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日本のジャズ歌手 (1933-) ウィキペディアから
マーサ 三宅(マーサ みやけ、Martha Miyake、本名:三宅 光子(みやけ みつこ)[1][2]、1933年5月13日[3] - )は、日本の女性ジャズ・ボーカリスト。
当時の満洲国四平街(後の中国東北部吉林省四平市)に生まれる[4]。
日本音楽学校卒業[3][4]直後の1953年5月にプロデビューし[5]、米軍キャンプで歌い始めたが、本人は後にこれを「生活していくために苦しまぎれに歌手になった」と語っている[6]。
翌1954年にレイモンド・コンデとゲイ・セプテットの専属歌手となり、注目を集め[5]、2年ほど在籍[4]。
レコードデビューは、1955年にマーキュリー・レコードから出たSP盤であったが、1958年にはキングレコードから初のアルバム『東京キャナリーズ』がLP盤でリリースされた[4]。
1956年に、その当時はジャズ評論家がおもな仕事であった大橋巨泉と結婚した[7]。きっかけは、巨泉が虫垂炎になった際、家族に代わって病院に付き添ったことだったという[7]。この結婚で夫妻の間には2人の娘(後のジャズ歌手、大橋美加と豊田チカ)が生まれたが、巨泉の仕事の軸がテレビの放送作家の仕事に移るようになると、それに反対だった三宅との間にすれ違いが生じ、1964年には別居状態となり、1967年に離婚に至った[7]。
1972年、後進を指導する場としてマーサ三宅ヴォーカルハウスを開校し、以降、大橋純子、今陽子、芹洋子らを輩出した[4]。この活動は2018年まで続いた。
1988年には、第13回南里文雄賞を受賞したが、これは歌手としては第11回の笈田敏夫に次いで2人目、女性歌手では初めてのことであった[8]。1990年には、第6回日本ジャズヴォーカル賞大賞を受賞した[9][10]。
1994年には、1993年度の芸術祭賞を受賞したが、これも女性ジャズ歌手としては初めてのことであった[11]。2000年に紫綬褒章[1]、2006年に旭日小綬章を受章した[2][12]。
以下は、CDで流通している作品
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