アダム・マリシュ

ポーランドのスキージャンプ選手 (1977 - ) ウィキペディアから

アダム・マリシュ

アダム・マウィシュポーランド語: Adam Henryk Małysz1977年12月3日 - )は、ポーランド南部ヴィスワ出身の元スキージャンプ選手。1990年代中盤から国際試合で活躍し2010-2011シーズン限りで現役を引退した[1]。ファミリーネームは日本では英文で代替した「Malysz」表記に準じて「マリシュ」と表記されることが多い。

概要 アダム・マウィシュ, 基本情報 ...
アダム・マウィシュ
基本情報
フルネーム Adam Małysz
愛称 Batman, Flying Moustache
誕生日 (1977-12-03) 1977年12月3日(47歳)
出身地  ポーランド
ヴィスワ
身長 170cm
選手情報
クラブ KS Wisła Ustronianka
使用メーカー Fischer
最高記録 230.5 m (2011.2.13 ヴィケルスン)
ワールドカップ
シーズン 1995年–2011年
優勝回数 39回
他の表彰台 53回
表彰台獲得数 92回
獲得メダル
男子 ノルディックスキー
オリンピック
2002 ソルトレイクシティラージヒル個人
2002 ソルトレイクシティノーマルヒル個人
2010 バンクーバーノーマルヒル個人
2010 バンクーバーラージヒル個人
ノルディックスキー世界選手権
2001 ラハティノーマルヒル個人
2003 ヴァル・ディ・フィエンメノーマルヒル個人
2003 ヴァル・ディ・フィエンメラージヒル個人
2007 札幌ノーマルヒル個人
2001 ラハティラージヒル個人
2011 オスロノーマルヒル個人
スキージャンプ・ワールドカップ
2000-2001総合
2001-2002総合
2002-2003総合
2006-2007総合
2010-2011総合
最終更新日:2011年3月27日
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身長170cmと小柄な体ながら、ダイナミックなジャンプで2000年代前半にスキージャンプ・ワールドカップで連勝を重ねた“ポーランドの英雄”。

経歴

要約
視点

マリシュはノルディック複合選手として競技を始めた。15歳のときにタイル職人の教育を受け、またスキージャンプでは国際大会にデビューした。

1994年12月9日スキージャンプ・ワールドカップデビュー。 1996年3月18日ホルメンコーレン大会スキージャンプ・ワールドカップ初優勝しこのシーズン総合7位、翌1996-1997シーズンに日本で2勝するなるなど順調に成長を見せていたが1997-1998シーズンから成績は低迷した。

1998年長野オリンピックではノーマルヒル51位、ラージヒル52位だった。

長野オリンピック後、スキー板の長さの規定が変更され身長の低い選手は軒並み不振に陥ったが、2000年に大学教授、コーチ、トレーナー、メンタルドクターからなる「チーム・マリシュ」を結成。筋力トレーニングによって肉体改造を行い、力強い踏み切りを身に付け好成績を残して170cmの身長でも活躍できることを示した。
オーストリア人マネージャーのエディ・フェーデラー(de:Edi Federer)(元スキージャンプ選手でアンドレアス・ゴルトベルガートーマス・モルゲンシュテルンのマネージャーも務める)やApoloniusz Tajnerコーチによるサポートをうけた。2006-2007シーズンからマリシュはフィンランド人ハンヌ・レピスト(de:Hannu Lepistö)ヘッドコーチから指導を受けた。しかし、レピストは2007-2008シーズン終了後解雇され後任にルカシュ・クルチェクがヘッドコーチとなった。現在pl:Jan Szturcとレピストがマリシュの個人コーチとなっている。

2000-2001シーズン、ワールドカップ21戦で11勝をあげて初の総合優勝。シーズンの過半数の試合で勝利を挙げているのは、他に2015-2016シーズンに29戦中15勝で優勝したペテル・プレヴツしかいない。フィンランドラハティで開催された世界選手権でラージヒル銀・ノーマルヒル金メダルを獲得、ホルメンコーレン・メダルを受賞するなど大活躍を見せた。以後2002-2003シーズンまで史上初のワールドカップ総合3連覇を達成、 2002年ソルトレイクシティオリンピックでは、ノーマルヒルで銅メダル、ラージヒルで銀メダルを獲得し団体でも6位入賞、2003年ノルディックスキー世界選手権では個人2冠に輝いた。

2006年トリノオリンピックでは、ノーマルヒル7位、ラージヒル14位に終わったが、翌2007年ノルディックスキー世界選手権(札幌)ではノーマルヒルで他を圧倒する大ジャンプを2本そろえて圧勝した。

さらに大会後のワールドカップではノルディックトーナメントで3連勝、3月23日からのプラニツァでのフライングヒル3連戦も全勝、個人戦7試合中6勝と圧倒的な強さを見せつけてマッチ・ニッカネンに並ぶタイ記録の4度目の個人総合優勝に輝いた。

2010年バンクーバーオリンピックでは、ノーマルヒルとラージヒルで銀メダルを獲得した。ワールドカップ総合5位。 2010年の夏のシーズンはサマーグランプリで3勝して総合3位、冬に入り 2010-2011シーズンは1月21日に地元ザコパネで4シーズンぶりのワールドカップ通算39勝目をあげた。これは岡部孝信に次いで史上2番目の年長優勝であった[2]

2011年ノルディックスキー世界選手権オスロ)ではノーマルヒル個人で銅メダルを獲得。このシーズン限りでの引退を表明[3] して臨んだ最終戦(プラニツァ)では強風のため1本のみで終了したものの3位に入賞、このポイントによりワールカップ総合でも3位となってそのキャリアを終えた[4]

2011年3月26日、ザコパネでマリシュの引退記念イベントが開催された[5]

ワールドカップでは通算39勝(グレゴア・シュリーレンツァウアーマッチ・ニッカネンに次いで歴代3位)(2位27回3位26回)。スキーフライングでは2011年にヴィケルスンで230.5mを記録しこれは2013年に更新されるまでポーランド記録でもあった。

高校時代の恋人イザベラと結婚し、娘が一人いる。

主な優勝歴

さらに見る 日付, 開催地 ...
日付 開催地 開催国
ノルディックスキー世界選手権
1.2001年2月23日2001 ラハティノーマルヒルフィンランド
2.2003年2月22日2003 オーベルストドルフラージヒルドイツ
3.2003年2月28日2003 オーベルストドルフノーマルヒルドイツ
4.2007年3月03日2007 札幌ノーマルヒル日本
スキージャンプ・ワールドカップ
1.1996年3月18日オスロノルウェー
2.1997年1月18日札幌日本
3.1997年1月26日白馬日本
4.2001年1月4日インスブルックオーストリア
5.2001年1月6日ビショフスホーフェンオーストリア
6.2001年1月13日ハラコフチェコ
7.2001年1月14日ハラコフチェコ
8.2001年1月27日パークシティアメリカ合衆国
9.2001年1月27日札幌日本
10.2001年1月28日札幌日本
11.2001年2月4日ヴィリンゲンドイツ
12.2001年3月7日ファルンスウェーデン
13.2001年3月9日トロンハイムノルウェー
14.2001年3月11日オスロノルウェー
15.2001年11月28日クオピオフィンランド
16.2001年12月2日ティティーゼ=ノイシュタットドイツ
17.2001年12月9日フィラッハオーストリア
18.2001年12月16日エンゲルベルクスイス
19.2001年12月21日ヴァル・ディ・フィエンメイタリア
20.2001年12月22日ヴァル・ディ・フィエンメイタリア
21.2002年1月20日ザコパネポーランド
22.2003年3月11日オスロノルウェー
23.2003年3月14日ラハティフィンランド
24.2003年3月15日ラハティフィンランド
25.2004年12月13日ハラコフチェコ
26.2005年1月16日バート・ミッテルンドルフオーストリア
27.2005年1月29日ザコパネポーランド
28.2005年1月30日ザコパネポーランド
29.2006年3月12日オスロノルウェー
30.2007年1月27日オーベルストドルフドイツ
31.2007年2月3日ティティーゼ=ノイシュタットドイツ
32.2007年2月4日ティティーゼ=ノイシュタットドイツ
33.2007年3月11日ラハティフィンランド
34.2007年3月13日クオピオフィンランド
35.2007年3月17日オスロノルウェー
36.2007年3月23日プラニツァスロベニア
37.2007年3月24日プラニツァスロベニア
38.2007年3月25日プラニツァスロベニア
39.2011年1月21日ザコパネポーランド
スキージャンプ・サマーグランプリ
1.2001年8月11日ヒンターツァルテンドイツ
2.2004年7月31日ヒンターツァルテンドイツ
3.2004年8月7日クーシュベルフランス
4.2004年9月4日ザコパネポーランド
5.2004年9月8日ヴァル・ディ・フィエンメイタリア
6.2006年8月8日ヴァル・ディ・フィエンメイタリア
7.2006年8月26日ザコパネポーランド
8.2006年9月30日クリンゲンタールドイツ
9.2006年10月3日オーベルホフドイツ
10.2007年8月25日ザコパネポーランド
11.2011年8月8日ヒンターツァルテンドイツ
12.2011年8月20日ザコパネポーランド
13.2011年10月1日リベレツチェコ
ポーランド選手権
1.1994年ノーマルヒル
2.1995年ラージヒル
3.1996年ラージヒル
4.1997年ラージヒル
5.1999年ノーマルヒル
6.2000年ノーマルヒル
7.2000年ラージヒル
8.2002年ノーマルヒル
9.2002年ラージヒル
10.2003年ノーマルヒル
11.2003年ラージヒル
12.2004年ノーマルヒル
13.2004年ラージヒル
14.2005年ノーマルヒル
15.2005年ラージヒル
16.2006年ノーマルヒル
17.2007年ノーマルヒル
18.2008年ノーマルヒル
19.2008年ラージヒル
20.2009年ノーマルヒル
21.2010年ラージヒル
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脚注

関連項目

外部リンク

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