ドリプトサウルス

ティラノサウルス上科の恐竜 ウィキペディアから

ドリプトサウルス

ドリプトサウルス学名: Dryptosaurus)は、後期白亜紀マーストリヒチアンにあたる、約6700万年前の、現在で言うアメリカ合衆国ニュージャージー州に生息していたティラノサウルス上科の属。巨大な二足歩行の地上性の肉食動物であり、全長は7.5メートルに達した。学界の外ではあまり知られていないものの、チャールズ・R・ナイト英語版が描いた本属の有名な絵画により、化石記録が乏しいにもかかわらず当時広く知られることとなった。1866年エドワード・ドリンカー・コープが初めて記載し、1877年オスニエル・チャールズ・マーシュが再度命名した。科学史における初期の獣脚類として知られている。

概要 ドリプトサウルス, 地質時代 ...
ドリプトサウルス
生息年代: 後期白亜紀, 77–66 Ma
復元骨格。ニュージャージー州博物館
地質時代
後期白亜紀マーストリヒチアン
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 爬虫綱 Reptilia
亜綱 : 双弓亜綱 Diapsida
下綱 : 主竜形下綱 Archosauromorpha
上目 : 恐竜上目 Dinosauria
: 竜盤目 Saurischia
亜目 : 獣脚亜目 Theropoda
階級なし : 鳥吻類 Averostra
下目 : テタヌラ下目 Tetanurae
階級なし : コエルロサウルス類 Coelurosauria
階級なし : ティラノラプトラ Tyrannoraptora
上科 : ティラノサウルス上科 Tyrannosauroidea
階級なし : 真ティラノサウルス類 Eutyrannosauria
: ドリプトサウルス科 Dryptosauridae
Marsh, 1890
: ドリプトサウルス属 Dryptosaurus
Marsh, 1877
学名
Dryptosaurus
シノニム
  • Laelaps aquilunguis Cope, 1866 (優先権なし)
  • Megalosaurus aquilunguis (Cope, 1866)
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記載

要約
視点
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推定される体躯とヒトの比較

1個体の断片化石からの推定ではあるが、ドリプトサウルスは全長7.5メートル、体重1.5トンと推定されている[1]。近縁なエオティラヌスと同様に、ティラノサウルスなどさらに派生的なティラノサウルス科と比較して長い前肢が存在する。比較的大きいともされている手には3本の指が生えていた。しかしながら、2011年にブルサッテらは、ドリプトサウルスの指と派生的なティラノサウルス科の指の共通点を観察し、ドリプトサウルスの機能的な指は2本だけであった可能性があると主張した[2]。それぞれの指には猛禽の爪に似た約18センチメートルの鉤爪が生えていた[3]。前肢の形態から、ティラノサウルス上科の前肢の縮小は均一の傾向を辿っていない可能性があると示唆された[2]。両前肢と顎は狩りおよび捕食に用いたと考えられている[2]

模式標本は1体の成体のものとされる断片骨格である。ANSP 9995 は右の上顎骨の断片・右の歯骨の断片・右の上角骨の断片・側歯・中央から遠位にかけての11個の尾椎・左右の上腕骨・左手の指骨(I-1・II-2および鉤爪1つ)・左右の恥骨の軸・右の坐骨の断片・左の大腿骨・左の腓骨・左の脛骨・左の距骨・第3中足骨の軸中央を含む。神経中枢の縫合線が全ての尾椎で閉じていることから、ホロタイプ標本の個体が成熟していたことが支持されている[2]AMNH FARB 2438 は、ホロタイプと同一個体のものと思われる左第4中足骨からなる[4]

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復元図

断片的な右の上顎骨には3つの歯槽が完全に保存され、4番目の歯槽が部分的に残っている。ドリプトサウルスは横方向に薄い歯を持っていたことが確かめられている。断片の後方に位置する歯槽には、その形状から他の歯よりも小さい円形の歯が生えていたことが示唆されている。大腿骨は脛骨よりも3%だけ長い。回収された手の最長の鉤爪は17.6センチメートルである。第4中足骨の近位部の形態から、ドリプトサウルスの脚はアークトメタターサル構造をなすことが示唆されている。アークトメタターサルとは第3中足骨が第2中足骨と第4中足骨に挟まれている、ティラノサウルスやタルボサウルスといった派生的なティラノサウルス上科に共有される、派生的な特徴である。

2011年のブルサッテの研究によると、ドリプトサウルスは以下の特徴に基づいて識別される。

  • 短い上腕骨(大腿骨との比が0.375)および長い手(指骨I-1と大腿骨の比が0.2)
  • 坐骨結節の内側外側への顕著な拡張(軸のすぐ遠位側の幅の1.7倍)
  • 内側の関節丘のすぐ近位側の大腿骨幹の中央の表面に卵型の窩が存在し、近遠心の隆起によって前方で区切られ、novel crest により中間で区切られる
  • 腸腰筋結節のすぐ近位にある腓骨の前面に、近位内側に向いた隆起が存在する
  • 距骨側面の関節丘の側面の縁が卓越し、踵骨の近位面に重なる
  • 第4中足骨の近位側の軸が平坦化し、前後方向に長いよりも遥かに内側外側へ広い半空洞状の断面をなす

発見と種

要約
視点
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模式標本の要素

1866年にドリプトサウルスが発見される以前は、新大陸での獣脚類は1856年ジョセフ・ライディモンタナ州で発見した単離した歯のみが知られていた[5]。ドリプトサウルスが発見されたことにより、北アメリカの古生物学者は不完全ながら関節した獣脚類の骨格を観察する機会を得た。19世紀後半においてティラノサウルス上科は個別の大型獣脚類のグループとみなされていなかったため、ドリプトサウルスは北アメリカから産出した孤立した獣脚類を含めたゴミ箱分類群とされ、後に再分類するためだけに数多くの獣脚類が(ラエラプスとして)割り当てられた。

ドリプトサウルスの属名は「引き裂くトカゲ」を意味し、ギリシャ語で「引き裂く」を意味する "dryptō" (δρύπτω) と「トカゲ」を意味する "sauros" (σαυρος) からなる[6]。種小名のアクイルングルスはラテン語で「鷲のような鉤爪を持つ」を意味し、3本の指に生えた鉤爪を反映する。1866年にエドワード・ドリンカー・コープは発見から1週間以内に標本について論文を発表し、フィラデルフィア自然科学アカデミーでの会議でラエラプス・アクイルングルスと命名した[2]。ラエラプスはギリシャ語で「ハリケーン」や「烈風」を意味し、獲物を決して逃がさない神話上の猟犬ライラプスの名前でもある[7]。ラエラプスは詩的で刺激的な名前として人気を博し、ハドロサウルストラコドンに続いて北アメリカから記載された恐竜となった。後に、ラエラプスという属名はダニの属に既に使用されていることが判明し、コープの好敵手であるオスニエル・チャールズ・マーシュが1877年にラエラプスをドリプトサウルスに改名した。模式種はドリプトサウルス・アクイルングルスである。

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ドリプトサウルス(中央)と戦うエラスモサウルス、および背景のハドロサウルスの古い歴史的な描写。エドワード・ドリンカー・コープが1869年に描いたもの

2011年にブルサッテは、模式標本の大部分を占める歴史的なキャスト ANSP 9995/AMNH FARB 2438 がロンドン自然史博物館(NHM OR50100)のコレクションに所蔵されていると記載している。キャストでは、深刻な黄鉄鉱病の影響を受けた元の標本では最早保存されていないような、詳細な部分まで確認できる[8]

誤分類された種

コロラド州モリソン層から産出した、現在では紛失されている歯骨に基づき、1877年にコープはラエラプス・トリヘドロドンを命名した。ラエラプス・トリヘドロドンのホロタイプ標本に割り当てられていた損傷した5つの歯冠 AMNH 5780 はアロサウルスと数多くの特徴を共有しており、当時はアロサウルスに分類されていた。しかし、アロサウルスに似ているとされた歯の特徴の一部は獣脚類全体の原始的な特徴であり、モリソン層の他の大型獣脚類にも共通した可能性がある[9]

ラエラプス・マクロプスはコープによって断片的な後肢から命名された。この後肢はナイヴェシンク層から発見されたもので、その長さからジョセフ・ライディがドリプトサウルスから区別してオルニトミモサウルス類に属するコエルロサウルス類に割り当てたものである[10]。トーマス・R・ホルツはそれを Dinosauria 第2版の中で自らの功績としてティラノサウルス上科と推測してリストに加えている[11] これには2017年テイヒベナトルという新たな属名が与えられた[12]

分類

要約
視点

発見されて以来、ドリプトサウルスは多種多様な獣脚類のグループに分類されてきた。1866年のコープ、1868年のライディ、1888年のライデッカーの論文では、イングランド南東部から発見され当時知られていたメガロサウルスとの共通点が記載された。これに基づき、コープはドリプトサウルスをメガロサウルス科に分類した。しかしマーシュは標本を検査し、単型であるドリプトサウルス科に分類した。ドリプトサウルスに分類された化石は、コープの日以降に発見された数多くの多様な獣脚類の観点に基づいて、1997年にケン・カーペンターにより再評価された。彼は特異的な特徴のために既存のどの科にも化石を分類できないと考え、マーシュと同様にドリプトサウルス科に分類するのが正しいとした[4]。この系統学的配置は1970年のラッセルおよび1990年のモルナーの研究でも支持されている[13][14]1990年代のその他の系統学的解析ではコエルロサウルス類に分類されたが、その中での詳細な配置は不明である。

1946年にチャールズ・R・ギルモアは、白亜紀後期の同時期のティラノサウルス科(ティラノサウルスアルバートサウルス)とドリプトサウルスとの解剖学的特徴の繋がりを初めて観察した[15]。この研究は Baird とホーナーによる1979年の論文でも支持されているが、2005年までは幅広く受け入れられていなかった[16]。ドリプトサウルスはかつて北アメリカ東部から知られる唯一の大型肉食恐竜であったが、基盤的なティラノサウルス上科であるアパラチオサウルス2005年に発見された[17]。アパラチオサウルスはドリプトサウルスよりも骨格が揃っており、体躯と形態はドリプトサウルスに類似している[18]。この発見により、ドリプトサウルスが原始的なティラノサウルス上科に属することが明らかにされた。2011年のブルサッテによる詳細な系統解析では、ドリプトサウルスとティラノサウルス上科の関連が断定され、「中間型」のティラノサウルス上科とされた。これは、グアンロンディロングといった基盤的な属よりも派生的であるが、さらに派生したティラノサウルス科の属よりは基盤的であるということである[19]

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体骨格の要素
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四肢とその他の骨

以下のクラドグラムは大半のティラノサウルス上科を含むもので、Loewen らによる2013年の研究に基づく[20]

ティラノサウルス上科
プロケラトサウルス科

プロケラトサウルス

キレスクス

グアンロン

シノティラヌス

ジュラティラント

ストケソサウルス

ディロング

エオティラヌス

バガラアタン

ラプトレックス

ドリプトサウルス

アレクトロサウルス

シオングアンロン

アパラチオサウルス

アリオラムス・アルタイ

アリオラムス・レモトゥス

ティラノサウルス科

古環境

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茶色で発見部位を示したダイアグラム

ドリプトサウルスの模式標本 ANSP 9995 は West Jersey Marl Company Pit で発見された。この場所はアメリカ合衆国ニュージャージー州グロスター郡マンツアタウンシップの Hornerstown 層としても知られている。標本は約6700万年前にあたる後期白亜紀マーストリヒチアンに堆積した泥灰土砂岩の採石場労働者により収集された[3][21]

ニュージャージー州南方の Hornerstown 層はニュージャージー州中央のニューエジプト層としても知られている。研究からニューエジプト層は海洋ユニットであることが示唆され、チトニアンの Red Bank 層と同様に当時は深海であったと考えられている[22]。ニューエジプト層は、ドリプトサウルスの可能性がある化石が報告されたナイヴェシンク層の上に横たわっている。

マーストリヒチアンの間、現在の北極海からメキシコ湾までを南北方向に走る西部内陸海路により、ドリプトサウルスと同時期の動物相はティラノサウルス科の支配する北アメリカ大陸西部から隔離されていた。ドリプトサウルスが動物食性動物であることは確実だが、白亜紀のアメリカ東海岸では恐竜の数が不足しており、ドリプトサウルスが特定の獲物に依存することは困難だった[3]ハドロサウルス科がドリプトサウルスと同時期・同地域のアパラチア大陸から知られており、ドリプトサウルスの食糧の大部分を占めていた可能性がある。ノドサウルスも生息していたが、こちらは装甲があるため狩られる可能性は低かったとみられている[3]。狩りの際には両前肢と顎が捕獲・捕食に重要な役割を果たしていた。

出典

参考文献

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