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ジョアン・フェリックス
ポルトガルのサッカー選手 (1999-) ウィキペディアから
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ジョアン・フェリックス・セケイラ(João Félix Sequeira, ポルトガル語発音: [ʒuˈɐ̃w ˈfɛliks][注釈 1], 1999年11月10日 - )は、ポルトガル・ヴィゼウ出身のサッカー選手。セリエA・ACミラン所属。ポルトガル代表。ポジションはFW。
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アトレティコ・マドリードへの推定移籍金は、1億2600万ユーロで、ネイマール、キリアン・エムバペ、フィリペ・コウチーニョに次ぐ史上4番目に高額な移籍金となっている。
UEFAヨーロッパリーグでは史上最年少の18歳でハットトリックを達成、2019年にはゴールデンボーイ賞を獲得している[4][5][6]。
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クラブ経歴
要約
視点
プロ入り前
ポルトガルのヴィゼウで生まれたフェリックスは、2007年にヴィゼウにあるクラブ、オス・ペスティニャスに入団する[7]。早くからベンフィカが興味を示していたが、ヴィゼウとリスボンの距離は300kmで、車でも3時間以上かかるため、より近いポルトを選択した[8]。2008年、8歳からのポルトのユースチームに加わった[9]。ポルトへの加入後、ヴィゼウとポルト間100kmを毎日母親が送迎していた[8][10]。12歳から実家を離れ、ポルトのユースチームの練習場の近くに住むようになった[10]。体格の小ささからポルトから放出され、パドロエンセにローンで半年間在籍した後、兼ねてから入団を誘われていたベンフィカに15歳で入団した[9]。
SLベンフィカ
2016年9月17日、 ベンフィカBのSCフレアマンデ戦に、後半途中から出場し、リーガプロデビューした。83分にオーレリン・ブタに代わって出場。SLベンフィカBでの最年少出場選手となった[11]。2017年2月15日のアカデミコ・デ・ヴィゼウ戦で初得点を決めた[12]。シーズンで13試合に出場、3得点決めた。ベンフィカU-19の選手でもあり、26試合に出場、15ゴール決めた。ヨーロッパリーグでは、決勝トーナメントで6ゴールを決め、チームの決勝進出に貢献した。
2018年1月30日、ファマリカンとのホーム戦ではハットトリックを達成し、チームは5-0で勝利した[13]。
2018-19シーズンから、トップチームに昇格、2018年8月18日、ボアヴィスタ戦でプリメイラ・リーガデビューした。1週間後、スポルティングとのリスボン・ダービーにてプリメイラ・リーガ初得点を決め、リスボン・ダービーで得点を決めた最年少選手となった[14]。ブルーノ・ラージの監督就任後、より試合で起用されるようになった。2019年4月11日、ヨーロッパリーグ準々決勝、フランクフルト戦1stレグで、ハットトリックを決めた[15]。これは、ヨーロッパリーグ史上最年少(19歳152日)でのハットトリックとなった[16][17]。リーグ戦では得点ランキングで4位タイとなる15ゴールを決め、チームの優勝に貢献した。ヨーロッパの7リーグの10代の選手として、得点数とアシスト数がそれぞれカイ・ハフェルツとジェイドン・サンチョに次いで2位となった[18]。
アトレティコ・マドリード

2019年7月3日、アトレティコ・マドリードと7年間の契約を締結し、移籍金1億2600万ユーロ(約153億円[19])で移籍した[20]。この額は、キリアン・エムバペ、ネイマール、フィリペ・コウチーニョに次ぐ史上4番目、10代としてはキリアン・エムバペに次いで高額な移籍金となっている。最初の年に3000万ユーロを支払い、残りの9600万ユーロを分割で払う。SLベンフィカとの契約解除金は1億2000万ユーロだが、メディエーションサービスとして、600万ユーロもプラスして支払われる[21]。背番号は、アントワーヌ・グリーズマンの着用していた7番に決まった[22][23]。
2019年8月19日、ヘタフェ戦でラ・リーガデビューをし、PK獲得する活躍をした[24][25]。 8月25日、レガネス戦でビトーロへのラ・リーガ初アシストをした[26]。9月1日、エイバル戦でラ・リーガ初ゴールを決めた[27]。10月1日、チャンピオンズリーググループステージのロコモティフ・モスクワ戦で、チャンピオンズリーグ初得点を決めた[28]。19歳でのこの得点は、アトレティコのチャンピオンズリーグ最年少得点記録となった[29]。2019年12月、21歳未満の欧州最高の選手に贈られるゴールデンボーイ賞を受賞[30]、バロンドールでは、28位にランクインした[31]。2020年3月11日、UEFAチャンピオンズリーグ・ラウンド16のリヴァプール戦2ndレグで、相手GKアドリアンのキックミスを奪取し、マルコス・ジョレンテの得点をアシスト。その後、チームは3-2の逆転勝利し、準々決勝進出に貢献した。8月12日、準々決勝のライプツィヒ戦では、自ら獲得したPKを決めるも、チームは1-2で敗退した。シーズンを通して負傷が多く、合計で4回の負傷離脱と13試合もの負傷欠場をした[32][33]。また、リーグ戦では27試合に出場し、6ゴール1アシストしかできず、移籍金に見合った活躍を出来ず、マルカ紙の期待外れベスト・イレブンにも選ばれた[34]。結果を残せないフェリックスに対してディエゴ・シメオネ監督は、「彼のように20歳で絶対的なスターはほとんどいない。彼には疑いようのない才能がある」「時間をあげよう」と語った[35]。

2020年9月27日、グラナダとのラ・リーガ開幕戦で1ゴール1アシストPK獲得の活躍をし、6-1の大勝に貢献した。10月27日、チャンピオンズリーググループステージのレッドブル・ザルツブルク戦で2ゴールを決め、チームの逆転勝利に貢献した[36]。4日後の31日、オサスナ戦で2ゴール[37]、1週間後の11月7日、カディス戦でも2ゴールを決めた[38]。2021年2月4日、新型コロナウイルスに感染し、2試合欠場した[39]。2021-22シーズンではリーグ戦24試合に出場、クラブに来て自己最多となる8得点を記録した。
チェルシー
2023年1月11日にチェルシーにシーズン終了時までのローン移籍が決まった。背番号はクラブのレジェンド、ドログバと同じ11番[40]。1月13日のフルハムとのダービーマッチでデビューしたが後半の半ばに相手選手の足にタックルし、退場となった。デビュー戦での退場はチェルシー史上初の出来事となった[41]。2月11日のウェストハム戦で移籍後初ゴールを決めた[42]。
FCバルセロナ
2023年9月2日、FCバルセロナへの1年間のローン移籍が発表された[43]。9月16日、リーガ第5節のレアル・ベティス戦で加入後初ゴールを決めた[44]。9月19日、UEFAチャンピオンズリーグのロイヤル・アントワープ戦では、2得点1アシストの活躍でマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた[45]。11月28日、チャンピオンズリーグのFCポルト戦でもゴールを決め、2020-21シーズン以来となるラウンド16進出に貢献した[46]。12月3日、保有元であるアトレティコ・マドリード戦でゴールを決めて1-0での勝利に貢献した[47]。2024年1月22日、ラ・リーガ第21節レアル・ベティス戦でゴールを決め、勝利に貢献した[48]。3月17日、アトレティコ・マドリード戦でゴールを決め、リーグ戦2位への浮上に貢献した。ラ・リーガでアトレティコ・マドリードとの両試合で得点した選手は、2019-20シーズンのリオネル・メッシ以来となった[49]。4月13日、カディスCF戦では、37分にオーバーヘッドで右足をうまく合わせて、ゴールへ押し込み、勝利に貢献した[50]。
2024年7月1日、FCバルセロナ側は同選手のレンタル延長を望んでいたが、保有元であるアトレティコ・マドリード側はレンタル延長を望んでいないとFCバルセロナ側に報告したため、FCバルセロナを退団した[51][52]。
アトレティコ・マドリード復帰
2024年8月、プレシーズンマッチでは3試合に出場した。一部のアトレティコサポーターから侮辱的な発言を受けた2024年8月3日のヘタフェCF戦では、アンヘル・コレアのスルーパスに抜け出してゴールを記録。2024年8月7日に香港で行われた傑志体育会戦では、アレクサンダー・セルロートのゴールをアシストし、さらに2024年8月11日のユヴェントス戦でもゴールを決めた[53]。
チェルシー復帰
2024年8月21日、チェルシーFCに移籍した[54]。契約期間は7年間。1年ぶりの復帰となった[55]。
ACミラン
2025年2月4日、ACミランへ2025年6月30日までのローン移籍が発表された[56]。2025年2月5日、コッパ・イタリア準々決勝ローマ戦にて後半59分、クリスチャン・プルシックと交代で途中出場、後半71分にサンティアゴ・ヒメネスからのパスを受けると、柔らかいタッチのチップキックでネットを揺らし、ミランデビュー戦で得点をマークした[57][58]。
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代表経歴
ユース代表
2017年6月14日、U-18代表として臨んだ、ノルウェーとの親善試合に後半途中から出場。代表デビューをし、2得点を決めた。
2017年10月10日、17歳でU-21代表として臨んだ、ボスニア・ヘルツェゴビナとの試合に後半途中から出場し、U-21代表デビューをした。
2018年3月23日、リヒテンシュタインとの試合でU- 21代表での初得点を決めた。
2018年1月15日、U-19代表として臨んだトルコとの試合で後半途中から出場。U-19代表デビューをした。
各年代で招集され、14試合に出場、6得点を決めた。
A代表
2019年3月15日、EURO 2020予選に先立ち、A代表に初選出された。代表チームでの練習で足首を負傷し、試合に出られなかった。
ネーションズリーグ2018-19の決勝ラウンドのメンバーにも選出された。6月5日、スイスとの準決勝に後半から出場し、A代表デビューした。4日後、ポルトガルはオランダを破り優勝した。
2020年9月5日のUEFAネーションズリーグ、クロアチア戦でフル代表初ゴールを決めた[59]。2022年11月24日、ワールドカップカタール大会、グループリーグ初戦のガーナ戦で1得点を挙げて勝利した[60]。
UEFA UERO 2024のポルトガル代表に選ばれた[61]。準々決勝、フランス戦のPK戦でシュートを外し、厳しい批判を受けた[62]。
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人物
- 両親ともに教師である。
- 4歳下に弟のウーゴ・フェリックスがおり、ベンフィカU-15チームに所属している。
- ポルトガルの先輩、クリスティアーノ・ロナウドと比較されることについて、「クリスティアーノはクリスティアーノ。俺はジョアン・フェリックスになりたいんだ」と語っている[63]。
- アトレティコでの背番号について、ベンフィカ時代と同じで、ラ・リーガではトップチームの選手が着けることができない79番を一番に希望した。次に、既にアンヘル・コレアの着けていた10番を希望。最終的に7番に落ち着いたと明かした[64]。
個人成績
クラブ
- 2025年2月4日現在
代表
- 2025年2月4日現在
- 国際Aマッチ 45試合 9得点(2019年-)[65]
得点
- 2025年2月9日現在
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タイトル
クラブ
- ベンフィカ
- プリメイラ・リーガ: 2018-19
- アトレティコ・マドリード
代表
- ポルトガル
個人
- プリメイラ・リーガ月間最優秀選手: 2019年1月
- SJPF月間最優秀若手選手: 2019年1月
- UEFAヨーロッパリーグスカッドオブ・ザ・シーズン: 2019-20
- ポルトガル年間最優秀選手賞: 2019-20
- プリメイラ・リーガ年間最優秀若手選手: 2019-20
- ゴールデングローブ賞最優秀新人選手: 2019年
- A Bola年間最優秀選手: 2019年
- ゴールデンボーイ賞: 2019年
- グローブ・サッカー・アワード: 2019年
- ラ・リーガ月間最優秀選手賞: 2020年11月, 2022年3月
注釈
脚注
外部リンク
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