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短編ホラー小説 ウィキペディアから
ロバート・E・ハワードのクトゥルフ神話について解説する。
主に1930年代に『ウィアード・テールズ』(以下WT)誌に掲載された。ハワード・フィリップス・ラヴクラフト(以下HPL)と大きく関係する。
もともとクトゥルフ神話のシリーズとして書かれてはおらず、他シリーズの1作品が神話要素を含んでいる短編が一定量を占める。ハワードのヒロイック・ファンタジーは複数シリーズ同士で年表を作ることが可能で、そこに神話作品も加わる。大まかな時系列順ではキング・カル、英雄コナン(ハイボリア時代)、ブラン・マク・モーン、ターロウ・オブライエンとなる。
アーサー・マッケンの影響を受けている[1]。またHPLとの交流があり、最初期神話『夜の末裔』から既にHPLと相互の影響がある。「蛇人間」がハワード・HPL・スミス3作家を繋げる際に中核を担っており、流れがハワードとHPLの没後に加速して「クトゥルフ神話」として統合されるに至る。
非人間種族(仮称・大地の妖蛆)をテーマとする作品が4作品ある。また特定の固有名詞が複数の作品で異なる意味で使い回されている。加えて、複数の作品に登場する怪物たちを全てゴル=ゴロスとする解釈がある。
ストーリーにもパターンがあり、輪廻転生前の記憶が蘇ったり、碑を崇める非人間種族が登場したり、人間以前の太古の支配者が今なお潜んでいるといった作品が複数ある。作劇として、アイデアを使い回す、非神話アイデアを神話に作り変えるなどが行われている。
倉阪鬼一郎は、HPLと対比して「ハワードの“動”とラヴクラフトの“静”」「ラヴクラフトにとっては古代はあくまでも憧憬の対象だが、ハワードには主たる活躍の舞台だったのである」と表現している[2]。
東雅夫は作品個別に解説があり、さらに「ハワードの正調神話作品は、総じて作者の本領を十全に発揮するものとはなっていない憾みがあるが、これはおそらく神話作品の定石によったのではハワードの持ち前の“狂おしき闘争本能”が不完全燃焼に終わらざるをえないためではないだろうか」と付け加える[3]。
朱鷺田祐介は「ハワードは特に独自の神格を生み出すというよりも、独自の解釈で、神話要素を取り込んだ恐怖小説やヒロイック・ファンタジーを書いた」と解説する[4]。
倉阪・東の両名は後期3作『妖蛆の谷』『闇の種族』『大地の妖蛆』に着目しており、倉阪はラヴクラフト・スクールとヒロイック・ファンタジーが融合した「特異な作品群」「まぎれもないハワードの」神話と評し[2]、東は「神話風味のヒロイック・ファンタジー作品」「蛮族の英雄たちと邪神の眷属との荒ぶる戦いが狂熱のうちに活写されている」と評する[3]。
邦題が複数ある場合の優先はクト、黒の碑の順とする。ただし表題作になっている『黒の碑』のみ例外とする。
英語原題 | 邦訳題 | 初出 | 邦訳収録 | シリーズ | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
The Shadow Kingdom | 影の王国 | WT1929/08 | 失われし者たちの谷、他 | カル | |
The Children of the Night | 夜の末裔 | WT1931/04・05 | ウィアード3 | キロワン | |
The Gods of Bal Sagoth | バル・サゴスの神々 | WT1931/10 | 幻想と怪奇11 | ターロウ | |
The Black Stone | 黒の碑 | WT1931/11 | クト4、黒の碑、他 | 無名祭祀書 | |
The Dark Man | 暗黒の男 | WT1931/12 | 失われし者たちの谷 | ターロウ | |
The Thing on the Roof | 屋根の上に | WT1932/02 | クト8、黒の碑、他 | 無名祭祀書 | |
People of the Dark | 闇の種族 | ST1932/06 | 黒の碑、他 | コナン外伝 | |
Worm of the Earth | 大地の妖蛆 | WT1932/11 | 黒の碑 | ブラン | |
The Valleyof the Worm | 妖蛆の谷 | WT1934/02 | 黒の碑、他 | アリスン | |
The Fire of Asshurbanipal | アッシュールバニパルの焔 | WT1936/12 | クト7、黒の碑、他 | ||
Dig Me No Grave | 墓はいらない | WT1937/02 | クト5、黒の碑 | キロワン | |
Usurp the Night | 闇に潜む顎 | 没後1970 | 真ク3、新ク5 | ||
5作家によるリレー共作『彼方よりの挑戦』で第4章を書いている。
またオーガスト・ダーレスが合作名義で『黒の詩人』という作品を発表している。
WT1929年8月号に掲載された。
キング・カルシリーズ3作の第1作である超古代ヒロイック・ファンタジー。クトゥルフ神話というより先行作品だろうとも言われている[3]。ヴァルーシアの蛇人間の初出であり、本作を読んだHPLは『闇に囁くもの』でヴァルーシアの蛇人間について言及を行った。
WT1931年4・5月合併号に掲載された[5]。en:The Children of the Night
アーサー・マッケンの影響を受けており[1]、またHPLとの交流を経て生まれた作品である。ハワード『影の王国』→HPL『闇に囁くもの』→本作という流れを経ており、HPL作品に登場する魔道書「ネクロノミコン」や邪神の固有名詞が借用されている。
コンラッドとキロワン教授の2人は後続作品にも登場する[6]。
特記すべきは、「無名祭祀書」が最初に登場した作品であること[7][3]。またハワードの邪神であるゴル=ゴロスが名前だけ初登場している[8]。
主人公の言葉を借りる形で、エドガー・アラン・ポー『アッシャー家の崩壊』、アーサー・マッケン『黒い石印』、HPL『クトゥルーの呼び声』が賞賛されている[9][1]。
蔵書家コンラッドの書斎に6人が集い、喧々囂々の議論が交わされる[注 2]。そして話題は、イギリス最古の種族である、小柄で非人間的な、トロールや矮人伝説のモデルとなった種族へと移る。
コンラッドが新石器時代の槌を取り出し、他に類のない珍しいものだと、皆に披露する。ケトリックが槌を手に取り、使い方のコツを掴もうとする。ところが、槌がケトリックの手の中で「蛇のように」ねじれて飛び出し、そばで見ていたわたしの頭に命中し、わたしは昏倒する。わたしは気が付くと古代人の格好をして、暗い森の中に横たわっていた。近くには5人の男の惨殺死体が転がっており、周囲には悪鬼どもが屯していた。
わたし=アリテラは、仲間5人と狩猟のために森に来ていたことを思い出す。皆が休んで眠っている間、わたしは見張り役を務めていたのだが、自分も眠ってしまった。その隙に仲間5人は悪鬼種族「夜の末裔ども」に殺され、わたしは失態に蒼ざめる。わたしは復讐心から単独で敵の集団に襲い掛かり、何人も虐殺した挙句、そのまま敵の村を襲撃する。部族の神イル=マリネンに、わたしは血の生贄を捧げ続ける。だが数には勝てず、わたしは全身に、悪鬼どもの石剣や槍による攻撃を浴び、ついに絶命する。
我に返ったわたしは安楽椅子に寝かされており、5人が心配そうにのぞき込んでいる。ケトリックの黄色い目を見たとたん、わたしの奥底から敵意が沸き起こり、わたしはケトリックに襲い掛かり首を絞める。コンラッドはわたしが発狂したと判断し、ケトリックを部屋の外に避難させる。コンラッドたちは、わたしの頭に槌が当たったせいで正気を失ったと考える一方、わたしはケトリックが「夜の末裔」の末裔であるとして殺意をむき出しにする。
6人全員が、イギリス人またはイギリス人の血を引くアメリカ人。
WT1931年10月号に掲載された[10]。ターロウ・オブライエンシリーズ3作の1つであり、『暗黒の男』の続編にあたる[10]。2022年に翻訳された。
バル・サゴスの神々ゴル=ゴロスとグロス=ゴルカが登場する。ハワードが創造したこの2神については本作品で全て語られているのだが、後の「クトゥルフ神話」では解釈とアレンジが作用して難解なことになっている。
WT1931年11月号に掲載された。創元推理文庫から出ている短編集の表題作であり、表紙のイラストになっている。
ハワードが創造した狂詩人ジャスティン・ジョフリの初出作品である。冒頭部にてジョフリの詩が引用されており、この手法は後の作品でも用いられることになる。また「無名祭祀書」が登場する。
東雅夫は「奇怪な黒い石にまつわる伝説に、異民族間の抗争をからめて描いているあたりに、ヒロイック・ファンタジー作家としてのハワードの関心の所在が示されている」[11]と解説している。
朱鷺田祐介は「ハワード神話作品の頂点」と評し、「優れた恐怖作品であるとともに、古代の邪教信仰と、オスマントルコの東欧侵攻を絡めた歴史伝奇ロマンに仕上がっている。特に主人公が見る悪夢の場面はハワードならではの迫力がある」と解説している[4]。
16世紀以前、ハンガリーの村ズトゥルタンには、マジャール=スラヴと太古からの原住民の混血である人々が住んでいた。邪教を信奉する彼らは、近隣の村から幼児や女性をさらい、神に生贄として捧げる。やがて侵攻してきたオスマン・トルコ軍のセリム・バハトゥル将軍は、住民の所業を知ると彼らを皆殺しにし、近くの洞窟に潜んでいたヒキガエルのような怪物と戦う。セリム将軍はその状況を巻物に記録するも、戦争でポーランド人領主のボリス伯爵に討たれる。伯爵は巻物から村の事実を知り、恐怖に震える。ボリス伯爵は奇襲を受けて死に、遺体と巻物は崩れる城に置き去りとなる。やがて低地の村の者達が移り住み、村はシュトレゴイカバール(魔女の村)という名前に変更される。不気味な碑は残されるが、正体を知る者はいなくなる。
19世紀のドイツの隠秘家フォン・ユンツトは、黒の碑のことを「黒の書」(無名祭祀書)に記す。また20世紀になるとアメリカの詩人ジャスティン・ジョフリが村を訪れ、碑にまつわる詩を詠む。
1931年、わたしはフォン・ユンツトの「黒の書」を読むうち、「黒の碑」に関する記述に興味をもつ。またジョフリについても調べた結果、その碑がハンガリーの山奥シュトレゴイカバールに立つ不吉なモノリスであることを突き止める。わたしは休暇を利用し、村を訪れる。村では、血の繋がらない前の村の住民達による邪神崇拝にまつわる噂が、400年経った現在でも伝わっていた。碑を壊そうとした者には災いがふりかかり、真夏の夜に碑に近づいたことで発狂した者もいたそうである。碑の近くで眠ったある者は、悪夢に苛まされるようになった。
6月23日の夏至の夜(聖ヨハネ祭の前夜)、わたしは碑の傍らで眠気に襲われ、夢の中でグロテスクな狂宴の光景を幻視する。女子供が人身御供に捧げられ、裸体の男女が踊り狂い、黒の碑の頂上には巨大な蛙に似た化物が座り込む。目覚めたわたしは、これがただの夢ではなく過去の映像だと考え、ボリス伯爵の城跡にはセリム将軍が記した巻物があるはずだと思い至る。わたしは城跡を暴き、伯爵の亡骸と小箱を見つける。
小箱の中には巻物と邪神像が収められており、わたしは巻物を解読してこれらを証拠と確信する。人間が必ずしも地球の支配者ではないことを理解したわたしは、黒の碑のような外世界への扉や、似たような怪物が他にもいるかもしれないことに思いを馳せる。わたしは巻物と邪神像を小箱に納め直し、石の重しをつけて河へと投げ込む。
邦訳の異なる固有名詞は、『クトゥルー4』『黒の碑』の順で記す。
WT1931年12月号に掲載された[10]。
剣と魔法の冒険歴史小説。ターロウ・オブライエンシリーズの1つであり、『バル・サゴスの神々』の前日譚である[10]。
ブラン・マク・モーンのシリーズとクロスオーバーしており、ブランの最期が言及されている。過去作『夜の末裔』で言及あるブラン崇拝にまつわる短編であり、タイトルの<暗黒の男>とは、死後に神格化したブランを指す呼称である。
WT1932年2月号に掲載された。
「無名祭祀書」が重要な役まわりを果たしており[12]、文献に複数の版があり内容が異なる(情報が抜け落ちる)ために初版を探すというストーリーが展開される。冒頭にジャスティン・ジョフリの詩が引用されている。
1793年に中米ホンジュラスの密林を訪れたスペイン人冒険家のフアン・ゴンザレスは、「地下に異常なものが隠された神殿」という原住民の伝説を、懐疑的に記録する。100年以上後、ドイツ人神秘家のフォン・ユンツトはこの神殿を訪れ、「蟇の神殿」と名付けたうえで著書「無名祭祀書」に記録する。この文献は版を重ねる中で、誤訳や検閲により情報が抜け落ちる。20世紀、山師タスマンが偶然神殿に迷い入るも、時間も道具もなく引き返す。タスマンは「無名祭祀書」の第3版で、神殿とミイラへの簡単な言及をみつけ、かつての神殿のことだと察する。第2版には、誤訳だらけの中で「宝玉は鍵である」と記載されていた。タスマンは財宝伝説の裏付けをとるべく、初版を読まねばならないと結論付ける。
その後、タスマンはロンドン在住の考古学者であるわたし(語り手)に、「無名祭祀書」の初版の入手を要求する。タスマンはかつて、わたしの研究に難癖をつけて信用を傷つけようとしたことがあったが、本が見つかれば先の非難を全面撤回して誌上に謝罪広告を掲載すると言われ、わたしは要求を受け入れる。後日、わたしが入手した初版本から神殿の記述を確認したタスマンは、急いで中米へと向かい、神殿に入る。彼はミイラの持つ「蟇形の宝玉」を奪い取って祭壇の隠し扉を開いたが、中に財宝などは無く、失意の彼は宝玉だけを持ち帰る。
タスマンはわたしを呼び出し、探検の顛末を語る。タスマンは中米からずっと何かに追跡されており、言動も要領を得ない。さらに屋根の上からは、蹄を踏み鳴らすような足音が響く。わたしはタスマンが完全に狂っていると確信しつつ、本を読み返して「眠れるものを乱すなかれ」「神殿の神こそ、神殿の霊宝なり」という言葉から、タスマンが持ち帰った宝玉が神そのものであり、彼が封印を解いてしまったことに気づく。
その後、タスマンは頭部を砕かれて死ぬ。現場には蹄の跡と粘液が残され、宝玉は無くなっていた。
『ストレンジ・テールズ』1932年6月号に掲載された。
古代ヒロイック・ファンタジーの短編であり、蛮族の豪傑と邪神の眷属の戦いを描いている。輪廻転生前の記憶が蘇り、主人公のモノローグがシームレスに古代に移行するという構成をとっている。
後にシリーズ化する「英雄コナン」が最初に登場した作品。だがあくまで初期版であり、後のコナンとは設定が大きく異なっており、実質的に名前が同じだけの別人である。「略奪者コナン」はゲール人で、「英雄コナン」はハイボリア時代のキンメリア人[注 4](アトランティス人の子孫)と設定されている。
彼女エリナが愛しているのが、おれジョン・オブライエンと彼リチャードのどちらなのか、彼女が明言しないために、おれにはわからない。おれは、エリナへの思慕とリチャードへの憎悪を募らせ、気が狂いそうになる。そんな折に、恋敵リチャードが一人きりで<ダゴンの洞窟>に遊山に行くと聞き、おれは彼を謀殺すべく後を追う。矮人族が掘ったと伝説されている洞窟に、おれは今まで一度も来た事などないにもかかわらず、妙な見覚えを感じる。おれは階段で足を踏み外し、転げ落ちて失神する。目を覚ますと、自分の姿が変わっていた。腰布を巻き、皮草履を履き、足元には幅広の鉄剣が落ちている。そうか、おれは略奪者コナンであったと、己の耄碌を呆れる。おれはブリトン人に攻撃を仕掛けている最中であり、敵の女たちの中に惚れた女がいたために、追いかけていたことを思い出す。
恋敵ヴェルトーリクスが、彼女タメラを逃がして、おれの前に立ちはだかる。2人は武器を打ち合うも、両者致命打には至らない。女は、洞窟に逃げ込むように男に言う。男は、忌まわしい洞窟に入るのはやめて森に逃げるように言うが、女は洞窟に入り込む。男はおれを無視して飛び去り、洞窟に駆け込んだ女を追う。おれと男は、洞窟の入口付近でなお戦い続けるも、洞窟の奥から女の絶叫が響くと、男は戦いをやめ、女を追って奥に入り込む。おれは、ひょっとするとこの洞窟こそ、かの忌まわしき<魔の夜の末裔>の洞窟である可能性に思い至る。
洞窟内の一室で、おれは髑髏を積み上げた祭壇と、伝説の<黒の碑>をみつける。その横では、タメラとヴェルトーリクスの2人が縛られており、さらに悪鬼のごとき原始人が1人いた。おれは、生き残るためにはもはやヴェルトーリクスと共闘するしかないと判断し、原始人を斬殺して、ヴェルトーリクスとタメラの縄を切り、3人で道すらわからない地下道に逃げ込む。背後からは、悪鬼の仲間たちの気配が迫りくる。おれは女の護衛を恋敵に任せて先行させ、自分は悪鬼たちの足止めを図る。だが迷路のような地下道を進んだヴェルトーリクスとタメラは、崖の袋小路へと追い詰められ、抱擁し合い崖下の激流に身を投げる。別ルートを行ったおれは、離れた場所から2人の最期を見届ける。
呆然とするおれ=コナンは、いつの間にかジョン・オブライエンに戻っていた。今までの異様な記憶は、階段から落ちたショックで見た夢か? だがおれは、この洞窟が、記憶の洞窟と同じであることに気づく。あの悪鬼どもは20世紀の現代にもまだいるのだろうかという疑問を抱きつつ、記憶をたどり地下道を進むと、そこにはリチャードとエリナがいた。2人はおれに気づいておらず、おれはポケットの中の拳銃を掴む。エリナには、おぼろげに前世タメラの記憶があるらしく、洞窟の光景に覚えがあると言う。続いてエリナはリチャードに、自分が愛しているのはリチャードだと明言し、それを聞いたおれはここに至ってようやく自分こそが異物だったのだと理解する。
2人の前に、1匹の悪鬼が姿を現す。そいつを見たおれは、闇の種族の最後の1匹だと察する。悪鬼は2人に襲い掛かろうとし、リチャードはエリナを守るべく素手で悪鬼に立ち向かう。おれは拳銃を構え、悪鬼を射殺する。
WT1932年11月号に掲載された。en:Worm of the Earth
ブラン・マク・モーンのシリーズの1つ。古代ヒロイック・ファンタジーの短編であり、ローマ属州時代のブリトン島(ブリタンニア)を舞台に、蛮族の豪傑がローマに対抗するために邪神の眷属の力を借りようとするストーリーが展開される。ブランの死後の出来事は『暗黒の男』『夜の末裔』に続いていく。
ハワードが、HPLから固有名詞を借りて登場させている。ルルイエとダゴンの名前が出ているほか、初期の版ではクトゥルフの名前が出ていたが後の版では無くなっている[13]。
はるかな古代、ブリテン島には、<闇の種族>が住んでいたが、後から来たピクト人に追いやられ、ひっそりと隠れ住むようになる。ローマも台頭しブリテンに進出する。
3世紀。ピクト王ブラン・マク・モルンは、ピクト大使パルタ・マク・オツナと身分を装い、敵情を視察すべくエボラクムに滞在していた。あるとき、ピクト人の男が死罪を宣告されるが、その裁判はローマ人側に一方的に有利な判決であった。刑場にて、ローマ総督スラは、処刑をパルタに見せつけ、尊大にふるまう。総督の側近である将官ヴァレリウスが、十字架上の男を嘲笑すると、男はヴァレリウスの顔に唾をはきかける。ヴァレリウスが激昂して剣を抜き男を刺し殺すと、スラ総督は「できるだけ苦しめて死なせたいのに、即死を与えてやるなどとは軽率だ」と言う。ピクトを侮辱され、ブランは怒りを押し殺す。
夜、夢に現れた老ゴナルに対し、ブランは「邪神の力を借りてスラに復讐する」と主張する。ゴナルはブランの判断を狂気とたしなめるが、ブランは聞き入れない。ブランはヴァレリウスを暗殺して男の仇を取り、もはや仮の名で潜伏するつもりもなく、馬を飛ばして西方に向かう。ブランの作戦は、北のゲール族をそそのかして挙兵させ、ローマ軍を北と西に誘導し、西に来るスラ総督を待ち伏せすることである。
ブランは沼地で、異民族の魔女と出会う。<ダゴンの浦>の魔女、沼地の妖女アトラは、古い闇の種族との混血であり、忌まれ差別を受けていた。「邪神に接触する扉を探している」「復讐のために邪神の力を借りる」と言うブランを、アトラは狂っているのかと問う。アトラは彼がブラン王と見抜いており、「あたしは半分は人間だ」「いくら忌まれようとも、心がある」「呪われたあたしに、王との愛の接吻をくれ」と言う。ピクト王と魔女の取引は成立した。
ブランは「ダゴンの塚」の洞窟に入り、髑髏の祭壇と黒の碑を見つける。ブランは碑を抱えて持ち帰り、ダゴンの沼に投げ込んで隠す。ブランが碑を盗んだことを感づいた<やつら>は、ブランとアトラを取り囲む。無数の悪鬼に包囲されたブランは、啖呵を切り「黒の碑を渡す代わりに、邪神の力を貸せ」と言い、悪鬼たちを脅す。ピクト王と闇の種族の取引は成立した。
ブランは沼から碑を回収し、予測通りならばスラが来ているであろう要塞塔に偵察に行くも、その塔は消え失せていた。生存者の兵士から、地の底から現れた「蛆虫」が塔の礎石を破壊したことや、スラ総督が悲鳴を上げていたという証言を得たブランはようやく、己が召喚した存在の危険性に気づく。
ブランは碑を携え、悪鬼たちとの取引場所、石柱群「ダゴンの環」に行く。アトラが先に来ており、悪鬼たちもやって来て、「暗黒の渦」からスラが姿を現す。スラは拷問を受けていたわけではなかったものの、やつらのあまりの忌まわしさに耐えきれず、精神が崩壊していた。ブランはスラを惨殺してやろうと考えていたが、彼の惨状を見て考えを改め、一刀のもとに首を刎ね、介錯する。
アトラは「こいつらがそんなに忌まわしいものか、そんなやつらの手を借りる人間と比べてもか」と言う。ブランは態度を豹変させ、おぞましさで一杯となり、悪鬼の一人に碑を力任せに投げつけ、ぶつける。掌を返して逃げようとするブランを、アトラは嘲笑する。ブランは忌まわしい邪悪から離れ、戦場の血で己の身と心を清めようと、北に馬を飛ばす。
WT1934年2月号に掲載された。
古代ヒロイック・ファンタジーの短編であり、蛮族の豪傑と邪神の眷属の戦いを描いている。語り手のジェームズ・アリスンは『恐怖の庭』にも登場する。ブラン・マク・モーンの輪廻転生譚でもある。
北欧だが、ブリテン島とは明言されていない。また闇の種族への言及はあるが直接登場はせず、邪神の方が登場している。ほかには「旧支配者」[14]や「宇宙的恐怖」[15]など、HPLから語を借用してきている。
倉阪鬼一郎は「おそらくは作者の狂気の然しめるところにより、太古の英雄の記憶を持つ主人公が直接古代で戦うという異様な構造になっている。ここに登場する怪物の描写は、ラヴクラフトと甲乙つけがたいぐちゃぐちゃどろどろぶりだが、結末がまったく違う。ハワードの場合は、英雄が怪物に矢を射かけ、あまっさえスサノオノミコトよろしく斬り殺してしまう」「ハワードの“動”とラヴクラフトの“静”」と解説する[2]。
わたし、ジェームズ・アリスンは、アーリア人の男性として、何度も輪廻転生を続けてきた。ブラン・マク・モーン[16]もニオルドも、わたしの前世である。
全男子500名が兵士を務めるアサ神族は、放浪の末に<妖蛆の国>に迷い込んだ際にピクト族と遭遇し、戦いへと発展する。わたし(ニオルド)はグロムという強敵と闘って勝利するも、気まぐれからとどめを刺さず、手当てして帰してやる。するとピクトの者たちはアサの強さに感服し、両部族間で和約が成立する。
わたしはグロムと友になり、共に狩りに出るようになる。グロムは、ピクト族は「密林の大蛇サーダ」と<廃墟の谷>を恐れ近づかないと語る。曰く、古代ピクトの部族が谷に入り込んだところ、そっくり消え去ってしまったという。
わたしは剣歯虎を狩った際に死にかけ、数ヶ月間生死の境をさまよう。その間に、アサの民族から、ニオルドの友・ブラギの一族が分離独立を果たし、<廃墟の谷>に移り住む。古潭を信じるピクト族は諫めるも、アサの者たちは一笑に付しただけであった。やがて恢復したわたしが谷を訪問したところ、小屋はぺちゃんこに潰れ、人体の残骸が散乱しており、彼らは全滅していた。巨大な芋虫がごとき足跡が、谷の下の方に続いている。わたしが剣を抜いて足跡を追跡しているところにグロムが助けに来る。
わたしは密林に赴き、知恵をしぼって大蛇サーダを討ち取り、毒を採取する。続いて谷に行き、ブラギ一族の仇である「蛆のような怪物」に、サーダの毒矢を射かけ、剣で致命傷を与える。妖蛆は地下の闇へと転がり落ちて絶命する。傷を負ったわたしは、グロムに己の雄姿を語り継ぐよう言い残して落命する。
WT1936年12月号に掲載された。
中東の砂漠を舞台としたアクション神話作品。登場人物たちは20世紀前半のアウトロー冒険家や盗賊であり、ライフルを主武装とする。
WTに発表され、日本語にも邦訳されている版は、決定稿だが、大幅に書き替えられる前の初期稿も存在する。初期稿はクトゥルフ神話要素がずっと少なく、また1972年になり発表された[17]。
古代、アッシュールバニパル王宮の魔道士ズトゥルタンは、魔物を眠らせて宝石を盗む。魔道士は預言の力を振るい、いつしか宝石は王に敬意を表して「アッシュールバニパルの焔」と呼ばれるようになる。だが王国は邪悪なものに襲われ、民衆は鬼神の祟りと叫びたてたことで、王は魔道士に宝石を魔物に返却するよう命じる。魔道士は拒否し、叛逆都市カラ=シェールに逃げ込むが、そこで都市の王と宝石の奪い合いになり殺される。だが、魔道士は死ぬ間際に魔物を解放しており、偽王は呪いを受けて死に、宝石を握ったままミイラとなる。叛逆都市は荒廃し無人となる。
20世紀、スティーヴ・クラーニイとヤル・アリという2人組の冒険家は「アッシュールバニパルの焔の話」の噂を聞き、眉唾と思いつつも、伝説を追って暗黒の都市カラ=シェールを探す。しかし砂嵐でラクダを失い、続いて盗賊に襲われ、水も尽き、命からがら古代都市にたどり着く。2人は玉座に宝石をつかんだ骸骨を見つけ、ヤル・アリは宝石を持ち帰ろうとするスティーヴを止める。そこへ盗賊たちが大勢で古代都市にたどり着き、2人は制圧される。
盗賊の頭領は旧敵ヌレディンであった。ヌレディンは宝玉を己のものにしようとするが、配下の盗賊達は呪いを怖れて反対する。ヌレディンが迷信と一蹴して宝石を掴むと、壁に黒い穴が空き、触手が伸びてきてヌレディンを掴む。アラブ人盗賊達は悲鳴を上げて逃げ出し、縛られたスティーヴとヤル・アリは見たら死ぬものが来たことを察し、悪臭と冷気に耐えて微動だにせず、ひたすら怪物が去るのを待つ。2人が目を開けたとき、骸骨が宝石を再び握り、ヌレディンの生首と怪物の足跡が残されていた。
2人は宝石を諦め、なんとか縄を切ると、盗賊の馬で遺跡から逃げ出す。スティーヴは、人類以前に地球を支配していた物たちが異次元で生き永らえているという真実に思い至る。
東雅夫は「ハワード得意のテンポよい冒険活劇調で展開される、神話大系の中ではやや毛色の変わった作品。<インディ・ジョーンズ>シリーズの先駆!?」と解説している[18]。また同書ではハワードの持ち味とクトゥルフ神話の相性の悪さを指摘し、本作はその典型と解説している。[3]
朱鷺田祐介は「コナンの作者らしい暴力と魔術に満ちた現代秘境冒険物語」と解説し、続けて「ラヴクラフトの『無名都市』からイマジネーションを受けたものであることがわかる」。と付け加えている[4]。
倉阪鬼一郎は、HPLと対比して「ハワードの“動”とラヴクラフトの“静”」と評し、例として古代都市を登場させたこの作品を挙げて「ラヴクラフトにとっては古代はあくまでも憧憬の対象だが、ハワードには主たる活躍の舞台だったのである」と表現している[2]。
WT1937年2月号に掲載された、ハワードが生前に最後に発表したクトゥルフ神話作品である。
語り手のキロワン教授とコンラッドは、過去作『夜の末裔』から引き続いての登場人物である[6]。
東雅夫は「典型的な<妖術師物語>の一編だが、マリク・タウス、コスなど、独自の神話アイテムが盛り込まれている」[6]と解説している。
HPLが創造した神話用語「コス」をハワードが導入している。固有名詞コスは、HPL設定では主にドリームランドの用語であるが、ハワードは地名として用いている。この固有名詞は、リン・カーターが神の名前(大地の神々の一柱)としているという、難解で複雑なことになっている[注 7]。またハワード神話らしく、「カトゥルス」への言及もある[注 8]。
老オカルティストのジョン・グリムランは、唯一の友であるジョン・コンラッドに遺言状を渡し、死ぬまで決して開封しないことや、死んだら正確に指示に従うことを約束させる。1930年3月10日、グリムランは発作に倒れ、コンラッドに遺言状を破り捨てるようわめきながら、苦痛に悶えて息を引き取る。コンラッドは遺言状を開封して、約束通りに指示に従うことにする。
遺言状には「書庫の黒檀のテーブルに遺体を置き、周囲に7本の蝋燭を灯し、別途記す呪文を唱える」よう指示があり、墓は不要とされていた。またグリムランの財産は、マリク・タウスという東洋人に全て譲ると取り決められていた。怖くなったコンラッドは友人のキロワンに助けを求める。キロワンは、マリク・タウスは人名どころか絵空事の悪神の名であると、困惑する。
コンラッドはキロワンを伴ってグリムランの屋敷に戻る。すると蝋燭に火が灯されており、グリムランの友人を名乗る東洋人がいた。コンラッドとキロワンは男の雰囲気に呑まれ、彼の事務的な指図にぼんやり従う。コンラッドが読み上げる呪文の紙には、グリムランが悪魔と契約して長命を得たことや、今夜が悪魔への支払いの期日だということなどが書かれていた。コンラッドの声は震え、読み進めるごとに蝋燭が1本ずつ消えていき、キロワンも恐怖に身動きができない。コンラッドが読み終わると同時に、最後の蝋燭の炎が消え、部屋は闇に包まれる。奇怪な叫び声が上がり、悪臭がたれこめ、混乱したコンラッドが明かりをつけると、東洋人とグリムランの死体が消えていた。
2人が炎上する屋敷から脱出した際、巨大な生物がグリムランの死体を掴んで空を飛んでいた。
没後の1970年に発表された。
ハワードは1936年に死去したが、後にグレン・ロードがコレクターを経て正式な遺産著作物管理者となり、残されていた多数の原稿・断片・完成稿などが発見される。これらの遺稿は、1960年代後半に起こったハワードのリバイバルブームに拍車をかけた。本作もそれら未発表であった作品の1つであり、1970年にセミプロジン『ウィアード・ブック』3号に発表された。
那智史郎は単行本解題にて「ラヴクラフトの小説に出てくる無力な主人公とはちがってヒーローが怪物を切り刻んでしまう」と解説している。[19]
東雅夫は「『ダニッチの怪』風の異次元怪物養育譚だが、主人公が先祖伝来の破邪の剣をひっさげて妖術師の屋敷に乗りこみ、蹄をもつグロテスクな怪物をめった切りにするあたりが、いかにもハワードらしい」と解説している。また同書ではハワードの持ち味とクトゥルフ神話の相性の悪さを指摘し、そのうえで本作は(神話から)「無理やりハワード世界に移行する」と言い「たしかに痛快だが、相手方の魔物が迫力不足になってしまう嫌いがある。ままならないものである」と解説している。[3]
近所で猫が消える事件が多発し、マージョリーの愛猫ボゾも姿を消す。彼女の婚約者マイケルは近隣に話を聞くうちに、半年ほど前に引っ越してきたジョン・スタークという学者と知り合う。マイケルはスタークの屋敷で奇妙な物音を聞き、尋ねられたスタークはペットが成長しているのだと回答する。マイケルはマージョリーに犬を与え、彼女は飼い猫と同じボゾという名前を付ける。時が過ぎるにつれ、犬や幼児、さらには浮浪者まで姿を消す。街は恐怖に震え、市当局は市民に警告を発し、警備を強化する。
マイケルがスタークに対して抱いていた疑念は、足を悪くしているはずの彼が松葉杖をついていなかったことに気づいたことを契機にさらに深まる。夜、ボロボロに傷ついたボゾが、マイケルの元にやって来る。ボゾはスターク邸へとマイケルを導く。マイケルは、スタークが電話でマージョリーをおびき出したのだと理解し、完全に敵とみなす。マイケルは家宝の大剣を構えて屋敷に突入し、縛られているマージョリーを発見する。屋敷じゅうに奇怪な蹄の足音が響き渡る中、マージョリーは、スタークが何かに餌を与えて育てているらしいことを証言する。マイケルはマージョリーとボゾを逃がし、単身で屋敷の奥へと切り込む。巨大化した怪物は、既にスタークを食い殺していた。マイケルは怪物と対峙し、負傷しつつも、怪物を切り刻んで殺す。しかし倒された怪物の死体は、不可解な化学反応を起こしながら、発光する流動体となり、少しずつ広がろうとする。マイケルは屋敷に火をつけて全てを燃やし、マージョリーとボゾを連れて生還を果たす。
『ファンタジー・マガジン』1935年9月3周年記念号に掲載されたリレー共作。5人の作家が書いており、内訳はC・L・ムーア、エイブラハム・メリット、HPL、ハワード、フランク・ベルナップ・ロングで構成され、ハワードは4章を担当した。
オーガスト・ダーレスが補作したもの。1971年に発表された。
ジャスティン・ジョフリを掘り下げている。またキロワンとコンラッドと同名の人物が登場する。ただし本作のキロワンはフルネーム不明で、またコンラッドは「ジェームズ・コンラッド」という名前になっている。
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