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ウィリー・ハリス

アメリカの野球選手 (1978-) ウィキペディアから

ウィリー・ハリス
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ウィリアム・チャールズ・ハリスWilliam Charles Harris, 1978年6月22日 - )は、アメリカ合衆国ジョージア州ジョージア州グレイディ郡カイロ英語版出身の元プロ野球選手外野手二塁手)、野球指導者。右投左打。

概要 基本情報, 国籍 ...

ミルウォーキー・ブルワーズなどでプレーした元メジャーリーガー(内野手)のアーニー・ライルズ英語版叔父に当たる。

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経歴

プロ入り前

1996年MLBドラフト28巡目(全体816位)でピッツバーグ・パイレーツから指名されたが、この時は契約せずにミドル・ジョージア大学英語版へ進学した。

1997年MLBドラフト90巡目(全体1605位)でタンパベイ・デビルレイズから指名されたが、この時も契約しなかった。

現役時代

ケネソー州立大学英語版へ転校後の1999年MLBドラフト24巡目(全体727位)でボルチモア・オリオールズから指名を受け、プロ入り。

2001年9月2日のシアトル・マリナーズ戦でメジャーデビュー。2002年1月29日にクリス・シングルトン英語版とのトレードで、シカゴ・ホワイトソックスへ移籍し、一時は二塁手のレギュラーの座を掴みかけた。

2006年ボストン・レッドソックス2007年にはアトランタ・ブレーブスへ移籍した。2007年は主に左翼手としてプレーし、117試合に出場した。前半戦は右打者のマット・ダイアズツープラトン起用され、打率.342と打撃好調であったが、後半戦になると不振に陥ってしまった。そして、ダイアズにポジションを奪われる形となった。また、メジャー昇格後初となる三塁手での起用も経験した。同年オフにワシントン・ナショナルズへ移籍した。

その後、ニューヨーク・メッツシンシナティ・レッズに在籍し、2012年までメジャーでのプレーを続けた。

引退後

2018年サンフランシスコ・ジャイアンツ傘下のAA級リッチモンド・フライングスクウォーレルズの監督を務めた後、レッズの外野守備走塁コーディネイターを経て、2021年からカブスの三塁コーチに就任した[1]

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プレースタイル

器用な選手で元々は二塁手だったが、2006年以降は外野手としての起用が主となった。二塁の他に、遊撃手、三塁手、左翼手、中堅手としてのプレー経験がある。

2008年以降パワーが増し、それまでのシーズンでは多くて2本だった本塁打が2008年以降は少なくても7本塁打、という状況に変化してきている。特に2008年と2010年の2シーズンは、いずれも二桁本塁打を記録している。

2004年に19盗塁を決めているなど脚力もある。

詳細情報

年度別打撃成績

さらに見る 年 度, 球団 ...

背番号

  • 40(2001年)
  • 12(2002年 - 2003年途中)
  • 13(2003年途中 - 同年終了)
  • 1(2004年 - 2005年、2008年)
  • 2(2006年)
  • 22(2007年、2009年 - 2011年)
  • 9(2012年)
  • 33(2021年 - )

脚注

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関連項目

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外部リンク

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