金剛心院
京都府宮津市にある寺院 ウィキペディアから
歴史
寺伝によれば、創建は平安時代前期にさかのぼる。勅願寺宝光壽院と号した。その後、元寇(弘安の役)より10年ほど経った永仁2年(1294年)鎌倉幕府執権北条氏の祈願寺であった鎌倉極楽寺の開山にして大阪四天王寺の貫主の忍性律師によって、奈良西大寺律宗、関東極楽寺末寺として復興された。現在は高野山真言宗に属する。
丹後・日ケ谷城主である松田頼盛(松田氏)の娘千手姫は、後に宇多天皇の側妃となった。天皇の出家に際して自身も出家し、後宇多天皇より金剛心院の院号と本尊愛染明王坐像を賜ったという。
境内
- 勅使門 - 天皇からの勅使を迎えるための門。通常は閉門されている。
- 鐘楼門
- 本堂
- 救世観音像
- 石造地蔵菩薩像
- 勅使門
- 鐘楼門
- 蔵
- 蔵
文化財

重要文化財
宮津市指定文化財
- 石造高石地蔵尊 - 嘉暦4年(1329年)6月24日造立。勅使を迎えるために高石寺の本尊として安置される。
基礎情報
- 所在地
- 交通アクセス
- 周辺
脚注
外部リンク
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