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『肝盗村鬼譚』(きもとりむらきたん)は、朝松健による日本のホラー小説・クトゥルフ神話。1996年に角川ホラー文庫から刊行された。
母方の祖父から聞いた実話にヒントを得て、1972年、作者が高校生のときに仮題『肝盗村の怪』として書き始め、翌年に完成した『肝盗村鬼譚』短編67枚が原型である。この作品は1976年にラヴクラフティアン協会の会誌『Le Sombre Royaume』創刊号として発表された。後に全面改稿・増補加筆したものが『幻影城』第3回新人賞において、応募総数282編のうち30編に入っている。1995年末に病を患い、回復後の翌年7月から書き始め、12月に刊行された。[1]
東雅夫は「作家・朝松健の原点とも言うべき長編で、北海道の寒村を舞台に、オカルト・ジャパネスク世界と神話大系を過激に融合させた意欲作」と解説する[2]。
北海道寿渡似郡植白町(すとにぐん うえんするちょう)肝盗村。函館の東南35キロの場所に位置する漁村。古くはアイヌ語で「シンナイ・トイ」(変わる浜)と呼ばれていた。近隣住民からは胡乱な目で見られている。
肝盗村遺跡の回廊は、測量するたびに奥行きが短くなり、また函館大火が起こるといういわくがついている。
城南大学の宗教学教授である牧上文弥は、学生の朽木茜と爛れた関係にあった。夏のある日、故郷肝盗村から、父の蓮観住職が危篤と知らされる。死が迫る蓮観は病床で「9月9日の肝盗祭は催さねばならん」と言い、東京から文弥を呼ぶように言う。村長の説明によると、夜鷹山萬角寺の根本義真言宗とは、高野山真言宗の傘下にあらず、萬角寺が日本唯一の寺だというが、そのような教派は宗教学者の文弥ですら見たことも聞いたこともない。出発が近づいたある日、妻の道子は虚無僧を目撃し、異物感を覚える。また奇怪な電話がかかってきて、男の声が「肝盗村には戻るな」、女の声が「肝盗村に戻ってきて住職をお助けして」など双方矛盾した忠告をしてくる。
8月末の帰省の日。空港で文弥は「長身で黒衣の男」を目撃し、続いて周囲のあらゆる者が全裸で発情しているという幻覚を見る。続いて村の古井戸の幻覚が生じ、黒衣の男は「ヨスに抗い寺を潰せ」と言い、また茜の幻覚が「村に帰りましょう」と言い、男と茜は争う。幻覚が治まった後、文弥夫妻は飛行機で函館に飛び、函館からバスで肝盗村に入る。
村に戻った文弥は、寺の分派にあたる竹実心定、牧上寿美子と対面し、寿美子の茜と瓜二つの容姿に動揺する。寺の離れで昏睡状態にある父を見た文弥は錯乱し、父は偽物だと言い出したために、医師たちによって寝かされる。しかし蓮観は目を覚まし、文弥の振舞を見て「跡継ぎとしてのおしるしを得た」と喜び、祝いの席を設ける。参加者は文弥、道子、竹実、寿美子、村長、医師、谷村の7人。医師と谷村が去ると、村長は皆が根本義真言宗についてどれだけ知っているかを問う。そこに「泥酔した谷村が、宿に宿泊していた僧侶を猟銃で殴る」というトラブルを起こしたという連絡が入って来る。
谷村を迎えに、竹実が自転車で駐在所に行くことになる。その道中、竹実は「寿美子そっくりの顔を持つ怪物」に遭遇し、恐怖に混乱する。だが漁師と虚無僧の2人組に助けられる。彼らは邪教を監視していると言い、竹実は彼らの仲間になる。
文弥は眠りにつき、奇怪な夢を見る。翌9月1日、谷村、竹実、文弥、道子、寿美子は出かける。文弥は、仁科村長と谷村の様子が、父に奇妙なまでに似ていると思う。そして一行は、昨晩に谷村がトラブルを起こした老僧宮代天順と会う。
6人は夜鷹山山頂の井戸に向かう。天順と谷村が手動式エレベーターを操作して、他の4人が井戸底の遺跡へと降りる。壁には春画や文字が記されている。曰く、肝盗村の起源とは、関東の邪教の村が徳川家康にまるごと蝦夷流しにされたものであるという。蓮観の署名がなされており、これが与太ではなく真実なら大発見である。文弥、竹実、寿美子は根本義真言宗が立川流であったことを知り感動に包まれるが、道子は重要度が全く理解できない。
4人の前に化物が姿を現す。そいつは、寿美子の頭部の下に純白の紐状のものが垂れ、先端には橙色の海星そっくりの手がついており、「朽木茜と申します」と名乗って来る。そいつが道子の経血と文弥の精を欲しがっていることを理解した2人は戦慄し、顔を盗まれた寿美子は絶叫する。文弥は鉄棒で怪物を串刺しにして殺し、竹実は怪物の死体を焼く。4人は、村長と谷村が時おり蓮観師に憑依されていたのだと理解し、また文弥は回廊の向こう側には封印を破ってこちらに側に侵入しようとするやつらが蠢いていることを体感する。
連帯感を強めた4人が地上へと戻ると、谷村と天順の姿はない。時計はすでに午後8時を指している。歩いて寺まで戻る道中、9月8日の夜宮、9日の本祭、10日の闇送りの全てを混ぜて行われている光景を目撃し、もう今日の日付すらわからない。また流星が函館方面に降り注いでおり、函館では大火が起こっているようだ。4人は蓮観が妖術師であるとみなし、倒さなければならないと結論付ける。文弥が蓮観の居室に乗り込んだところ、天順が待ち受けていた。蓮観の意識は、天順を乗っ取ろうとし、両者は激しい争いの末、乗っ取りに失敗した蓮観は撤退するが、天順は命を落とす。
祭りに狂乱する村人たちの隙を突いて、紹隆ら虚無僧たちは村の家々に放火する。栄次郎の船は沖に避難したが、ストニたちに襲われ転覆する。星空からはアメーバ状の怪物「キモトリ」が飛来する。
蓮観は人の姿を失い、異形へと変貌しながらも、呪法を行おうとする。牧上碧は生贄に肝を抉られて死に、操られた谷村は銃を構える。文弥、道子、竹実、寿美子の4人は、全裸に剥かれて縛り付けられる。蓮観は回廊の封印を解放する呪法を完成させるべく「文弥は寿美子の肝を食らえ。道子は竹実の肝を食らえ。そして文弥と道子は交われ」と儀式を命じる。蓮観は「経血と精液が呪法の要であること」「儀式のために、道子の月経周期を計算に入れて状況を作ったこと」を解説する。だが道子は、自分が妊娠しており生理中ではないことを説明し、蓮観の目論見が破綻していることを明かす。また文弥は己の脳に流れ込んできた知識に従って、化物退去の呪文を唱える。詛蜈守との誓約が破られたとみなされ、キモトリは蓮観を喰い殺す。村は滅び、火災と化物どもの中に4人だけが残されるが、全員が戦って生き残ることを決意する。
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