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天塩弥生駅(てしおやよいえき)は、北海道(上川支庁)名寄市字弥生にかつて存在した、北海道旅客鉄道(JR北海道)深名線の駅(廃駅)である。事務管理コードは▲121415[2]。
旧駅名の「初茶志内」は、アイヌ語の「ハッチャウㇱナイ(hat-cha-us-nay)」(ヤマブドウを・摘む・いつもする・沢〔=いつもそこでヤマブドウをとる沢〕)に由来する[3][10]。
その後、当駅が所在した地名から「弥生」の名称を採用し、既に幌内線に弥生駅があったことから旧国名の「天塩」を冠した[3][4][10]。
廃止時点で、1面1線の島式ホーム(※片面使用)を有する地上駅であった。ホームは、線路の北側(名寄方面に向かって左手側)に存在した。分岐器を持たない棒線駅となっていた[11]。かつては1面2線の島式ホームを有する列車交換可能な交換駅であり、ここを始発・終着とする名寄駅からの区間列車も運転されていた。そのほか、駅舎側の線から駅舎側に分岐し駅舎東側の貨物ホームへの貨物側線を1線有していた[12]。使われなくなった駅舎側の1線は、交換設備運用廃止後は撤去された。貨物側線は1983年(昭和58年)4月時点では、分岐器が深川方、名寄方の両方向とも維持されていた形で残存していたが[12]、1993年(平成5年)までに撤去された[11]。ホーム前後の線路は分岐器の名残で湾曲していた[11]。
無人駅となっていたが、有人駅時代の駅舎が改築されて残っていた。駅舎は構内の北側に位置し、ホーム西側とを結ぶ通路で連絡した[11]。駅舎は無人化後縮小され、待合室部分のみの間口の狭い建物となっていた(1993年(平成5年)時点ではこの形状[11])。
名寄市内の山間に位置した[12]。
駅舎やホームは廃駅後しばらく放置された後、1998年(平成10年)に全て解体され、駅跡地は整地された。2000年(平成12年)時点では跡地が残るのみで[13]、2010年(平成22年)時点では民家の裏の荒廃した空き地となっていた[14]。2011年(平成23年)時点では駅附近の線路跡が確認でき、バラストが残存していた[15]。駅名標のレプリカが名寄市の「名寄市北国博物館」にキマロキ編成とともに保存されている[15]。
2015年(平成27年)、ある夫妻が天塩弥生駅跡地と周辺の土地を名寄市から購入し、2016年(平成28年)3月26日から「天塩弥生駅」の屋号で、昭和40年代までに建設された道内の駅舎をイメージした民宿を営業している[16][17][18]。
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