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オーストラリアのサッカー選手 ウィキペディアから
アーロン・フランク・ムーイ(Aaron Frank Mooy,1990年9月15日 - )は、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州シドニー出身の元同国代表サッカー選手。現役時代のポジションはMF。主にアンカーとしてプレーしていた[2]。
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オーストラリア代表でのモーイ(2018年) | ||||||
名前 | ||||||
本名 |
アーロン・フランク・モーイ Aaron Frank Mooy | |||||
ラテン文字 | Aaron Mooy | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 |
オーストラリア オランダ[1] | |||||
生年月日 | 1990年9月15日(34歳) | |||||
出身地 | シドニー | |||||
身長 | 175cm | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | MF(ANC)[2] | |||||
利き足 | 右足 | |||||
ユース | ||||||
2005-2006 | ニューサウスウェールズ州立スポーツ研究所 | |||||
2006-2009 | ボルトン・ワンダラーズ | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2009-2010 | ボルトン・ワンダラーズ | 0 | (0) | |||
2010-2012 | セント・ミレン | 21 | (1) | |||
2012-2014 | ウェスタン・シドニー・ワンダラーズ | 49 | (4) | |||
2014-2016 | メルボルン・シティ | 53 | (18) | |||
2016-2017 | マンチェスター・シティ | 0 | (0) | |||
2016-2017 | → ハダースフィールド・タウン (loan) | 45 | (4) | |||
2017-2020 | ハダースフィールド・タウン | 65 | (7) | |||
2019-2020 | → ブライトン (loan) | 17 | (2) | |||
2020 | ブライトン | 14 | (0) | |||
2020-2022 | 上海海港 | 23 | (6) | |||
2022-2023 | セルティック | 29 | (4) | |||
通算 | 317 | (46) | ||||
代表歴2 | ||||||
2009-2010 | オーストラリア U-20 | 10 | (4) | |||
2011-2012 | オーストラリア U-23 | 4 | (2) | |||
2012- 2022 | オーストラリア | 57 | (7) | |||
1. 国内リーグ戦に限る。2023年6月30日現在。 2. 2023年6月30日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
姓についてはモーイと表記される事もある[3]。
ユース時代をイングランドのボルトン・ワンダラーズFCの下部組織で過ごし、2010年10月、出場機会を求めスコットランドのセント・ミレンFCへ移籍。2シーズンプレーした後、地元シドニーに新たに設立されたAリーグクラブ、ウェスタン・シドニー・ワンダラーズFCに加入[4]。加入初年度は23試合に出場し1得点を記録。クラブは設立1年目ながらレギュラーシーズン優勝を飾った。
2014年5月、同じくAリーグのメルボルン・シティFCへ移籍。すぐさまレギュラーに定着すると、27試合に出場しチームトップの7ゴールと8アシストを記録[5]。翌シーズンにはその記録を更に上回る11ゴールとAリーグ記録となる21アシストをマーク[6]。オーストラリア監督のアンジェ・ポステコグルーより「Aリーグ史上最高にして最も刺激的な選手」と高い評価を受ける[7]など、リーグを代表する司令塔にまで上り詰めた。
2016年6月、マンチェスター・シティFCと3年契約を結んだことが発表され、その直後にフットボールリーグ・チャンピオンシップ(2部)のハダースフィールド・タウンFCへ期限付き移籍することが決定した[8]。
2017年6月30日、ハダースフィールド・タウンFCに800万ポンドの移籍金で完全移籍した[9]。
2019年8月8日、ブライトン&ホーヴ・アルビオンへ1年間の期限付き移籍が発表された[10]。
2020年1月24日、ブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンFCへ完全移籍し、3年半契約を締結した[11]。
2020年8月28日、上海上港集団足球倶楽部への移籍が発表された[12]。
2022年7月19日、2年契約でセルティックFCへの完全移籍が発表された[13]。セルティックで国内3冠を果たした2022-23シーズン終了後、まだ契約を1年残していたが、現役引退を公表した[14]。
2009年にU-20オーストラリア代表としてFIFAU-20ワールドカップに出場。同年にアイルランド代表との親善試合でフル代表初召集を受ける[15]。この試合では出番は訪れなかったものの、2012年12月に東アジアカップ予選に臨むオーストラリア代表に再び選出。初出場となったグアム戦では前半12分に直接フリーキックを決め、代表初得点を挙げた[16]。2014年のFIFAワールドカップは選外となったが、2015年以降は代表に招集される機会も増え、2018 FIFAワールドカップ予選のメンバーにも名を連ねる[17]。2018年のFIFAワールドカップではグループステージ3戦に守備的MFとしてスタメンで起用された。
2018年12月8日のアーセナルFC戦で膝の靭帯を痛めたことで、アジアカップ2019は欠場した[18]。
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