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日本の女優 (1918-1995) ウィキペディアから
高杉 早苗(たかすぎ さなえ、1918年10月8日[2] - 1995年11月26日)は、日本の女優。本名は喜熨斗 弘子[1](きのし ひろこ)。旧名は清水ヒロ。
夫・三代目市川段四郎との間に、長男・二代目市川猿翁(旧名:三代目市川猿之助)、次男・四代目市川段四郎、長女・市川靖子の三子。香川照之、四代目市川猿之助は孫、五代目市川團子は曾孫にあたる。長女の元夫は俳優の川合伸旺[3]。
浅草生まれ。立正高等女学校(現・東京立正高等学校)在学中に父親が急死したことにより中退して働き始める[2]。新橋のダンスホールでダンサーをしていた昭和9年(1934年)、『オール読物』誌のミスコンテストで3位になり、その美貌を見込まれ松竹蒲田撮影所にスカウトされる[4]。同年『隣りの八重ちゃん』でデビュー[2]。
一躍人気女優となり、「家族会議」「朱と緑」など多数の映画に出演。人気絶頂の1938年(昭和13年)に三代目市川段四郎と結婚して引退。二男一女をもうけた[4]。
1948年(昭和23年)に映画『夜の女たち』で女優復帰。梨園の妻として動く傍ら、脇役として多くの映画やドラマに出演した。
1995年(平成7年)11月26日、心筋梗塞のため77歳で死去。
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