葦田氏
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信濃国佐久郡芦田より起こった氏族で、井上氏流と滋野氏流の二系統がある[3]。滋野氏流の芦田信守は武田氏に属した[4]。
丹波国氷上郡蘆田村に起源を持つと考えられる[4]。「赤井氏系図」によると源頼季の孫・家満(家光)が信濃国井上から同地に配流され、芦田(または井上)を称したことに始まるとされる[5]。
元弘3年(1333年)に足利高氏(尊氏)が丹波国篠村八幡宮で倒幕のため挙兵した際、高氏の下に参集した丹波武士の中に「葦田」の名も含まれていた(『太平記』)[6]。
また、永正17年(1520年)より姿の見える[7]赤井氏は、系図では芦田氏の分家とされており[8]、芦田姓を自称している[9]。
弘治元年(1555年)、芦田目留が足立権太兵衛と結び、赤井家清やその弟・荻野直正ら赤井一族と戦った(香良合戦)[10]。
天正7年(1579年)5月、赤井氏・荻野氏の支配下にあった芦田氏は、居城・東芦田城(小室城)や同族である栗住野氏の守る栗住野城を織田信長の軍勢により攻め落とされ、没落した[11]。最後の城主は芦田国重[12]、または芦田国住という[13]。
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