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溝口 敦(みぞぐち あつし、1942年7月5日 - )は、日本のノンフィクション作家、ジャーナリスト。東京市浅草区(現・東京都台東区)生まれ。川崎市高津区育ち[1][2]。本名:島田敬三[3]。
みぞぐち あつし 溝口 敦 | |
---|---|
生誕 |
1942年7月5日(82歳) 日本・東京市浅草区 |
出身校 | 早稲田大学第一政治経済学部経済学科 |
職業 |
ノンフィクション作家 ジャーナリスト |
受賞 |
講談社ノンフィクション賞(2003年) 日本ジャーナリスト会議賞(2003年) 編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム大賞(2003年) |
日本における組織犯罪問題の第一人者[4]。雑誌編集者として暴力団の取材に着手した20代なかば頃からというもの、“殺菌には日の光に晒すのが一番だそうだ”(米国最高裁判事ルイス・D・ブランダイス)をモットーに著述活動を継続[5]。数多くの「ヤクザ」(暴力団)関連の著作を上梓してきた[6]。
代表作にベストセラーの『暴力団』(2011年)や『食肉の帝王』(2003年)など[7]。後者『食肉の帝王』では、第25回「講談社ノンフィクション賞」[8]、「日本ジャーナリスト会議賞」、および「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム大賞」の3賞を同時受賞している。(2003年)
この節の加筆が望まれています。 |
神奈川県立川崎高等学校を経て、1965年、早稲田大学第一政治経済学部経済学科を卒業後、徳間書店入社。『アサヒ芸能』などの記者を務める。その後、広告代理店の博報堂勤務を経てフリージャーナリストとなった。溝口は、博報堂を退社するときに、「雑誌だろうと何だろうと(媒体の言いなりの)『便利屋』にはならない。署名記事を書く」「仕事がないときは、他の仕事でも何でもやる」。そういう気持ちで退社したと述べている[9]。その後、暴力団から宗教、科学などの分野のジャーナリストとして雑誌を中心に活動。ごくまれに政治に関する記事を書くこともある[10][11]。
特に広域暴力団山口組問題、創価学会問題に詳しい。そのため危険な目にも度々遭っている[1]。
1990年には、山口組五代目組長渡辺芳則に関する著書を出そうとし、山口組直系組長の後藤忠正に電話にて出版を止めるよう言われたが断った[12]。その3月後、東京・高田馬場の仕事場前玄関で男に左背中を刺され重傷を負った。どの組から実行犯が出ているか警察の捜査で分かっていたが、犯人は逮捕されず公訴時効が成立している[13]。
さらに2006年、東京・三鷹の路上で、ハサミを持った山口組系元組員に長男が襲撃され、太腿を刺され重傷を負う[14]。この事件では犯人グループは実行犯2人と直接の依頼者が逮捕され、溝口とその長男は、2007年、元組員と上部団体に当たる山健組組長らを相手に、計7200万円の損害賠償を求める訴訟を東京地方裁判所に起こし、2008年に和解が成立。組長ら幹部2人が計500万円、実行役3人が計20万円の解決金を支払う内容であった。
2011年の自著『ヤクザ崩壊』(講談社)では新語“半グレ集団”を定義[15]。続く同年の著作『暴力団』(新潮新書)は発売から46日で20万部を突破するベストセラーとなった[16]。
2012年には、かつて自身の作品を盗作していた佐野眞一から、全面謝罪文を受け取っていたことが明らかになった[17]。
2013年10月より、テレビ番組『情報プレゼンター とくダネ!』の金曜‐火曜コメンテーターに就任。
放送法遵守を求める視聴者の会(現・「放送法遵守を求める新・視聴者の会」)の一員でもある[18]。
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