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急性・多発性の根神経炎のひとつ ウィキペディアから
ギラン・バレー症候群(ギラン・バレーしょうこうぐん、英: Guillain-Barré syndrome、以下GBSと記する)は、急性・多発性の根神経炎の一つ。主に筋肉を動かす運動神経が障害され、四肢に力が入らなくなる病気のこと。重症の場合、呼吸不全を来し、一時的に気管切開や人工呼吸器を要する。日本では厚生労働省の治療研究(難治性疾患克服研究事業)の対象となっているが、医療給付(難病医療費助成制度)の対象ではない。
毎年10万人あたり1 - 2人の割合で発症する稀な病気であり、男女を問わず、また世界のどの地域でも同程度の罹患率である[1][2][3]。
前駆症状として、咽頭発赤、扁桃炎、急性結膜炎、急性胃腸炎、感冒症状(咽頭痛や微熱など)が見られる。これらの症状は通常は神経症状出現の1〜3週間ほど前に認められる。全例の約3分の2で先行感染が認められる。
症状の程度は様々だが、運動神経の障害が主で初発症状は下肢の筋力低下から起こることが多い。その後、下肢から体幹部に向かい左右対称性に筋力低下や麻痺が上行する。四肢麻痺は、遠位筋に強く現れる。呼吸筋の麻痺が発症すると人工呼吸器により呼吸管理が必要となることがある。運動神経の障害が主であるが、軽度の感覚神経障害も発症する。特に異常感覚や神経因性疼痛が多く支持療法が必要となることも多い。
そのほか、両側性の顔面神経麻痺や外眼筋障害などといった脳神経症状や、構音障害や嚥下障害などの球麻痺症状、自律神経障害を伴うことがある。自律神経障害は突然死の原因となり、麻痺による長期臥床は肺梗塞の原因となりいずれも致死的であり注意が必要である。約7割の患者が半年以内に日常生活をおくれるようになるが、重篤な場合は回復まで数年を要することもあり、回復しても手足の痺れなどの後遺症が残る場合があるという。
原因は不明だが、根本的なメカニズムとして、身体の免疫系が誤って末梢神経を攻撃し、ミエリンの絶縁体を損傷する自己免疫疾患が関与していると考えられている[1]。この免疫機能障害は、感染によって引き起こされることもあれば、あまり一般的ではないが手術によって引き起こされることもあり、ごくまれにワクチン接種によって引き起こされることもある[1][3]。診断は通常、別の原因を除外した上で徴候と症状に基づいて行われ、神経伝導検査や脳脊髄液の検査などによって裏付けられる[1]。
ギラン・バレー症候群の3分の2は、発症前に感染症を経験している[4]。最も一般的なのは、胃腸炎または呼吸器感染症であり、約30%の症例は、下痢を引き起こすカンピロバクター・ジェジュニ細菌によって誘発される[5]。さらに10%はサイトメガロウイルス(CMV、HHV-5)に起因するものである[5]。それにもかかわらず、カンピロバクターやCMVに感染してもギラン・バレー症候群を発症する人はごくわずかであり、それぞれ1000回につき0.25 - 0.65例、1000回につき0.6 - 2.2例と言われている[5]。細菌はその表面に異なるリポ多糖を持ち、感染した株によってギラン・バレー症候群を発症するリスクが異なる可能性がある[4]。日本では、2018年にカンピロバクターを原因とする食中毒患者で、ギラン・バレー症候群と診断された例がある[6]。十分に加熱されていない肉類を食するとカンピロバクター性のギラン・バレー症候群を発症する場合がある[7]。
他の感染症との関連はあまり定かではないが、2つのヘルペスウイルス(エプスタイン・バール・ウイルス(HHV-4)および水痘・帯状疱疹ウイルス(HHV-3))と、細菌のマイコプラズマが関連していると言われている[5]。 ギラン・バレー症候群はインフルエンザ後に発症することが知られており、インフルエンザワクチンの接種がリスク低減につながることが実証されている[8]。 熱帯性フラビウイルス感染症であるデング熱およびジカウイルスもギラン・バレー症候群の発症と関連している[9][10][11]。 E型肝炎ウイルスに感染したことのある人は、ギラン・バレー症候群を発症することが多いことが分かっている[4][12]。
季節性インフルエンザワクチンは「ギランバレー症候群」を誘発する可能性が指摘されているが、これは100万回に1例(1000回あたり0.001人)程度の非常に稀なものである[13][14]。インフルエンザの自然感染は、インフルエンザワクチン接種よりもギラン・バレー症候群の強い危険因子であり、ワクチン接種でインフルエンザに罹患するリスクを減らすことで、ギラン・バレー症候群のリスクを低下させることができる[15][16][17][18]。
1976年のH1N1豚インフルエンザの発生後に行われたインフルエンザワクチン接種では、ギラン・バレー症候群の発生率が増加し、100万回あたり8.8例(1000回あたり0.0088人)が合併症として発症した[19][20]。1976年のインフルエンザワクチン接種による発症リスクは異常値であり、その後のワクチン接種ではこのような著しい増加は起きていない[19][5]。
2021年3月24日、帯状疱疹ワクチン「Shingrix」の接種後に、100万回当たり3例のギラン・バレー症候群の増加が推定されたため、FDAは製造元のグラクソ・スミスクライン社にギラン・バレー症候群のリスクに関する警告を記載するように求めた[21]。研究者らは、ワクチンにより帯状疱疹のリスクを減らせるメリットは大きいが、医師と患者は接種前にギラン・バレー症候群のリスクについて認識しておく必要があると述べている[21][22]。
ギラン・バレー症候群は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関連して報告されており、COVID-19の神経学的合併症の可能性がある[23][24][25][26]。COVID-19は末梢神経障害を引き起こすと報告されており、最近ではギラン・バレー症候群を含む自己免疫疾患を悪化させるという証拠もある[27]。いくつかの研究では、パーキンソン病が感染者により一般的であることが分かってきている[28]。
2021年9月8日、欧州医薬品庁(EMA)はアストラゼネカ製ワクチンのごくまれな副反応にギラン・バレー症候群を追加したことを発表した[29][30][31]。同年7月31日までの全世界での接種数5億9200万回のうち、ギラン・バレー症候群の発症が833件(71万回に約1例)報告されていることから、因果関係に「少なくとも合理的な可能性」があると判断した[29]。EMAはこの副反応を頻度が最も低い「非常にまれ」なカテゴリーに分類し、ワクチン接種の効果は副反応のリスクを上回ると強調した[29]。米国食品医薬品局(FDA)もジョンソン・エンド・ジョンソン製ワクチンについてギラン・バレー症候群の発症リスクが増加する可能性があると警告した[32][33]。FDAは接種後にギラン・バレー症候群を発症する可能性は「非常に低い」とし、ワクチンにより得られる利益はリスクを上回るとの見解を示している[34][35]。
抗うつ薬のジメリジンは、非常に良好な安全性プロファイルを持っていたが、ギラン・バレー症候群のまれな症例報告の結果、市場から撤退した[36][37][38]。
1859年にフランス人医師のジャン・ランドリー(仏: Jean Baptiste Octave Landry)によって、上行性麻痺の一例という報告がなされた。その後、この症例はランドリー上行性麻痺の一例と呼ばれている。
1916年にフランス人医師のジョルジュ・ギラン(仏: Georges Guillain)とジャン・アレクサンドル・バレーが、急性で単相性の運動麻痺を呈した2症例を髄液の蛋白細胞解離と脱髄を示唆する電気生理所見とともに報告したことによりギラン・バレー症候群 (GBS) という名称が定着した。その後、欧米諸国では、急性炎症性脱髄性多発ニューロパチーacute inflammatory demyelinating polyneuropathy (AIDP) と同義語として用いられてきた。現在、ランドリー上行性麻痺の原因はAIDPであったと推定されている。
1970年代より中国で初夏に流行する急性麻痺性疾患が認められた。当初 Chinese paralytic syndrome と命名されたこの疾患は、末梢神経に脱髄やリンパ球浸潤を伴わず軸索変性が認められ1993年にacute motor axonal neuropathy(AMAN、急性運動軸索型ニューロパチー)として認識された。AIDP、AMAN共に先行感染を伴い、単相性の経過をとり、発症後1〜3週間で最大を迎え、その後自然軽快していく、また血漿交換など免疫学的な治療が有効なことからGBSという概念で包括し、軸索型GBSをAMAN、脱髄型GBSをAIDPととらえるようになった。
このような歴史的経過から、GBSの名称には以下の様々が混在している。
欧米ではGBSの90%がAIDPであるが中国では65%がAMANであり、日本ではAMANが38%、AIDPが36%とされている。
他の病型には、感覚障害を伴うAMSAN(acute motor-sensory axonal neuropathy、急性運動感覚性軸索型ニューロパチー)、フィッシャー症候群などが知られている。特にイタリアではGBSの35%がフィッシャー症候群と地域差が認められ、このフィッシャー症候群は、ギラン・バレー症候群の亜型と考えられている。ギラン・バレー症候群が全身型の疾患であるのに対して、同様の自己免疫が原因で末梢神経の障害が起こる疾患にフィッシャー症候群やビッカースタッフ型脳幹脳炎があり、外眼筋麻痺、失調、深部反射低下などが見られる。PCB(pharygeal-cervical-brashial weakness、咽頭頚部上腕型GBS)という亜型も知られており咽頭筋、呼吸筋、近位筋の筋力低が特徴とされている。
有髄神経の構造は、電気的な興奮を伝える軸索が中心にあり、軸索の周囲を絶縁体である髄鞘が覆っている。ギラン・バレー症候群は髄鞘が障害される脱髄型と、軸索そのものが障害される軸索障害型、両者が障害される混合型に分類できる。
従来は脱髄型が多く生命予後、機能予後ともに良好とされていた。しかし大規模調査の結果、日本では軸索障害型と混合型の割合が高く、長期的にも機能が完全には回復しない例も多いことが明らかとなってきた。軸索型、脱髄型の特徴を以下にまとめる。
特徴 | 脱髄型 | 軸索型 |
---|---|---|
先行感染 | 上気道炎 | 胃腸炎(カンピロバクター) |
脳神経障害 | 30 - 40% | まれ (< 20%) |
感覚障害 | あり | なし |
自律神経障害 | 交感神経亢進 | まれ |
腱反射 | 消失 | ときに亢進 |
進行期間 | 平均18日 | 平均10日 |
回復 | 週単位で回復 | 2つのパターン(急速型と遷延型) |
標的分子 | 不明 | ガングリオシドGM1、GD1a |
抗原 | 先行感染 | 臨床像 | 抗原分布 | 特記事項 |
---|---|---|---|---|
GM1 | C.jejuni | AMAN、純運動型GBS | ランビエ絞輪 | |
GM1b | C.jejuni | AMAN、純運動型GBS | ||
GM2 | CMV | 脳神経障害、感覚障害 | IgMに病的意義がある。感覚神経への関与が明らかになっている。 | |
GM3 | ||||
GD1a | C.jejuni | AMAN | 有髄神経軸索、ランビエ絞輪 | |
GD1b | 呼吸器感染症>消化器感染症 | 純感覚型GBS、失調 | 有髄神経傍絞輪部、後根神経節 | |
GD3 | ||||
GT1a | 咽頭頚部上腕型GBS | 嚥下機能に関与すると考えられている。 | ||
GT1b | ||||
GQ1b | 呼吸器感染症>消化器感染症 | 外眼筋麻痺 | Ⅲ、Ⅳ、Ⅵ脳神経傍絞輪部、後根神経節 | フィッシャー症候群、ビッカースタッフ型脳幹脳炎 |
GA1 | ||||
Gal-C | ||||
GalNAc-GD1a | C.jejuni | AMAN、純粋運動型GBS | 脊髄前根 |
診断基準にはいくつか知られている。
必要条件
診断を支持する所見
診断を疑わせる所見
診断を除外する条件、鑑別診断
必要条件
診断を支持する臨床所見
診断を支持する検査所見
診断を疑う所見
除外診断
Hoらの基準は電気生理学的な診断基準であり、AIDPとAMANの区別においては非常に有用である。2N以上とは2つ以上の神経においてであり、ULNは正常上限、LLNは正常下限、DMLは運動神経遠位潜時、MCVは運動神経伝導速度、dCMAPは遠位刺激のCMAP振幅、pCMAPは近位刺激のCMAP振幅、TDは時間的分散の増大である。四肢で施行した方が診断基準を満たす確率は高くなる。
AIDP: 下記のいずれかひとつを2N以上で満たす。
AMAN: 上記診断基準を満たさず、dCMAP < 80%LLN であること。
GBSの重症度の指標として、Hughesの運動機能尺度(functional grade)が使用されることが多い。
運動機能尺度 | 症状 |
---|---|
0 | 正常 |
1 | 軽微な神経症候を認める |
2 | 歩行器、またはそれに相当する支持なしで5mの歩行が可能 |
3 | 歩行器、または支持があれば5mの歩行が可能 |
4 | ベッド上あるいは車椅子に限定(支持があっても5mの歩行が不可能) |
5 | 補助換気を要する |
6 | 死亡 |
感染症の治療を行うことを基本とする。呼吸筋の障害が見られる患者に対しては人工呼吸器を使用する。これら支持療法のほかに
いずれの治療法が効果的かについての明らかな根拠はない。血漿交換が後遺症の軽減に有効であること、免疫グロブリン療法が血漿交換と同等の効果があるとされている。これらの大規模調査はAIDPが90%を占める欧米で施行されておりAMANが多い日本や中国では異なる可能性がある。AMANに対しては免疫グロブリン療法が血漿交換に勝るという意見もある。また血漿交換は特殊な設備が必要であり、2週間以内かつ早期治療という観点では免疫グロブリン療法の方に分があると考えられている。血漿交換に関しても単純血漿交換、二重濾過法、吸着法全てが同等とされているが大規模試験は行われていない。
かつて用いられたステロイド単独療法は行われなくなったが、免疫グロブリン療法とステロイドパルス療法の併用は長期予後には有意差は認められなかったが、回復期間の短縮がはかれる可能性が示唆されている。頻度としてAMANが多い日本では標準療法として免疫グロブリン療法とステロイドの併用を行うこともあり、その場合はソルメドロールなどのメチルプレドニゾロン500mg/5日で免疫グロブリン開始前に2時間かけて点滴静注で行われる場合が多い。併用療法をしない場合は重症感染症、管理不良の糖尿病、活動性胃潰瘍、重篤な骨粗鬆症、緑内障、HBVキャリアなどがある。
予後改善のため、長期にわたるリハビリテーションが必要となる。寝たきりによる褥瘡の予防、運動麻痺による関節拘縮の予防にも注意する。自律神経障害があればその管理も行う。
2018年には日本での多施設のランダム化比較試験によって、免疫グロブリン療法に加えて、エクリズマブを追加することで、4週で自立歩行までの回復が61%、偽薬では45%、24週での走行可能までが72%、偽薬では18%という結果が得られた[43]。
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