位的分配多元環(結合的である必要はない)の元として定義されている。n-次元の各多元数(n-元数)x は、実数係数 a0, …, an−1 を用いて基底 {1, i1, …, in−1} の一次結合
の形に書き表される。可能ならば、各基底 ik について、その平方 ik2 が −1, 0, 1 のいずれかになるようにするのが慣習である。
クリフォード代数は、二次形式を備える線型空間を台として、その上に構成される単位的結合多元環である。二次形式を持つということは、実数体上では対称双線型形式の意味でのスカラー積 u⋅v = 1/2(uv + vu) を定義できることと同値で、これに関する直交化を施すことにより、基底 {e1, …, ek} で
を満たすものをとることができる。乗法が閉じるように、2k 個の元 {1, e1, e2, e3, …, e1e2, …, e1e2e3, …} によって張られる多重ベクトルの空間を作る。これらの多重ベクトルを超複素数系の基底として解釈することができる。この基底は、もとの基底 {e1, …, ek} と異なり、それらの交換に際していくつ単純因子を入れ替える必要があるかによって、反交換となることもならないこともある。つまり、例えば e1e2 = −e2e1 だが、 e1(e2e3) = +(e2e3)e1 である。
ei2 = 0 となる eiを含む基底(つまり、もとの空間において二次形式が退化している方向)を除けば、そうでない部分で作られるクリフォード線型環は Clp,q(R) とラベル付けることができる。この記法の添字については、この多元環の単純基底元のうち p 個が ei2 = +1 を満たし、かつ q 個が ej2 = −1 を満たすということ、また R はこれが実数体上の多元環(各元の係数が実数)であることを示唆するものである。
幾何代数と呼ばれるこれら多元環は体系的な集合を成し、特に古典力学、量子力学、電磁気学、相対性理論における回転、位相、スピンなどを含む物理学的問題に非常に有効なことが知られている。例えば:
多元環 Clp,q(R) の元全体は、多元環 Clq+1,p(R) の偶部分環 Cl 0
q+1,p (R) を成す。このことはより大きな代数における回転をパラメータ付けするために利用することができる。これはつまり、複素数と二次元空間の回転の間の、あるいは四元数と四次元空間の回転の間の、また分解型複素数と 1 + 1次元空間の双曲的回転(ローレンツ変換)の間の、ほかにも同様の、それぞれ近しい関係があるということである。
ケーリー=ディクソン構成やその変形である分解型の構成法では八次元以上になると乗法に関して結合的でなくなるが、クリフォード線型環は何次元であっても結合的なままである。
1995年にイアン・ポーテアスは自身のクリフォード線型環に関する著書で “The recognition of subalgebras”(部分多元環の解釈)について書いている。その命題 11.4 に多元数の場合がまとめられている[14]:単位元 1 を持つ結合的実多元環 A について、
古典多元環を超えた拡張については、クリフォード代数の分類の項を参照せよ。
実数体、複素数体、四元数体を除くすべてのクリフォード代数 Clp,q(R) は、平方が +1 となる非実元を持ち、従って多元体とならない。複素数を拡張する別のアプローチとしてケーリー=ディクソン構成をとることが挙げられる。これにより作り出される数体系は、n = 2, 3, 4, … に対して 2n次元で、その基底 {1, i1, …, i2n−1} の非実基底元 im はすべて互いに反交換し、かつ im2 = −1 を満足する(虚数単位)。こうして得られる多元環は、八次元以上 (n ≥ 3) で非結合的となり、十六次元以上 (n ≥ 4) で零因子を含む。
この系列の初めの方は、四次元の四元数、八次元の八元数、十六次元の十六元数で、次元が上がるごとに代数的対称性がそれぞれ失われていく。実際、四元数の乗法は可換でなくなり、八元数の乗法は結合的でなくなり、十六元数のノルムは乗法的でなくなる。
ケーリー=ディクソン構成の適当な段階において余分な符号を挿入することにより、構成を変形することができる。そうして(多元体を考える代わりに)合成代数の系列に属する「分解型多元環」(“split algebra”) を作り出すことができる。
複素数と異なり、分解型複素数の全体は代数的閉体でなく、さらに零因子や非自明な冪等元を含む。四元数同様に、分解型四元数の全体は非可換だが、さらに冪零元を含む点では異なる(分解型四元数環は M2(R) に同型である)。分解型八元数の全体は非結合的で冪零元を含む。
任意の二つの多元環のテンソル積はふたたび多元環とすることができるから、これにより多くの様々な超複素数系の例を作り出すことができる。
特に複素数体 C(を実数体 R 上の多元環と見たもの)とのテンソル積をとれば、四次元の双複素数環 C ⊗R C, 八次元の双四元数環 C ⊗R H, 十六次元の複素八元数環 C ⊗R O が得られる。
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