イモガイ (芋貝 )は、20世紀末頃まではイモガイ科 の貝類 の総称、21世紀 初頭ではイモガイ科のうちのイモガイ亜科 の貝類の総称、もしくはイモガイ上科 のうち“イモガイ型”の貝殻 をもつ貝類の総称。
別名ミナシガイ(身無貝)。
全てが海 産で、潮間帯 から深海 まで棲息する。捕食 性で、歯舌 が特化した神経毒 の毒腺 が付いた銛 で他の動物を刺して麻痺 させて餌とする。毒は種類によって異なるが、ヒト が刺されて死亡 する場合もある(後述)。
約500種を数えるが、分類は必ずしも確定したものではない。旧来は殻の外見が"イモガイ型"のものをまとめてイモガイ科を構成させていたが、この当時でも分類は幾分混乱しており、全てが単独のイモガイ属 Conus (属のタイプはナンヨウクロミナシ C. marmoreus )として扱われる場合や、Conus の下に多数の亜属が使用される場合、これらの亜属が属として使用される場合など、属 の扱いは研究者によってまちまちであった。
20世紀末には従来クダマキガイ科 に含められていた貝類の一部もイモガイ科に含まれるようになったため、従来のイモガイ類はその中のイモガイ亜科としてまとめられるようになった[1] 。しかし2009年には、イモガイ亜科を解体して複数の科と亜科とに分けるイモガイ上科の分類も提唱された[2] 。これを受け入れる場合、従来のイモガイ類は、イモガイ上科のうち単に"イモガイ型"の貝殻を持つものの総称となる。
アンボイナ(学名「コヌス・ゲオグラピュス」)とツボイモ(学名「コヌス・アウリクス」)は「最も有毒な貝」としてギネス世界記録 に掲載されている[3] 。
世界 の暖流 域に分布するが、熱帯 域のサンゴ礁 に特に種類が多い。日本 では、太平洋 側では主に房総半島 以南、日本海 側では主に能登半島 以南など、黒潮 や対馬暖流 などの暖流の影響の強い地域に見られる。本土では直接黒潮 に接する千葉県 や和歌山県 、高知県 などに多くの種が見られるが、南西諸島 を抱える沖縄県 や鹿児島県 は種類が格段に増え、特に沖縄県では約110種を数える[4] 。
殻は円錐 形で、ほとんどの種で螺塔が低く殻口が狭い。殻長は最大で23cm程度までになる。英語 の cone shell (円錐形の貝)も円錐形をした殻に由来する。和名 のイモガイは殻の形がサトイモ の芋に似るからといわれており、俗名 のミナシガイも狭い殻口から見え隠れするわずかな身に由来する。
全種が肉食 性で、食性 により魚 食性(小魚などの脊椎動物 )、虫 食性(ゴカイ など環形動物 )、貝食性(貝類 を主とした軟体動物 )に分けられる。なかにはタガヤサンミナシ C. textile のように巻貝 専門で、他のイモガイまで食べてしまう種もある。捕食法も魚食性の種は積極的に出歩いて獲物を狩る探索型と、待ち伏せて捕らえる待ち伏せ型とに大別される。
イモガイは動作が緩慢なので、魚のような俊敏な動きの獲物に対しては、歯舌を発達させた毒銛(矢舌とも呼ばれる)を撃ち、その体内に神経毒 を注入し麻痺 させて捕まえる。また身に危険を感じたときも、外敵 に対してこの毒銛を撃つ場合もある。特に魚食性や一部の貝食性のイモガイは、その毒性が人を殺すのに十分なまでに発達したものがいる。種数が多い虫食性のイモガイの毒は致死的ではないものの、扱いには十分な注意を要する。
天敵 は貝食性イモガイ(タガヤサンミナシガイ など)を除くと甲殻類 (強力な鋏脚を持つガザミ などワタリガニ科 や貝食性に特化したヤマトカラッパ などカラッパ科 をはじめとしたカニ 、イセエビ など)で、甲殻類に対して毒銛による攻撃は通じない。
イモガイは食用 に供されることはほとんどないが、刺されると死 に至る猛毒を有する危険生物であり、ヒョウモンダコ とともに磯遊びやダイビング [ 要曖昧さ回避 ] 時における要注意生物の筆頭に挙げられている。しかし、その一方で近年その毒が医療 分野で画期的な新薬として期待されている。またその殻が美麗であり、かつ希少とされる種も多いので、コレクション や装飾品 の対象とされる。
銛と毒液
イモガイの毒銛は、歯舌(舌と歯の働きをする軟体動物の器官)が発達したものである。毒銛の先端は鋭くとがっていて容易に抜けないように逆トゲまで備わっている。銛の内部は中空で、発射時には毒液で満たされる。根元は綱 に相当する伸縮性のある細い管につながっており、そのさらに根元には毒腺 がついている。
毒銛は、通常は鉾先を出した状態で、吻 と呼ばれる柔軟性のある管の先端内部に隠されている。獲物に気付くと、貝は吻をそちらへ向け、それと同時に銛の内部に毒液が充填され、筋収縮 を用いて獲物に向けて発射される。毒は瞬時に獲物の全身にまわり、小魚であれば即死 する。貝はそれを見計らって綱をたぐり寄せ、麻痺した獲物を軟体部で覆って消化 に取りかかる。毒銛は消化後、背骨 や鱗 といった獲物の消化できない部分とともに吐き出される。コノトキシン と呼ばれるイモガイの毒は神経毒 で、何百もの異なる成分からなる混合物である。その成分構成や成分比は種により様々に変化する。
危険な生き物
イモガイはその貝殻の色や模様が美しく、また美しいサンゴ礁 の周辺や砂浜 など人目につく場所にいることが多いのでよく素手で拾い上げられるが、その後皮膚 に密着させていたりすると外敵とみなされて毒銛で刺され、死に至るケースがある。イモガイ1個体に含まれる毒は、およそ30人分の致死量 に相当する。アンボイナ C. geographus は俗に英語で cigarette snail (葉巻 貝)と呼ばれているが、これは、タバコ を一服する間に死を迎えるという意味である。同種は沖縄県でもハブガイ、ハマナカーといった俗名があるが、前者はその毒性を毒蛇のハブ に喩えたもの、後者は刺されたら陸に辿り着く前に浜 の途中で死ぬ、といった意味を持つ。毒銛は、ときに軍手 やウエットスーツ さえ突き抜ける。琉球列島では1896-1996年の間に確認された被害例が30件あり、死亡例はそのうち8件、それらはすべてアンボイナによるものであった。加害例そのものではほかにニシキミナシ、タガヤサンミナシ、ヤキイモの例があった[5] 。
イモガイの刺した直後は全く痛みを感じず、自覚がないことがほとんどであるが、その後しばらくして患部に激痛 が生じ、続いて痺れ 、腫れ 、疼き 、めまい 、嘔吐 、発熱 といった症状が出る。ひどい場合は、視力 や血圧 の低下、全身麻痺 、さらには呼吸不全 により死に至る。イモガイの毒には抗毒血清 がないので、毒が被害者の体内で代謝 され抜けきるまで、なんとか生命 を持ちこたえさせることが唯一の救命 策である。アンボイナではその毒は神経性で、呼吸筋の麻痺によって死に至るが、心筋や中枢神経には被害が及ばないため、人工呼吸器で対応することで乗り切れるとのこと[5] 。
毒素の医療応用
ヤキイモ C. magus の毒には、モルヒネ の1,000倍強力な鎮痛作用を示す成分が含まれている。この成分に由来した初のイモガイ毒由来の鎮痛剤 ジコノタイド (Ziconotide ) は、2004年 12月にアメリカ合衆国 の連邦食品医薬品局 (FDA) により医薬品 として承認されており、その劇的な鎮痛効果から、将来的にはモルヒネ に取って代わることが期待されている。
イモガイの毒に含まれる他のペプチド にも、強力な医薬品になりうる可能性があるものがある。例えばオーストラリア 産のビクトリアジョオウイモ C. victoriae から分離された AVC1 は、手術後の神経痛 を抑えるのに非常に効果的であり、神経細胞の回復速度を速める効果すらあることが確認されている。
その他臨床試験中のものには、例えばアルツハイマー病 やパーキンソン病 、てんかん の治療において使える可能性のある成分がある。
コレクションの対象
イモガイの中にはその殻表面に精緻で複雑な模様を施すものがあり、大きさも手ごろなため、タカラガイ などとともに収集対象として人気のある貝類となっている。なかでもウミノサカエイモ C. gloriamaris は、近年になって多産地が発見されるまで、発見された標本数が10個に満たなかったので、200年ほどの間その希少性と法外な高値が収集家の間で非常に有名であった。
多少欠けた貝殻もプカシェル といった装身具 を作るのに利用される。また古代 の遺跡 から出土する貝殻でできた腕輪 には、大型のイモガイの殻を利用したものがある。
イモガイ関連の作品
いずれもイモガイの毒が題材として用いられている。
西太平洋 の暖流域にはイモガイとともに、イモガイと外見が良く似たマガキガイ も生息する。マガキガイはイモガイとは全く異なるソデボラ科 (スイショウガイ科)に属しており無毒なので、外見が似ているのはベイツ型擬態 ではないかと言われている。マガキガイはソデボラ科特有のギザギザのある爪のような蓋とギョロ目をもち、成貝の貝殻は殻口内唇が黒く口内が濃いオレンジ色になるので同じような場所にいるイモガイ類と区別できる。
アカシマミナシ Conus (Leptoconus) generalis (Linnaeus, 1767)
アケボノイモ C. (Puncticulis) stercusmuscarum (Linnaeus, 1758)
アコメガイ C. (Endemoconus) sieboldii (Reeve, 1848)
アサナギミナシ C. (Endemoconus) articulatus Sowerby, 1873
アジロイモ Conus (Darioconus) pennaceus (Born, 1778)
アラレイモ C. (Chelyconus) catus (Hwass in Bruguiére, 1792)
アンボイナ Geography Cone; Cigarette Snail, C. (Gastridium) geographus (Linnaeus, 1758) アンボイナ。雲状斑、褐色の色帯、薄い殻、比較的大きい殻口などが特徴
魚食性。刺されたら致死率50%を超える猛毒種。ただし国内の個体数はさほど多くない。
アンボンクロザメ C. (Lithoconus) litteratus (Linnaeus, 1758)
イタチイモ C. (Rhizoconus) mustelinus (Hwass in Bruguiére, 1792)
イトマキイモ C. (Hermes) terebra (Born, 1778)
イナズマアコメ C. (Endemoconus) ione (Fulton, 1938)
イボカバイモ C. (Virgiconus) distans (Hwass in Bruguiére, 1792)
イボシマイモ C. (Virgiconus) lividus (Hwass in Bruguiére, 1792)
ウスムラサキイモ C. (Virgiconus) floridulus (Adams & Reeve, 1848)
ウラシマイモ C. (Rhizoconus) urashimanus Kuroda & Ito, 1961
オカモトイモ C. (Rhizoconus) okamotoi Kuroda & Ito
オゴクダイモ C. (Virgiconus) moreleti (Crosse, 1858)
オトヒメイモ C. (Endemoconus) otohimeae Kuroda & Ito, 1961
オトメイモ C. (Virgiconus) virgo (Linnaeus, 1758)
オルビニイモ C. (Asprella) orbignyi (Audouin, 1831)
ガクフイモ C. (Virroconus) musicus (Hwass in Bruguiére, 1792)
カスミサヤガタイモ C. (Virroconus) berbadensis (Hwass in Bruguiére)
カバミナシ C. (Rhizoconus) vexillum Gmelin, 1789
カラクサイモ C. (Lithoconus) caracteristicus (G. Fischer, 1807)
キキョウイモ C. (Virgiconus) parvulus (Link, 1807)
キシュウイモ C. (Conasprella) praecellens (A. Adams, 1854)
キヌカツギイモ C. (Virgiconus) flavidus (Lamarck, 1810)
キノシタイモ C. (Floraconus) kinoshitai (Kuroda, 1956)
キンランイモ C. (Darioconus) legatus (Lamarck, 1810)
クサズリイモ C. (Asprella) kuroharai Habe, 1965
クリイロイモ C. (Phasmoconus) radiatus (Gmelin, 1791)
クロザメモドキ C. (Lithoconus) eburneus (Hwass in Bruguiére, 1792)
クロフモドキ C. (Lithoconus) leopardus (Röding, 1798)
クロミナシ C. bandanus Hwass in Bruguiére, 1792
コガネイモ C. (Darioconus) aureus (Hwass in Bruguiére, 1792)
コマダライモ C. (Virroconus) chaldaeus (Röding, 1798)
ゴマフイモ C. (Puncticulis) puliearius Hwass in Bruguiére, 1792
コモンイモ C. (Puncticulis) arenatus Hwass in Bruguiére, 1792
サオトメイモ C. (Virgiconus) coelinae (Crosse, 1858)
サザンカイモ C. (Rhizoconus) sazanka Shikama, 1970
サヤガタイモ C. (Virroconus) fulgetrum Sowerby I in Sowerby II, 1834
サラサミナシ C. (Rhizoconus) capitaneus (Linnaeus, 1758)
サラサミナシモドキ C. (Dauciconus) vitulinus (Hwass in Bruguiére, 1792)
ジュズカケサヤガタイモ C. (Virroconus) coronatus Gmelin, 1791
シロアンボイナ C. (Gastridium) tulipa (Linnaeus, 1758)
シロセイロンイモ C. (Virroconus) sponsalis (Sowerby)
シロマダライモ C. (Hermes) nussatella (Linnaeus, 1758)
スギモトイモ C. (Endemoconus) sugimotonis (Kuroda, 1928)
スジイモ C. (Cleobula) figulinus Linnaeus, 1758
ソウジョウイモ C. (Darioconus) episcopatus (Hwass in Bruguiére, 1792)
ダイミョウイモ C. (Cleobula) betulinus (Linnaeus, 1758)
タガヤサンミナシ Textile Cone , C. (Darioconus) textile (Linnaeus, 1758) タガヤサンミナシ。黒で縁取られた細かい三角斑が並ぶ
貝食性。アンボイナと並んで非常に強い毒をもち、沖縄県では本種の咬傷による死者が出ている。発射する歯舌歯はイモガイ類で最長で、毒針は12発まで連発が可能、口吻を獲物に触れずに体を離脱して発射できる[6] 。
チノイモ C. (Virgiconus) chinoi (Shikama)
チュウカイモ(カンダイモ) C. (Endemoconus) recluzianus (Bernardi, 1853)
ツボイモ C. (Darioconus) aulicus (Linnaeus, 1758)
ツヤイモ C. (Stephanoconus) boeticus Reeve, 1844
テラマチイモ C. (Endemoconus) teramachii (Kuroda, 1956)
ナガアジロイモ C. (Darioconus) magnificus (Reeve, 1843)
ナガイモ C. (Asprella) australis (Holten, 1802)
ナガサラサミナシ C. (Dauciconus) litoglyphus Hwass in Bruguiére, 1792
ナガシマイモ C. (Virgiconus) sugillatus (Reeve, 1844)
ナツメイモ C. (Textillia) bullatus (Linnaeus, 1758)
ナンヨウクロミナシ Conus marmoreus (Linnaeus, 1758)
ニシキミナシ C. (Dendroconus) striatus (Linnaeus, 1758)
ハイイロイモ C. (Phasmoconus) cinereus (Hwass in Bruguiére, 1792)
ハイイロミナシ C. (Rhizoconus) rattus (Hwass in Bruguiére, 1792)
ハナイモ C. (Darioconus) retifer Menke, 1829
ハナガサイモ C. (Stephanoconus) hamamotoi (Yoshida & Koyama)
ハナワイモ C. (Virroconus) sponsalis Hwass in Bruguiére, 1792
バラフイモ C. (Rhizoconus) pertusus (Hwass in Bruguiére, 1792)
ハルシャガイ C. (Lithoconus) tessulatus Born, 1778
ヒシイモ C. (Conasprella) cancellatus (Hwass, 1792)
ヒメタガヤサンミナシ C. (Darioconus) canonicus (Hwass in Bruguiére, 1792)
ヒラマキイモ C. (Dauciconus) planorbis Born, 1778
ヒロクチイモ C. (Textillia) spectrum (Linnaeus, 1758)
フクラキヌカツギイモ C. frigidus (Reeve, 1848)
ベッコウイモ C. (Chelyconus) fulmen (Reeve, 1843)
キラベッコウイモ C. f. kirai Kuroda という亜種が存在する。
ベニイタダキイモ C. (Virgiconus) balteatus (Sowerby I in Sowerby II, 1833)
ベニイモ C. (Stephanoconus) pauperculus Sowerby
マダライモ C. (Virroconus) ebraeus (Linnaeus, 1758)
ミウライモ C. (Parviconus) tuberculosus (Tomlin)
ミカドミナシ C. (Rhombus) imperialis (Linnaeus, 1758)
ムラクモイモ C. (Stephanoconus) varius (Linnaeus, 1758)
別名サメハダイモ。薄い肌色地に褐色斑があり、表面には顆粒が並ぶ。
ムラサキアンボイナ C. (Gastridium) obscurus (Sowerby I in Sowerby II, 1833)
メノウイモ C. (Chelyconus) achatinus Gmelin, 1791
ヤキイモ Magician's Corn, C. (Pionoconus) magus (Linnaeus, 1758) ヤキイモ。この種類は色彩変異が多く、同種とは思えないものもいる
ヤセイモ C. (Virgiconus) emaciatus (Reeve, 1849)
ヤナギシボリイモ C. (Rhizoconus) miles (Linnaeus, 1758)
ユウナギミナシ C. (Rhizoconus) capitanellus (Fulton, 1938)
ユゲキイモ C. (Dauciconus) stratellus Link, 1807
ユメイモ C. (Asprella) comatosa (Pilsbry, 1904)
リュウオウイモ C. (Asprella) ichinoseana Kuroda, 1956
レンガマキイモ C. (Endemoconus) kimioi Habe, 1965
ロウソクガイ C. (Cleobula) quercinus (Lightfoot, 1786)
ワカヤマイモ C. (Conasprella) wakayamaensis Kuroda, 1956
Bouchet, P. & Rocroi, J.-P., 2005. "Classification and Nomenclator of Gastropod Families", Malacologia 47(1-2): 1–397. (p. 256) ISBN 3925919724
『ギネスブック’94』、騎虎書房 、1993年12月25日、73ページ
いろいろなイモガイの捕食行動の動画(YouTube より)