霊山寺 (奈良市)
奈良市にある仏教寺院 ウィキペディアから
奈良市にある仏教寺院 ウィキペディアから
霊山寺(りょうせんじ)は、奈良県奈良市中町(もと添上郡中村、下狭川村中村、狭川村中村)にある霊山寺真言宗の大本山の寺院。山号は登美山(とみさん)または鼻高山(びこうさん)。本尊は薬師如来。開山(創立者)は行基と菩提僊那である。寺名の読みは「りょうせんじ」が正式であるが、「りょうぜんじ」「れいざんじ」と呼ばれることもあり、地元ではいずれの呼称でも通じる。
本堂(国宝) | |
所在地 | 奈良県奈良市中町3879 |
位置 | 北緯34度40分22.9秒 東経135度44分31.1秒 |
山号 |
登美山鼻高 登美山 鼻高山 |
宗旨 | 古義真言宗 |
宗派 | 霊山寺真言宗 ← 高野山真言宗 ← 法相宗 |
寺格 |
大本山 行基建立四十九院 修験道当山派の正大先達の一つ |
本尊 | 薬師三尊(重要文化財) |
創建年 | 天平8年(736年) |
開山 | 行基・菩提僊那 |
正式名 | 登美山鼻高靈山寺 |
別称 |
登美院 隆福院 |
札所等 |
西国薬師四十九霊場第2番 仏塔古寺十八尊第5番 役行者霊蹟札所 大和十三仏霊場第10番 大和北部八十八ヶ所霊場第31・32番 大和地蔵十福霊場第6番 神仏霊場巡拝の道第28番(奈良第15番) |
文化財 |
本堂(国宝) 三重塔、木造薬師如来及両脇侍像、木造十二神将立像ほか(重要文化財) |
法人番号 | 1150005000442 |
奈良市の西郊・富雄川沿いにあり、戦乱に巻き込まれずに古い面影を残す。ばら庭園があり、世界のバラの花を集めていることで有名である。
奈良市の西郊、富雄地区にあり、富雄川の支流湯屋川をはさんで南北両側の丘陵上に鎌倉時代建立の本堂(国宝)、三重塔(重要文化財)などの建物が建つ。これら古建築とともに、全面金箔貼りの黄金殿、バラ園、温泉、ゴルフ練習場、大霊園などの設備を有する異色の寺院である。
伝承によれば、小野妹子の子である小野富人は、壬申の乱(672年)に加担したかどで右大臣の地位を辞し、今の霊山寺境内にあたる登美山に閑居した。天武天皇12年(684年)に熊野本宮大社に参篭すると、そこに出現した薬師如来(熊野速玉大神の本地仏)を感得し、そのお告げに従って登美山に薬師三尊を祀り、病人を癒すために薬草を栽培し薬湯を設けた。こうして富人は登美仙人あるいは鼻高仙人(びこうせんにん)と称されたという。
神亀5年(728年)、聖武天皇の皇女・阿倍内親王(のちの孝謙天皇)は病に苦しんでいた。ある晩、天皇の夢枕に鼻高仙人が現われ、登美山の薬師如来の霊験を説いたので僧・行基を登美山につかわして祈願させたところ、皇女の病が平癒した。天平6年(734年)、聖武天皇は行基に命じて登美山に大堂を建立させた。
2年後の天平8年(736年)に来日したインド僧・菩提僊那(東大寺大仏の開眼供養の導師を務めた)は、登美山の地勢が故郷インドの霊鷲山(りょうじゅせん)に似ていることからこの大堂を霊山寺と名付け、聖武天皇からは「鼻高霊山寺」の額を賜ったという。
平安時代、霊山寺に空海がやってきたところ、空海は登美山に龍神を感得した。そして奥之院に龍神を大辯才天女尊として祀った。これ以来、法相宗の寺院であった霊山寺は法相宗と真言宗の2宗兼学の寺院となっている。
以上のように、寺伝では聖武天皇の勅願により行基が開いたとされているが、このことは正史には見えず、開創の時期や事情、中世以前の歴史についてはあまり明らかではない。しかし、現存する本堂、三重塔は鎌倉時代の本格的な建築であり、本尊薬師三尊像は平安時代後期にさかのぼるものなので、古くから栄えた寺院であったと思われる。兵火に遭わなかったため、建物、仏像などに古いものが残っている。
鎌倉時代には僧坊は21ケ寺を数えるほどであったが、近世には江戸幕府の朱印寺として一定の規模を維持していた。しかし、明治時代の廃仏毀釈以後は衰退してしまう。
宗派は中世には興福寺の末寺であり、のち高野山真言宗に属したが、1951年(昭和26年)に独立して霊山寺真言宗を称している。
昭和期以降は本尊薬師如来とともに、奥之院(主要伽藍の西方約1キロの山中にある)の辯才天が信仰の中心となっており、1935年(昭和10年)に奥之院の辯才天を勧請して大辯才天女尊を祀る大辯才天堂を建立したのをはじめとして、円照尼が「辯才天のお告げ」によって造ったとされる多くの堂や施設が山内に建てられている。
境内東側の正面入口には一般の仏教寺院と違い、門ではなく朱塗りの鳥居が立つ。これは信仰の中心となっている大辯才天堂への入口を示すものである。鳥居をくぐって道の右側(北側)にはばら庭園、天龍閣(食事宿泊施設)、大辯才天堂、黄金殿、白金殿などがあり、奥の石段上に国宝の本堂が建つ。道の左側(南側)には仙人亭(喫茶軽食)、薬師湯、ゴルフ練習場などがあり、その奥の石段上に三重塔が建つ。三重塔近くには南大門跡があり、当初は他の古代寺院同様、南側が正面入口であった可能性が高い。
境内の堂宇・施設
富雄駅(近鉄奈良線)より奈良交通バス8分霊山寺バス停下車すぐ
学園前駅(近鉄奈良線)より奈良交通バス10分千代ヶ丘二丁目バス停下車徒歩15分
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Every time you click a link to Wikipedia, Wiktionary or Wikiquote in your browser's search results, it will show the modern Wikiwand interface.
Wikiwand extension is a five stars, simple, with minimum permission required to keep your browsing private, safe and transparent.