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運動エネルギー回生システム(うんどうエネルギーかいせいシステム、Kinetic Energy-Recovery System)は、ブレーキング時のエネルギーを回収・貯蔵し、加速時に再利用するシステムの総称。自動車レースのフォーミュラ1(F1)において2009年シーズンに導入され、2010年以降はスポーツカーレースでも搭載されるようになった。
F1では「KERS(カーズ[注釈 1])」の略称で呼ばれたが、2014年のレギュレーション変更により、運動エネルギーのみならず熱エネルギーの回生も行う新たなシステムへ発展[1]。名称はエネルギーの形態に触れないよう一般化され、単にエネルギー回生システム(Energy-Recovery System = ERS、アーズ[2]、イーアールエス[3])となった[4][5]。この項では便宜上、ERSについても扱う。
一般的なレーシングカーはコーナー手前でブレーキングする際、前進方向の運動エネルギーを熱エネルギー(ブレーキディスク・パッドの摩擦熱)に変換しこれを捨てることで車速を落としている。KERSではこのエネルギーを回収(回生)し、規定の範囲内でエネルギーを放出して、駆動輪の回転をアシストする[1]。量産車のハイブリッド技術をレースに応用したものであり、内燃機関(エンジン)の出力にエクストラパワーを追加することで、追い越し(オーバーテイク)の機会を増やし、レース展開を活性化する可能性が見込まれる。
同じハイブリッド技術といっても、量産車のものと求められる性能は異なる。量産車の場合は燃費向上やメンテナンスフリーといった点が重視されるが、レーシングカーの場合はラップタイムの短縮が第一である。そのため、「急減速・急加速に応答するレスポンス(パワー密度)」「軽量コンパクト」「設置位置の自由度(前後重量配分や低重心化)」「過酷な使用環境(熱や振動)における信頼性」といった要件を満たす必要がある。
エネルギーの保存・再利用は3つの方法がある。
これらの機器に、電子制御装置 (ECU) や、(電気式の場合は)電流を変換するインバーターを加えて全体のシステムが構成される。
F1におけるKERSは、レギュレーション上、2009年から2010年を除き2013年まで任意での搭載が許されていた。
KERSの作動は後輪に限定され、最大出力60 kW[5]、1周あたり発揮できるエネルギーは最大で400 kJ[5]と定められた。これを馬力・時間換算すると81.6馬力のパワーアシストを1周につき6.67秒間使える計算になる[8]。ラップタイムに換算すると、1周あたり0.3秒 – 0.5秒の短縮が可能になる[9]。
また『スタートラインを通過して、再度スタートラインに到達するまでを一周とする』という解釈のため、KERSが800 kJのエネルギーを貯蔵できれば13.33秒ほぼ連続でKERSを使用することが可能である[注釈 2]。特に富士スピードウェイのようなホームストレートが長いサーキットでは最高速に大きく影響を及ぼすと考えられた[10]。
エネルギーの放出は、ドライバーがステアリング上のKERSボタンを押している間に行われる[5]。市販車のようなブレーキ/エンジンとの協調制御は認められておらず、ステアリング上のダイヤルで回生力や出力の調節を行う[5]。
システム構成は自由であるが、使用する全チームがモーター+リチウムイオン電池の電気式を選択した。ウィリアムズはフライホイール開発企業を買収し、独自にバッテリーから電動フライホイールへの切り替えを目指していたが、最終的には見送った。フライホイール装置を燃料タンクの上に設置するつもりだったが[11]、2010年のレギュレーション変更でレース中の再給油が禁止され、燃料タンクが大型化したことでパッケージングが困難になったためである[12]。
主要コンポーネント類は運動性能への影響を抑えるため、車両中心部の低位置に配置されている[13][5]。MGUはエンジンの前方にあり、ギアを介してクランクシャフトに接続する[14]。バッテリーパックはモノコックの底部(燃料タンクの下)に納める方法[15]が主流[5]だが、マクラーレンはサイドポッド側面、レッドブルはギアボックスの側面に搭載した。
近年の原油価格の高騰や、地球温暖化問題に絡んで省エネルギー・エコロジーに関する世間の関心の高まりから、通常の自動車などと比べてもより多くの化石燃料を消費する[注釈 3]モータースポーツに対する風当たりが強まることを恐れた国際自動車連盟(FIA)が、環境保護アピールの一策として導入を発表した。また、2007年シーズンから開発コストの低減を目的に、使用するエンジンにホモロゲーションが適用され、シーズン中のアップデートはおろかエンジン開発そのものがほぼ禁止となったことに対し、F1に参戦している自動車メーカーの不満が高まったため、新たな技術開発の可能性を提示することで、それらメーカーの不満を抑える目的もあるとされる。
F1関係者の間ではその安全性から2009年の導入開始に対し賛否両論であったが、予定通りKERSが使われることになった。ただし搭載および使用は義務ではなく、各チームやドライバーの自由意思により決定できた[5]。一時期は2010年から全車搭載義務化との話もあったが、最終的に変更はなく、KERSがレギュレーションから外される2013年末まで任意搭載のままであった。
2014年よりF1に導入されたエネルギー回生装置 (ERS) は、運動エネルギー回生に加えて、排気ガスから熱エネルギーを回生することもできる[25]。前者の運動エネルギー回生はMGU-K (Motor Generator Unit - Kinetic)、後者の熱エネルギー回生はMGU-H (Motor Generator Unit - Heat) と称される[26][27]。
これら2つのMGUは、バッテリー (Energy Store, ES) や内燃機関(1.6 L V6直噴エンジン+シングルターボ)と統合され、ひとつのパワーユニット (Power Unit, PU) を構成する。すなわち、ERSの開発はエンジンサプライヤーが包括的に担当することとなる。
同時に、決勝レース中の最大燃料搭載量が100 kgに制限された[27](ただし2017年より最大105kg、2019年より最大110kgと、段階的に緩和されている)。2013年までのV8エンジンでは1レースあたり155 – 160 kg程度の燃料を消費しており、従来比35%の燃費向上を実現しなければ、レースペースで完走することは望めない[28]。また最高回転数が15,000 rpm[27]、瞬間燃料流量は最大100 kg/h[27]に規制されるため、2014年以降はパワーはもちろん「エネルギー効率」が最重要課題となる。
一般的なガソリンエンジンの場合、燃料に含まれる総エネルギーから駆動力として抽出されるのは30%程度、熱効率に特化したとしても40%程度が限界である。その点では総エネルギーの半分近くを抽出可能なディーゼルエンジンに劣り、少なくとも総エネルギーの三分の二が排気ガス中の熱エネルギーとして排出されてしまう。新パワーユニットは、これらの無駄に捨てられていた排気熱を再利用することで、市販車に搭載されている優れたディーゼルエンジンと同等のエネルギー効率を実現することが肝となっている[28]。
排気熱エネルギーの再利用方法には、航空機や船舶の大型エンジンで採用されたターボコンパウンドという先例があるが、電力を生成して複合的に再利用する技術はまだ試験段階であり、レースで磨かれた技術が市販車へフィードバックされる可能性を秘めている。運動エネルギー回生が街乗りでのストップ&ゴーに適しているのに対し、熱エネルギー回生は高速道路での長距離巡行時にエンジン効率を向上させるような用途が考えられる[29]。実際、ホンダは2015年からのF1復帰を表明した際、新レギュレーションが企業戦略に合致し、将来的な市販車開発につながると意欲を述べている[30]。
一方でMGU-Hの導入は、自動車メーカー等から「開発コストが高くシステムが複雑化する上、市販車への応用が困難」だとして廃止を求める意見も多く、度々MGU-Hの廃止を巡る議論が起きた。2021年時点では2025年までMGU-Hありのレギュレーションが維持されることが決定していたが、同年12月の世界モータースポーツ評議会(WMSC)会合において、2026年以降はMGU-Hを廃止する代わりにMGU-Kの出力を引き上げることで合意したことが公表された[31]。
レギュレーションでは排気熱エネルギーによる発電方法は指定されておらず、水を沸騰させ蒸気タービンを回すランキンサイクルや、熱電素子による直接変換(ゼーベック効果)といった方法も可能である[32]が、レギュレーションでは「ターボチャージャーのタービン/コンプレッサーと機械的に接続していること[33]」が条件となるため、ターボの過給機構の間にMGU-Hを挟み込んで、排気熱エネルギーを受けて高速回転するタービンシャフトから発電する方法が現実的になる[32]。
MGU-KとESのやり取りには「回生量2 MJ/放出量4 MJ」と差が付けられているので、毎周フルチャージでアシストすることはできない[35]。従って、MGU-Hの熱回生がもたらす無制限の補助電力がERSの作動時間(=ラップタイム短縮)に影響することになる[35]。
またERS化に付随して、リアブレーキの電子制御(セミ・ブレーキ・バイ・ワイヤ)が解禁された。これは、MGU-Kの出力が倍増した副作用により、従来のようにドライバーが手動でブレーキバランスを調節する形ではブレーキング時の安定性・安全性が確保できないと見込まれたためである。
ERSには従来のKERSボタンに相当するものが装備されないので、ECUに書き込まれた制御プログラムに従い、走行中常に機能し続けることとなる[37]。制御プログラムの設定には自由度が認められており、ドライバーは走行状況に応じて「パワー優先モード」「回生優先モード」などをステアリング上のつまみで選択する。
なお2026年以降は、前述の通りMGU-Kによる回生量の上限が大きく引き上げられるため、「エンジンはフルブレーキング時を除いてほぼ全開で周り続け、MGU-Kで発電する」「エンジンがレンジエクステンダーの役割も併せ持つ」形になると想定されており、ホンダでは「モンツァでは全開率が90%ほどにもなる」と予想している[38]。
2012年より開催されているFIA 世界耐久選手権 (WEC) では、最高峰のLMP1クラスにのみ運動エネルギー回生システムの搭載を認めている。2012年度のレギュレーションによれば、システムは前輪または後輪の選択式で、ドライバーのアクセル操作に連動する(ブレーキ/エンジンとの協調制御は可能)。1回の稼働で放出されるエネルギーは500 kJ、ピットレーンでは回生エネルギーのみで走行しなければならない。また、サーキット毎に回生可能なブレーキングゾーンが指定されており、4輪駆動車は120 km/h以上に使用が制限されている。
2014年以降の新規定では、LMP1のワークスマシンは全車ハイブリッド仕様でなければならない[39][40](LMP1-H)。全輪エネルギー回生が認められたほか、熱エネルギー回生も導入される。1周あたりのエネルギー放出量を4段階 (2・4・6・8 MJ) から任意で選択できるが、アシスト量が大きいほどエンジンの燃料使用量と瞬間最大流量が減らされる規定になった[39][41]。
レース成績とともに市販車の技術アピールが重視されるWECでは、参戦するマニュファクチャラー(自動車メーカー)のエコロジー開発思想が反映されており、ディーゼルとガソリン、ターボとNA、バッテリー式とフライホイール式、前輪アシストと後輪アシスト、といった選択肢の組み合わせが興味を引く。
2021年からは、LMP1クラスに代わってル・マン・ハイパーカー(LMH)規定が導入され、ハイブリッドカーについては「モーターによる駆動は前輪のみ可能」とされた。またモーターアシストの利用について最低速度制限が設けられており(原則として120 km/h以上)、2022年以降はBoP(Balance of Performance)による性能調整により最低速度が更に引き上げられるケースも出てきている。
日本のスーパーフォーミュラ(旧フォーミュラ・ニッポン)では、「System-E」の名称でKERS相当のシステムが搭載される予定があった。当初はエネルギー回生を行わないシステムとなる予定で、後に完全なKERS相当のシステムとしてホンダを中心に開発が進められていたが、2021年現在搭載は実現していない。
世界ラリー選手権(WRC)では、2022年よりトップカテゴリーのラリー1に参戦する車に対してERSが導入される。ERSはドイツのコンパクト・ダイナミクス製のワンメイク。
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