笠()は、被り物の一種。雨や雪、直射日光などが当たらないように頭に被る道具で[1][2][3][4][5]、外出の際に顔を隠すのに用いることもある[2][4]。東アジアおよび東南アジアで古くから広く用いられている[4][5]。傘()、差傘/差し傘()、手傘()と区別する意をもって被り笠()ともいう[1][2]。
助数詞は、蓋(、がい[8][9])[注 1]、笠()、頭()[注 2]、枚()。
転義として以下のものがある。
- 被り物の「笠」のような形状の物を、被り物の笠に譬えていう[注 3]。
- 紋所の名の一つ。家紋の一つ。笠紋ともいう。笠の図案の助数詞は蓋()[1][注 4]。
- 日本語の姓氏の一つ[11]。
本項では、被り物の笠を主として解説し、その後に、笠紋などについて解説する。
笠の材質は檜板・竹・藺草・菅製で、塗笠は、檜や杉の板材を薄く剥いだ「へぎ板」に和紙を貼って漆を塗って作成した物で、平安時代末期には主に老女が使用し、江戸時代初期には若い女性が使用した。
一方、陣笠は、竹で網代を組んで和紙を貼り、墨で染めて柿渋を塗って作成したものである[12]。刃や飛来する矢などから身を守る防具であり、手に持って盾として使用することもあった。
また、それとは別に戦国時代から足軽・雑兵などの農民兵に貸与・支給されていた防具・代用兜。はじめは煮締めた皮革の裏側に「筋金()[注 6]」と呼ばれる鍛鉄製の骨板を渡し漆をかけた陣笠を使っていたが、鉄砲普及後に総鍛鉄製のものに取って代わられた。鍛鉄製板を切り抜き、笠状に整形して防水用に漆をかけるだけの工程のため、通常の兜を作るよりもはるかに手間と費用がかからない。装着時には通常吸汗とクッションとして手ぬぐいなどの布を折りたたんで頭との間に敷いた。また日よけ・雨風よけや虫除け、首筋への矢除けに垂れ布を市女笠の虫の垂衣のように視界のある前方以外に垂らすこともあった。
「具足剣術」と呼ばれる鎧を着込んで行う剣術の一部には手盾として使われる使用法も残っている。『海国兵談』には、牛皮を用いて笠の形にして、手の甲・手首を守る形の手盾として、「牛皮楯」の記述・絵図があり、オランダ・中国が用いた戦法として紹介されている[注 7]。
防具のほか、野営での調理の際にはよく洗った鍛鉄製陣笠を大鍋として用い、味噌玉を溶かして芋がら縄など食材を入れ、3~4人分の陣中食[注 8]を用意するといった使われ方もした[13][14][15]。
江戸時代後期の合巻作者・柳亭種彦は、随筆『柳亭筆記』の中で豊富な引用文献を付しながら種々の笠を解説している[16]。
製法別
- 編笠/編み笠()
- 藺草()、稲藁()、真菰()、木の皮、竹の皮などの茎に材を取り、編んで作る被り笠[17][18]。形態は、材質と用途を基準にして、円錐形、円錐台形、帽子形、円筒形、漏斗形、二つ折形など、6型に分類される[17]。
- 初出は『新撰六帖』[注 9]巻5 に見られる記述
ますらをのすげのあみがさ打ちたれてめをもあはせず人の成行く ─藤原家良
のすげのあみがさ(菅の編笠)
[18]。
- 季語としての「編笠」は、夏の季語[注 10][19]。「編笠」を親季語とする子季語には、台笠()、菅笠(、すががさ)、藺笠()、檜笠(、ひのきがさ)、熊谷笠(、くまがえがさ)、網代笠()、市女笠()がある[19]。
- 組笠()
- 縫笠()
- 押笠/押え笠()
- 竹皮やビロウの葉などを竹の骨組の上からかぶせ、円錐形・帽子形・半円球形・褄折形・桔梗形に押さえ止めて作る笠[5]。
- 張笠/張り笠()
- 竹の骨組の上に紙を幾重にも張り付け、仕上げに渋(柿渋)を引いた笠[5]。また、油紙を張った笠[5]。
- 塗笠/塗り笠()
- 油・渋(柿渋)・漆のいずれかを塗った笠[5]。
- 綾藺笠()[20]
- 藺草()を綾織りに編み[注 11]、裏に絹布を張って作った被り笠[20]。中央に大きな巾子()[注 12]がある[20]。平安時代以降、武士が狩猟・遠行・流鏑馬などの際に被った[20]。他に、田楽法師[注 13]などもこれを使った[20]。綾笠()ともいう[20]。
- 初出は『今昔物語集』[注 14]巻第25 に見られる記述
綾藺笠を著て〔中略〕胡簶()を負て
の綾藺笠()
[20]。
- 網代笠()
→詳細は「網代編」を参照
網代編()の組笠[21]。編み方に由来する名称であり、素材を問わないが、実際には竹ひごを主材としたものが主流。そのため、辞書類は「竹ひごを網代に編んだ笠」などと説明するものが多い。
- 今や使用者のほとんどは托鉢僧と遍路者であるが、戦前[注 15]までは農家などでも広く用いられていた[21]。托鉢僧がこれを用いるのには、修行中の身であるがゆえ、顔を隠して外の世界と関係を絶つという意味合いがあるという。また、雨水を防ぎながらも通気性が良いので[21]、強い日差しや雨風に曝される過酷な環境で大いに実用的でもある。防水性と防腐性をさらに高めるために柿渋引きしたものも多く、そういったものは飴色をしている。
- 季語としての「網代笠」は、夏の季語[注 10]。「編笠」を親季語とする子季語の一つ[19]。
家紋としての被り笠(総称)は、笠(かさ)といい[1]、笠紋()ともいう。
現代でも地鎮祭で見られるように、天上から神を迎えるに当たって清浄な神域を生み出すべく四方に“竹を立てる”儀礼があり、これに由来して、神職の間で笠紋が普及していった。「一蓋笠/一階笠」ともいう基本図案の「笠」を始めとして、二蓋笠/二階笠[注 39]、三蓋笠/三階笠、三つ寄せ笠、頭合わせ三つ笠、五つ市女笠、建部笠、神宮笠、丸に笠、丸に陣笠、丸に切り竹笹に笠、丸に変わり切り竹笹に笠、中輪に房付き笠、中輪に房付き二蓋笠/中輪に房付き二階笠、ほか、種類は多い。
- 一蓋笠/一階笠()
- 市女笠を図案化した家紋。笠紋の代表紋で、笠紋の多くはこれを基本図案としている。普通は単に「笠」といい[58]、他と区別する際に助数詞「蓋()」を用いて「一蓋笠」といい、「蓋()」が「階()」に転じて「一階笠」ともいう。
- 二蓋笠/二階笠()
- 横並び2蓋の市女笠。もしくは、縦に2蓋重ねた市女笠。最も有名なのは前者にあたる柳生笠。
- 柳生笠()
- 大和柳生家の替紋の一つ。二蓋笠/二階笠の代表であることから、その名でも呼ばれる。
- 三蓋笠/三階笠()
- 縦に3蓋重ねた市女笠。
- 頭合わせ笠()
- 頂を合わせた3蓋の市女笠。
- 三つ寄せ笠()
- 内側を合わせた3蓋の笠。笠の種類は市女笠。変わり三つ寄せ笠では、笠の種類が花笠になる。
- 五つ市女笠()
- 頂を合わせた5蓋の市女笠。咲いた花のような図形をなす。
- 丸に笠()
- 丸[注 40]に収めた市女笠。
- 井桁に笠()
- 井桁に収めた市女笠。
- 花笠()
- 花笠を図案化した家紋。
- 編笠()
- 編笠を図案化した家紋。
- 陣笠()
- 陣笠を図案化した家紋。
- 足軽笠()
- 陣笠の一種である足軽笠を図案化した家紋。
- 唐人笠()
- 唐人笠を図案化した家紋。
- 深被り笠()
- 深被り笠を図案化した家紋。
注釈
「一蓋笠」「二蓋笠」など。「一階笠」「二階笠」の「階」は当て字。
または骨板金()、骨板()、骨金()。
髻()を入れて固定できるようになっている突出部。
解釈例:照り渡る難波の菅で作った笠を着けもせずに置いて古びさせてしまった。後で誰かが被る笠というのでもないのに。
和紙を細長く裂いて小縒/紙縒()にしたもの。
出典
“笠”. 平凡社『世界大百科事典』第2版. コトバンク. 2019年4月25日閲覧。
“笠”. 小学館『日本大百科全書:ニッポニカ』. コトバンク. 2019年4月25日閲覧。
“蓋”. 小学館『精選版 日本国語大辞典』. コトバンク. 2019年4月25日閲覧。
“笠”. 三省堂『大辞林』第3版. コトバンク. 2019年4月25日閲覧。
笹間良彦『図録 日本の甲冑武具事典』柏書房、1981年。[要ページ番号]
日本随筆大成編輯部編、柳亭種彦『柳亭筆記』吉川弘文館(日本随筆大成 巻2)、1927年、717-724頁。
“編笠”. 小学館『日本大百科全書:ニッポニカ』. コトバンク. 2019年4月25日閲覧。
“編笠”. 小学館『精選版 日本国語大辞典』. コトバンク. 2019年4月25日閲覧。
“編笠”. きごさい歳時記(公式ウェブサイト). NPO法人「きごさい」(季語と歳時記の会). 2019年4月25日閲覧。
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NHK Eテレ系列の番組『先人たちの底力 知恵泉』「バラバラな組織をまとめるには?「上杉謙信」」の番組内説明を一部引用。
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“台笠”. コトバンク. 2019年4月29日閲覧。
“笠 - 家紋図鑑”. きものと悉皆みなぎ(公式ウェブサイト). みなぎ. 2019年4月29日閲覧。