覚如
鎌倉時代末期~南北朝時代の浄土真宗の僧。本願寺第三世。覚惠の長男。母は周防権守中原某の娘。『報恩講私記』『本願寺聖人伝絵』など撰述。勅撰集『新千載和歌集』に1首入集 / ウィキペディア フリーな encyclopedia
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この項目では、鎌倉時代の浄土真宗の僧について説明しています。鎌倉時代の真言律宗の僧については「覚如 (真言律宗)」をご覧ください。 |
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「覚恕」とは異なります。 |
覚如(かくにょ、覺如[1])は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての浄土真宗の僧。浄土真宗本願寺派第3世宗主・真宗大谷派第3代門首・真宗木辺派第3代法主。大谷本願寺住職。
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概要 覚如(覺如), 幼名 ...
覚如(覺如[1]) | |
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文永7年12月28日[2] - 観応2年[3] 1月19日 | |
幼名 | 光仙 |
法名 | 覚如 |
号 | 豪摂(ごうしょう) |
諱 | 宗昭 |
尊称 | 覚如上人 |
生地 | 京都 |
没地 | 京都本願寺(現・知恩院塔頭崇泰院) |
宗旨 | 浄土真宗 |
宗派 | 本願寺派(後の浄土真宗本願寺派、後の真宗大谷派)、後の真宗木辺派 |
寺院 | 大谷本願寺 |
師 | 如信、唯円 |
弟子 | 存覚、従覚、善如、乗専など |
著作 |
『報恩講私記』『本願寺聖人親鸞伝絵』 『執持鈔』『口伝鈔』『改邪鈔』など |
廟 | 浄土真宗本願寺派:大谷本廟・本願寺西山別院、真宗大谷派:大谷祖廟 |
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親鸞の末娘である覚信尼の子、覚恵の長男。母は周防権守中原某の娘[5]。親鸞の曾孫にあたる。長男は存覚、次男は従覚。孫は第4世善如。
「大谷廟堂」の寺院化(本願寺の成立)に尽力し、本願寺を中心とする教団の基礎となった。本願寺の実質的な開祖[6]。
『報恩講私記』、『本願寺聖人親鸞伝絵』(『御伝鈔』・『親鸞伝絵』)、『執持鈔』[7]、『口伝鈔』[8]、『改邪鈔』[9]など多数撰述し、法然の正統な後継者としての親鸞と浄土真宗内における本願寺教団の優位性を主張した。