1995年のワールドシリーズ
メジャーリーグベースボールの第91回優勝決定シリーズ / ウィキペディア フリーな encyclopedia
1995年の野球において、メジャーリーグベースボール(MLB)優勝決定戦の第91回ワールドシリーズ(英語: 91st World Series)は、10月21日から28日にかけて計6試合が開催された。その結果、アトランタ・ブレーブス(ナショナルリーグ)がクリーブランド・インディアンス(アメリカンリーグ)を4勝2敗で下し、38年ぶり3回目の優勝を果たした。
1995年のワールドシリーズ | |||||||
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シリーズ情報 | |||||||
試合日程 | 10月21日–28日 | ||||||
観客動員 | 6試合合計:28万6385人 1試合平均:04万7731人 | ||||||
MVP | トム・グラビン(ATL) | ||||||
ALCS | CLE 4–2 SEA | ||||||
NLCS | ATL 4–0 CIN | ||||||
殿堂表彰者 | ジョン・シャーホルツ(ATL GM) ボビー・コックス(ATL監督) トム・グラビン(ATL投手) チッパー・ジョーンズ(ATL内野手) グレッグ・マダックス(ATL投手) フレッド・マグリフ(ATL内野手) ジョン・スモルツ(ATL投手) エディ・マレー(CLE内野手) ジム・トーミ(CLE内野手) | ||||||
チーム情報 | |||||||
アトランタ・ブレーブス(ATL) | |||||||
シリーズ出場 | 03年ぶり7回目 | ||||||
GM | ジョン・シャーホルツ | ||||||
監督 | ボビー・コックス | ||||||
シーズン成績 | 090勝54敗・勝率.625 NL東地区優勝 | ||||||
分配金 | 選手1人あたり20万6635.01ドル[1] | ||||||
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クリーブランド・インディアンス(CLE) | |||||||
シリーズ出場 | 41年ぶり4回目 | ||||||
GM | ジョン・ハート | ||||||
監督 | マイク・ハーグローヴ | ||||||
シーズン成績 | 100勝44敗・勝率.694 AL中地区優勝 | ||||||
分配金 | 選手1人あたり12万1945.90ドル[1] | ||||||
全米テレビ中継 | |||||||
放送局 | ABC(第1・4・5戦) NBC(第2・3・6戦) | ||||||
実況 | アル・マイケルズ(ABC) ボブ・コスタス(NBC) | ||||||
解説 | ジム・パーマー、ティム・マッカーバー(ABC) ジョー・モーガン、ボブ・ユッカー(NBC) | ||||||
平均視聴率 | 19.5%(前々年比2.2ポイント上昇)[2] | ||||||
ワールドシリーズ
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前年のシリーズが選手会のストライキによって中止されたため、シリーズの開催自体が2年ぶりだった。また、それぞれのリーグが東・西2地区制から東・中・西3地区制になり、ワイルドカードおよび地区シリーズが導入されて以来初のワールドシリーズでもある。
両チームの対戦は、1948年以来47年ぶり2回目。ブレーブスは、前回のインディアンスとの対戦時および1914年のシリーズ初優勝時はマサチューセッツ州ボストンを本拠地にしていた。その後ウィスコンシン州ミルウォーキーへ移転して1957年シリーズを制し、さらにジョージア州アトランタへ移転して今回の優勝を迎えた。3本拠地都市それぞれの時代でシリーズ優勝を達成したのはブレーブスが初めて[3]。また、アトランタを本拠地とするチームの優勝は、MLBに限らず北米4大プロスポーツリーグの他競技を含めても今回が初めてである[4]。シリーズMVPには、優勝を決めた第6戦で8回無失点と好投するなど、2試合14.0イニングで2勝0敗・防御率1.29という成績を残したブレーブスのトム・グラビンが選出された。
両チームはともに "インディアン・マスコット" を採用しており[注 1]、そのことで一部から人種差別的との非難を受けていた。今シリーズは、民族運動家ヴァーノン・ベルコートが北米4大プロスポーツリーグにおける差別的チーム名の "ビッグ4" と呼ぶうちの2チームの対戦である[注 2][5]。 民族運動家スーザン・ショーン・ハルジョはこの対戦を「悪夢が現実になった」と表現した[6]。今シリーズ開催に際し、球場周辺では抗議活動が行われた。当時ブレーブスの一員だったジョン・スモルツは「ブレーブスがシーズンに100敗するくらい弱かった頃は(抗議活動を)見たことがなかった」と指摘しつつも[注 3]、今シリーズで抗議活動を目の当たりにしたことが問題について考える契機となった、と振り返っている[7]。