田中秀道
日本のプロゴルファー (1971-) ウィキペディアから
田中 秀道(たなか ひでみち、1971年3月29日 - )は、広島県広島市出身のプロゴルファーである。身長166cm、体重62kgと小柄な体格ながら、力強いスイングを見せる。テーラーメイドゴルフと用具契約を結んでいる。
略歴
11歳から自宅裏の空地でゴルフを始める。同郷の倉本昌弘に憧れプロを目指し、広島県瀬戸内高等学校(山本圭一はゴルフ部の3年先輩、河井博大、谷原秀人は後輩)を卒業後、1991年10月にプロ入り。1995年の「フィリップモリス・チャンピオンシップ」でツアー初優勝。1998年の日本オープン選手権でメジャータイトルを獲得した。1999年の「アコムインターナショナル」や2000年の「ダイドードリンコ静岡オープン」など、日本ゴルフツアーで「10勝」を挙げる。2000年11月の世界ゴルフ選手権シリーズ第3戦、アメリカン・エキスプレス選手権(バルデラマ・ゴルフクラブ、スペイン)で優勝争いに加わり、最終日にスコアを崩して11位に終わったが、この経験から世界挑戦への意欲を高めた。
日本ツアーで「10勝」を挙げた後、2001年末のアメリカPGAツアーの「Qスクール」最終予選に合格。日本ゴルフツアーの賞金ランキング上位者として最終予選からの参加を認められ、6日間競技の予選会を勝ち抜いて、2002年から米国ツアーにフル参戦を開始した。
丸山茂樹と仲が良く日本にいた頃はよく一緒にテレビに出ていた。
Kビジョンが制作し、GAORAに提供しているゴルフのレッスン番組「田中秀道・シングルへの道」パーソナリティー・講師を務めている。
優勝歴
日本ツアー (10)
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No. | 日時 | 大会 | 優勝スコア | 打差 | 2位 |
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1 | 1995年10月29日 | フィリップモリス・チャンピオンシップ・ゴルフトーナメント | -10 (67-73-69-69=278) | 1打差 | ![]() ![]() |
2 | 1996年5月19日 | ペプシ宇部興産オープン | -20 (68-64-65-67=264) | 2打差 | ![]() ![]() |
3 | 1998年7月26日 | アイフルカップゴルフトーナメント | -15 (68-70-69-66=273) | 1打差 | ![]() ![]() |
4 | 1998年10月4日 | 日本オープンゴルフ選手権競技 | -5 (72-70-72-69=283) | 1打差 | ![]() |
5 | 1998年12月13日 | DDIグループ沖縄オープン | -11 (70-67-69-67=273) | 3打差 | ![]() |
6 | 1999年11月7日 | アコムインターナショナル | -19 (66-69-66-68=269) | 5打差 | ![]() |
7 | 2000年3月19日 | ダイドードリンコ静岡オープンゴルフトーナメント | -14 (66-70-70-68=274) | 2打差 | ![]() |
8 | 2000年4月30日 | 中日クラウンズ | -10 (69-69-67-67=272) | 5打差 | ![]() |
9 | 2001年4月15日 | つるやオープン | -14 (71-69-68-66=274) | 1打差 | ![]() |
10 | 2001年6月24日 | 全英への道 ミズノオープン | -16 (66-69-68-69=272) | 3打差 | ![]() |
プレーオフ記録 (0-1)
※太字はメジャー大会
その他
- 1995年 - 水戸グリーンオープン(後援競技)
アメリカPGAツアーでの上位入賞成績
- 2002年:ディズニー・ゴルフ・クラシック/4位
- 2003年:全米オープン15位、ベル・カナディアン・オープン&サザン・ファーム・ビューロ・クラシック/2大会で4位
- 2004年:B.C.オープン/3位
- 2005年:クライスラー選手権/3位
2005年度は不調に悩んだが、10月の「クライスラー選手権」の3位入賞で賞金ランキング117位に入り、苦しみながらも2006年度の米国ツアーのシード権を確保した。
関連項目
外部リンク
- 田中秀道公式サイト
- 田中秀道 - 日本ゴルフツアー機構のプロフィール
- アメリカPGAツアーのプロフィール
- 田中秀道オフィシャルブログ
- 【田中秀道×宮田志乃】ビルドUPレッスン-YouTubeスポニチチャンネル
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