マラリア原虫 (まらりあげんちゅう)はアピコンプレックス門 に属する寄生性 原生生物 。脊椎動物 の赤血球 内に寄生してマラリア を引き起こす病原体 で、吸血昆虫 と脊椎動物 を行き来する複雑な生活環 を持っている。分類学的にはプラスモジウム属 (Plasmodium )におよそ200種が知られており、そのうち少なくとも10種がヒトに感染する。
概要 マラリア原虫, 分類 ...
マラリア原虫
赤血球に寄生する熱帯熱マラリア原虫(輪状体)リング体(スケール長は10μm)
分類
学名
Plasmodium Marchiafava et Celli, 1885
閉じる
ヒトに感染する種のライフサイクル
媒介者はハマダラカ (まれにサシチョウバエ )で、吸血の際に唾液とともに侵入したスポロゾイト (種虫、sporozoite )が、まず肝臓の細胞内でシゾゴニー (増員生殖、schizogony )を行い数を増やす。種によっては肝臓内でヒプノゾイト (hypnozoite 、休眠体)となり数十年に渡って休眠する場合がある。肝臓から血液中に移行して赤血球内で無性生殖を繰り返し、この時に赤血球が破壊されるために発熱や貧血といった症状が出る。ときおり生殖母体 (gametocyte ) が生じて、吸血に伴って媒介者に移り、その消化管内で配偶子(gamete ) を生じて有性生殖 が行われる。接合子 には運動能があってオーキネート (ookinete 、虫様体)と呼ばれ、それが消化管上皮細胞に侵入してスポロゴニー (sporogony ) が行われる。減数分裂 を経て生じたオーシスト (oocyst ) は破裂してスポロゾイトを放出し、それが体腔液中を漂って唾液腺に集合する。つまり脊椎動物は中間宿主 で、媒介昆虫が終宿主 である。
マラリア原虫を含む最古の蚊の化石(1500〜2000万年前)
アピコンプレックス門 無コノイド綱 住血胞子虫目 プラスモジウム科 に属する。
亜属
Plasmodium Marchiafava & Celli, 1885
真猿類 を宿主とし、生殖母体は球形。P. malariae 、P. vivax など。
Giovannolaia Corradetti et al., 1963[1]
鳥類 を宿主とする。生殖母体が細長く、分裂体も赤血球核に沿って伸びている。
Haemamoeba Corradetti et al., 1963
鳥類 を宿主とする。生殖母体が丸く赤血球核よりも大きい。P. gallinaceum など。
Huffia Corradetti et al., 1963
鳥類 を宿主とする。生殖母体が細長く、分裂体が赤血球以外の造血系細胞でも増殖する。
Novyella Corradetti et al., 1963
鳥類 を宿主とする。生殖母体が細長く、分裂体は小さくキラキラした顆粒を含んでいる。
Laverania Bray, 1963
真猿類 を宿主とし、鎌形の生殖母体を生じる。P. falciparum 、P. reichenowi など。
Vinckeia Garnham, 1964
齧歯類 など、真猿類以外の哺乳類 を宿主とする。P. berghei 、P. yoelii など。
Sauramoeba Garnham, 1966
トカゲ を宿主とする。分裂体が大きく12以上の娘虫体を生じる。生殖母体も大きい。
Carinamoeba Garnham, 1966
トカゲ を宿主とする。分裂体が小さく8以上の娘虫体を生じる。生殖母体も小さい。
Ophidiella Garnham, 1966
ヘビ を宿主とする。
Asiamoeba Telford, 1988
トカゲ を宿主とする。分裂体と生殖母体の大きさが4倍以上異なる。
Lacertamoeba Telford, 1988
トカゲ を宿主とする。分裂体と生殖母体の大きさが中間的。
Paraplasmodium Telford, 1988
トカゲ を宿主とする。分裂体は中間的な大きさで、生殖母体は大きい。
Bennettinia Valkiunas, 1997
鳥類 を宿主とする。生殖母体が丸く赤血球核よりも小さい。P. juxtanucleare のみ。
Papernaia Landau et al., 2010[2]
鳥類 を宿主とする。生殖母体が細長く、分裂体は丸い。
近縁の生物
住血胞子虫目プラスモジウム科のうちコウモリ に寄生する以下の生物は、赤血球中では無性生殖を行わず生殖母体のみを形成することからマラリア原虫とは区別されてきた。しかし分子系統解析ではマラリア原虫から特殊化した可能性が示されている[3] 。
ヘパトシスティス (Hepatocystis )
コウモリの他にサル やリス などを宿主とする。肝臓で増殖し嚢胞を生じる。
Nycteria
肝細胞 で増殖する。
Polychromophilus
肝臓のクッパー細胞 や肺の細網内皮系 で増殖する。最新の研究ではマラリア原虫からの特殊化は否定されている[4] 。
分子系統解析
分子生物学的手法を用いたプラスモジウム属の最近の研究では、グループの進化が分類に完全に従っていないことが示唆されている[5] 。
まず形態的に類似しているか、同じ宿主に感染する多くのマラリア原虫種は、系統的に遠く離れた関係であることが判明した[6] 。
そして1990年代には、リボソームRNAと様々な種の表面タンパク質遺伝子を比較することによって、マラリア原虫種の進化関係を評価するいくつかの研究が行われ、ヒト寄生虫P. falciparum が霊長類の他の寄生虫とより密接に関連していることが分かった[7] 。
さらに後、より多くのマラリア原虫種をサンプリングした研究では、哺乳類の寄生虫がHepatocystis 属と単一クレードを形成することを発見したが、鳥やトカゲの寄生者は、系統的に亜属に属さない別のクレードを形成しているように見られた[7] [8] 。
Leucocytozoon
Haemoproteus
Plasmodium
Plasmodium of lizards and birds
Subgenus Laverania
Subgenus Plasmodium
Subgenus Vinckeia
Hepatocystis (parasites of bats)
Plasmodium 属系統が分岐した年代の推定値はかなり広い幅をとっており、住血胞子虫 目からの分岐推定値は約1620万年前から1億年前の範囲である[7] 。
その医学的重要性のために、ヒト寄生虫P. falciparum が他のPlasmodium 属から分岐した年代は興味深いポイントであり、その推定値は110,000年から250万年前の範囲である[7] 。
ヒトにマラリアを引き起こす最も高い原因となっている種はP. falciparum であり、これは西アフリカのゴリラに寄生するLaverania (類人猿に見られるPlasmodium の亜属)種から進化したと一般的に受け入れられている[9] [10] 。
遺伝的多様性からの推定では約1万年前にP. falciparum が出現したとされている[11] 。
ミトコンドリアDNA 、アピコプラスト 、および核DNA の遺伝子配列を調べた研究からは、P. falciparum に最も近い近縁種はP. praefalciparum (ゴリラを宿主とする)であることが支持されている[12] [13] [14] 。
これら 2 つの種は、チンパンジーの寄生虫 P. reichenowi と近い系統関係にあり、以前はP. reichenowi が P. falciparum の最も近い近縁種であると考えられていた。また、かつてはP. falciparum も鳥の寄生虫に由来すると考えられていた[15] 。
遺伝的多型 の度合いを調べてみると、P. praefalciparum を含む近縁種と比べてP. falciparum ゲノム内の多型は極めて低いレベルであることがわかった[16] [12] 。
これはヒトにおけるP. falciparum の起源が最近であることを示唆しており、P. praefalciparum との共通祖先 がヒトに感染することが可能になったのかもしれない[12] 。
P. falciparum の遺伝的情報には最近の集団拡大傾向の兆候が示されており、これは農業革命 による人口拡大と時期が一致している。大規模な農業の発展は、より多くの蚊の繁殖地を生み出すことによってその集団密度を増加させ、熱帯マラリア原虫の進化と拡大を引き起こした可能性がある[17] 。
マラリア は歴史を通じて人類を苦しめてきた記録があり、沼地から出る瘴気 によって引き起こされると考えられてきた[18] 。しかし19世紀 にパスツール やコッホ によって微生物 が病原体 となりうることが示されると、当然マラリアの病原体も微生物だと考えられるようになった。実際に、沼から分離された細菌 をウサギに注射すると脾腫を伴う発熱が起きるとして、Bacillus malariae と命名された例がある[19] 。
1880年にフランス の軍医 であったラヴラン がマラリア患者の血液中に微生物を発見し、これがマラリアの病原体(マラリア原虫)であるとした[20] 。ラヴランは当初3つの形状を観察したが、それぞれ生殖母体、鞭毛放出で生じた雄性生殖体、雌性生殖体だと考えられ、その特徴からいずれも熱帯熱マラリア原虫 を観察したものだと考えられている[21] 。ラヴランは3つの形状を全て同じ種だと考え、特に雄性生殖体の糸状の構造がOscillaria に似ていることからOscillaria malariae と命名した[22] 。ただしOscillaria 属はマラリア原虫とは全く異なる藻類であり、ラヴラン自身も後にこの名前は使わなくなった。なお当時は細菌病原体説が幅広い支持を集めていたため、ラヴランの説が広く受け入れられるまでにその後10年ほどかかっている[18] 。
まもなくイタリア ・ローマ大学 のマルキアファーバ (英語版 ) らがマラリア患者の赤血球中で増殖するアメーバ様の生物を見出し、1885年にPlasmodium malariae と命名した[23] 。これがプラスモジウム属の起源であるが、彼らが観察したのもほとんどは熱帯熱マラリア原虫でわずかに三日熱マラリア原虫 が混ざっていたと考えられている[24] 。現在Plasmodium malariae は四日熱マラリア原虫 の学名であるが、これは20世紀になってから生じた混乱の結果である。
この時期まで研究者たちはマラリアの病原体が複数種あることを想定していなかったが、イタリアの神経科医ゴルジ が1885年から1889年にかけて、マラリアには発熱の周期性から三日熱と四日熱がありそれがマラリア原虫の生活環と関係していること[25] 、また三日熱にも春に多い良性のものと、夏から秋にかけて多い悪性のものがあり、それぞれ別種のマラリア原虫が関係していることを示している[26] 。また同じ時期にウクライナ ・ハリコフ大学 のダニレフスキー (英語版 ) が、鳥類 や爬虫類 の赤血球に寄生する様々な生物を記載しており、そこにはマラリア原虫も多く含まれていた[27] 。1891年にロマノフスキー染色 が開発されると、様々な動物のマラリア原虫が見出されるようになった[18] 。
Corradetti A., Garnham P.C.C., Laird M. (1963). “New classification of the avian malaria parasites”. Parassitologia 5 : 1–4.
Borner et al. (2016). “Phylogeny of haemosporidian blood parasites revealed by a multi-gene approach”. Mol. Phylogenet. Evol. 94(Pt A) : 221-231. doi :10.1016/j.ympev.2015.09.003 .
“Plasmodium ”. Tree of Life Web Project. 1 August 2020 閲覧。
Perkins, S. L. (2014). “Malaria's Many Mates: Past, Present, and Future of the Systematics of the Order Haemosporida”. Journal of Parasitology 100 (1): 11–25. doi :10.1645/13-362.1 . PMID 24059436 .
“A three-genome phylogeny of malaria parasites (Plasmodium and closely related genera): Evolution of life-history traits and host switches”. Molecular Phylogenetics and Evolution 47 (1): 261–273. (April 2008). doi :10.1016/j.ympev.2007.11.012 . PMID 18248741 .
Liu, W; Y Li, GH Learn, RS Rudicell, JD Robertson, BF Keele, JN Ndjango, CM Sanz, DB Morgan, S Locatelli, MK Gonder, PJ Kranzusch, PD Walsh, E Delaporte, E Mpoudi-Ngole, AV Georgiev, MN Muller, GM Shaw, M Peeters, PM Sharp, JC Rayner, BH Hahn (2010). “Origin of the human malaria parasite Plasmodium falciparum in gorillas” . Nature 467 (7314): 420–5. Bibcode : 2010Natur.467..420L . doi :10.1038/nature09442 . PMC 2997044 . PMID 20864995 . https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2997044/ .
Duval, L; M Fourment, E Nerrienet, D Rousset, SA Sadeuh, SM Goodman, NV Andriaholinirina, M Randrianarivelojosia, RE Paul, V Robert, FJ Ayala, F Ariey (2010). “African apes as reservoirs of Plasmodium falciparum and the origin and diversification of the Laverania subgenus” . Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 107 (23): 10561–6. Bibcode : 2010PNAS..10710561D . doi :10.1073/pnas.1005435107 . PMC 2890828 . PMID 20498054 . https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2890828/ .
Hartl, DH (January 2004). “The origin of malaria: mixed messages from genetic diversity”. Nature Reviews Microbiology 2 (1): 15–22. doi :10.1038/nrmicro795 . PMID 15035005 .
Francis E. G. Cox (2010). “History of the discovery of the malaria parasites and their vectors”. Parasite & Vectors 3 : 5. doi :10.1186/1756-3305-3-5 .
A. Laveran (1880). “Un nouveau parasite trouvé dans le sang de malades atteints de fièvre palustre. Origine parasitaire des accidents de l'impaludisme.”. Bull Mém Soc Méd Hôpitaux Paris 17 : 158-164.
Marchiafava E, Celli A (1885). “Weitere Untersuchungen über die Malariainfection”. Fortschritte der Medicin 3 (24): 787-806. OCLC 54455497 .
Golgi C (1886). “Sull'infezione malarica”. Arch Sci Med Torino 10 : 109–135.
Golgi C (1889). “Sul ciclo evolutivo dei parassiti malarici nella febbre terzana: diagnosi differenziale tra i parassiti endoglobulari malarici della terzana e quelli della quartana”. Arch Sci Med Torino 13 : 173–196.