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オルケスタ・デル・ソル(Oruqesta Del Sol)は、1978年に結成された日本初のサルサ・バンド。通称は″デル・ソル″。″オルケスタ″はスペイン語で″楽団、バンド″[1]、″デル・ソル″は″太陽の″を表し、バンド名は″太陽の楽団″を意味する。ラテン音楽に日本語の歌詞を乗せ、ビッグバンドを従えて活動を展開している[2]。
オルケスタ・デル・ソル | |
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別名 | デル・ソル |
出身地 | 日本 |
ジャンル |
サルサ ラテン音楽 |
活動期間 | 1978年 - |
レーベル | Uno Music |
公式サイト | オルケスタ・デル・ソル / Oruqesta Del Sol |
1978年、パーカッショニストのペッカーこと橋田正人の呼びかけにより、キーボードの森村献、ベースの高橋ゲタ夫らを中心に結成される[2]。
1979年 - 六本木ピットインでのライブでバンドとしてデビューし、1980年、村上ポンタ秀一の主催によるジョイント・コンサートに参加した後にその評判が口コミで広がり、原宿クロコダイル[3]でのライブは好評を博した。
1981年 - ディスコメイトレコードから「レインボー・ラブ」でメジャーデビューを果たす。
1982年 - ライブ録音の「ハラジュク・ライブ」がリリースされる[4]。1983年から5年間在籍していた大儀見元、NORAらが後に結成したオルケスタ・デ・ラ・ルスや、森村献がプロデュースを手掛けたチカブーン等に多大な影響を与えた。
1993年 - シングル「太陽のイレブン」をリリース。この曲はJリーグ″ガンバ大阪″のオフィシャル・テーマソングに採用された。これに伴いアルバム『デルソル』がMCAビクターからリリースされる。収録曲「EL AMOR ES FATAL」の演奏にはキューバ人のコンガ・プレーヤー、タタ・ウィネスが参加している[5]。
1999年 - 11月27日、28日の二日間、原宿クロコダイルにて、NORA、タイロン橋本、高橋ゲタ夫、マーティン・ウィルウェーバー、大儀見元、吉田憲司等、嘗てのメンバーを多数ゲストに迎え、結成21周年記念ライブを行う[5]。
2013年 - 結成36周年イヤーとして、嘗てのメンバーに加え歴代のボーカリストであるやまもときょうこ、吉田歩、ルベル・カブラーレスらも参加して、計3回の記念ライブが開催される[5]。
2015年 - 人気キューバ人歌手のフリアン・エル・ピジョ(Julián El Pillo)[6]が加入し、サウンド面の完成度が高まる。
現在も、メンバーチェンジを繰り返しながら「JAPAN SALSA CONGRESS[7]」ライブやホールコンサートに参加するほか、南佳孝、麻倉未稀、織田哲郎など様々なアーティストとコラボ公演やサルサ・フェスティバルなどで共演し[8][9]、精力的に活動を続けている。
名前 | 主な担当 |
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ペッカー(Hashida Masato) | ボーカル、パーカッション |
森村献(Ken Morimura) | ピアノ、ミュージカル・ディレクター |
木村誠(Makoto Kimura) | ボーカル、パーカッション |
フリアン・オスカール(Julian Oscar Tapia) | ボーカル |
渋谷和利(Kazutoshi Shibuya) | ベース |
佐藤英樹(Hideki Sato) | ボンゴ |
美座良彦(Yoshihiko Miza) | ティンバレス |
都筑章浩(Akihiro Tsuzuki) | コンガ |
佐久間勲(Isao Sakuma) | トランペット |
中野勇介(Yusuke Nakano) | トランペット |
向井志門(Shimon Mukai) | アルトサックス |
竹野昌邦(Masakuni Takeno) | テナーサックス |
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