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1991年のロードレース世界選手権は、FIMロードレース世界選手権の第43回大会である。
1991年の FIMロードレース世界選手権 |
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前年: | 1990 | 翌年: | 1992 |
この年はポイント制度が変更になり、全15レースのうち最も成績の悪い2レースをカウントしないという有効ポイント制とされたがこの一年のみの方式となった。その他ユーゴスラビアGPが内戦のために中止になり、代わりにハラマでヨーロッパGPが開催された。またブラジルGPは、直前になってコースの安全上の問題を理由にル・マンでのレースに変更になった。初開催となるマレーシアGPがシャー・アラムで開催された。
この年の500ccクラスは前年度王者のウェイン・レイニーを筆頭に、ケビン・シュワンツ、ミック・ドゥーハン、ジョン・コシンスキー、ワイン・ガードナー、エディ・ローソンの6人によって毎レーストップ争いが行われ、他のライダーは表彰台獲得すら困難な状況となった。
しかしシーズンを通し終始タイトル争いの主導権を握ったのはレイニーであり、1年を通して安定した強さを見せ最終戦を待たずにタイトル連覇を決めた。シュワンツは開幕戦鈴鹿や第6戦ホッケンハイムなど、いくつかのレースで劇的な勝利を挙げたもののまたしてもレイニーに一歩及ばなかった。一方でより存在感を見せたのがドゥーハンで、前年度の怪我の影響を拭いきれないガードナーに代わって完全なホンダのエース格となり、最終的にはシュワンツを上回るランキング2位となった。前年度250ccチャンピオンのコシンスキーも最終戦で1勝を挙げランキング4位と健闘、ガードナーは85年以来のシーズン未勝利に終わり不完全燃焼の1年となった。カジバに移籍したローソンはマシンの熟成を劇的に推し進め、最終的には日本のメーカーに対し遜色のないレベルにまでカジバの戦闘力を引き上げた。
1991年シーズン、ミシュランはロスマンズ・ホンダチームにのみタイヤを供給すると決定し、他チームはダンロップタイヤを使用することになった。[1]
250ccでは、ホンダに移籍したルカ・カダローラが8勝を挙げてタイトルを獲得し、86年の125ccクラス以来となる5年ぶりの戴冠となった。
125ccでは開幕戦鈴鹿で上田昇が優勝、この勝利をきっかけに急遽フル参戦を果たすこととなり、スペインGPでも勝利を挙げランキング5位に食い込んだ。坂田和人、若井伸之もフル参戦を果たし、90年代に一大勢力となる日本人ライダーの先鞭をつけることとなった。しかしタイトル争いをリードしたのは前年度チャンピオンのロリス・カピロッシであり、5勝を挙げ2年連続のチャンピオンに輝いた。
ラウンド | GP | サーキット | 125ccクラス優勝 | 250ccクラス優勝 | 500ccクラス優勝 |
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1 | 日本 | 鈴鹿 | 上田昇 | ルカ・カダローラ | ケビン・シュワンツ |
2 | オーストラリア | イースタン・クリーク | ロリス・カピロッシ | ルカ・カダローラ | ウェイン・レイニー |
3 | アメリカ | ラグナ・セカ | no race | ルカ・カダローラ | ウェイン・レイニー |
4 | スペイン | ヘレス | 上田昇 | ヘルムート・ブラドル | マイケル・ドゥーハン |
5 | イタリア | ミサノ | ファウスト・グレシーニ | ルカ・カダローラ | マイケル・ドゥーハン |
6 | ドイツ | ホッケンハイム | ラルフ・ウォルドマン | ヘルムート・ブラドル | ケビン・シュワンツ |
7 | オーストリア | ザルツブルクリンク | ファウスト・グレシーニ | ヘルムート・ブラドル | マイケル・ドゥーハン |
8 | ヨーロッパ | ハラマ | ロリス・カピロッシ | ルカ・カダローラ | ウェイン・レイニー |
9 | オランダ(ダッチTT) | アッセン | ラルフ・ウォルドマン | ピエール・フランチェスコ・キリ | ケビン・シュワンツ |
10 | フランス | ポール・リカール | ロリス・カピロッシ | ロリス・レジアーニ | ウェイン・レイニー |
11 | イギリス | ドニントン | ロリス・カピロッシ | ルカ・カダローラ | ケビン・シュワンツ |
12 | サンマリノ | ムジェロ | ペーター・エッテル | ルカ・カダローラ | ウェイン・レイニー |
13 | チェコスロバキア | ブルノ | アレッサンドロ・グラミーニ | ヘルムート・ブラドル | ウェイン・レイニー |
14 | ル・マン | ル・マン | no race | ヘルムート・ブラドル | ケビン・シュワンツ |
15 | マレーシア | シャー・アラム | ロリス・カピロッシ | ルカ・カダローラ | ジョン・コシンスキー |
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太字:ポールポジション |
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太字:ポールポジション |
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太字:ポールポジション |
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# パパは18番も使用
# ルドルフは35番と39番も使用
# バルドは37番、38番、39番も使用
# バルビは36番も使用
# ドップラーは35番、36番、37番、38番も使用
# スキャトーラは37番も使用
# ベッカーは36番、38番、40番も使用
# バックマスターは37番、39番も使用
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# カラッキは52番、41番も使用
# コレオーニは45番、49番、46番も使用
# スッターは53番、55番、47番も使用
# フォーレイは54番、37番も使用
# ヒスロップは57番も使用
# プロターは48番、36番、69番も使用
# ミッチェルは39番、46番、37番も使用
# リッチは49番、47番、42番も使用
# マリアーノは43番、42番も使用
# カスナーは41番、54番、45番も使用
# カタラーノは41番、48番、50番、57番、59番も使用
# ユッカーは46番、48番、44番、40番も使用
# ニュートンは53番、40番、50番、38番も使用
# 小園は40番、52番も使用
# ビアッジは58番、46番も使用
# コルピアホは50番、38番、42番、54番、37番も使用
# トロンテギは56番も使用
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# アルバロは62番も使用
# クラフィスは57番も使用
# マコナッキは45番、62番も使用
# ウィックストロムは51番、40番も使用
# トロンテギは40番も使用
# ペトルチアーニは48番、76番も使用
# サンチェスは61番、75番も使用
# ジロは60番、76番も使用
# 若井は52番、61番、36番、39番も使用
# ファン・ドンゲンは52番、71番も使用
# 上田は60番、36番、30番、37番も使用
# 和田は73番、60番、33番、43番も使用
# フォティは38番も使用
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