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松井 宏次(まつい こうじ、1984年12月2日 - )は、静岡県掛川市出身の元プロ野球選手(内野手、右投右打)・コーチ。NPBでは育成選手であった。
楽天時代 | |
基本情報 | |
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国籍 | 日本 |
出身地 | 静岡県掛川市 |
生年月日 | 1984年12月2日(39歳) |
身長 体重 |
173 cm 69 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 二塁手、三塁手、遊撃手、外野手 |
プロ入り | NPB / 2009年 育成選手ドラフト1位 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
選手歴 | |
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コーチ歴 | |
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この表について
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磐田農業高から東海大学へ進むが、控えに留まる。きらやか銀行に入るが、活動縮小により4ヶ月で退社。地元に戻り運転代行等の仕事に就いた。
2008年は、愛知県名古屋市に本拠地を置く社会人野球のクラブチームであるNAGOYA23でプレーした。
2009年に四国・九州アイランドリーグの長崎セインツに入団。初年度より俊足巧打の機動力を持つ内野手として定着し、長崎の前期優勝に貢献した。打率.308を記録してリーグのベストナイン(二塁手)にも選ばれている。
2009年プロ野球ドラフト会議にて、東北楽天ゴールデンイーグルスから育成ドラフト1位で指名され入団。しかし支配下選手登録を受けることはなく、2011年シーズン終了後、戦力外通告を受けた[1]。
2012年3月5日、ベースボール・チャレンジ・リーグの富山サンダーバーズに選手兼任コーチとして入団した[2]。シーズン終了後の10月17日、現役引退を発表した[3]。
2014年12月25日、信濃グランセローズの守備・走塁コーチに就任することが球団から発表された[4]。
2016年7月3日、コーチの肩書きのまま兼任選手として現役に復帰[5]。これは、外野手の負傷が発端で選手が少なくなったため、控え選手の補充を目的としたものであった[6]。後期の2試合に出場し、打数0ながら1得点を挙げている[7]。同年のシーズン終了後、退団が発表された[8]。12月9日、福島ホープス守備・走塁コーチに就任[9]。
2017年7月1日、前年に続き、コーチ兼任で三度目となる現役復帰(選手契約)が発表される[10]。後期の10試合に出場したが打数は記録しなかった。シーズン終了後の12月1日に今シーズン限りでの退団が発表された[11]。その後は会社員を経て、社会人野球時代を過ごした地で山形ポニーの総監督を務める。
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