手塚るみ子

日本のプランニングプロデューサー、手塚プロダクション取締役 ウィキペディアから

手塚 るみ子(てづか るみこ、1964年4月30日 - )は、プランニングプロデューサー、手塚プロダクション取締役、父は漫画家の手塚治虫、兄はヴィジュアリスト(映像作家)の手塚眞。夫は漫画家の桐木憲一

概要 てづか るみこ 手塚 るみ子, 生誕 ...
てづか るみこ

手塚 るみ子
生誕 (1964-04-30) 1964年4月30日(60歳)
職業 プランニングプロデューサー
手塚プロダクション取締役
配偶者 桐木憲一
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人物・来歴

1964年、東京都練馬区で手塚治虫の長女(第2子)として生まれる。

成蹊小学校成蹊中学・高等学校を経て、成蹊大学文学部文化学科を卒業、広告代理店I&Sに入社し、イベントやセールスプロモーションの企画に携わる。父の没後に独立し、手塚作品をもとにしたイベントや展示を企画する。また、朝日放送(現・朝日放送グループホールディングス)が創立50周年記念のキャンペーンとして行った「ガラスの地球を救え」のプロデュースおよび関連ラジオ番組「Earth Dreaming〜ガラスの地球を救え〜」に携わり、パーソナリティも務めた。他に音楽レーベルのプロデュース、講演会、トークショーを行うなど、多方面で活動をしている。

1997年、33歳の時に肩にアトムのタトゥーを彫った[1][2]。個性的なカットやテキスタイルの被服を好み、髪色も20年ほど緑色(るみ子曰く「屋久島の苔色」)にカラーリングしていた[3]

有名漫画家の子供(二世)たちによる交流会「二世会」を主宰している[4]

2017年10月、桐木憲一と婚姻届を提出した[5][6]

家族・親族

出演番組

※2005年公開のアニメ映画『ブラック・ジャック ふたりの黒い医者』と同時上映された作品。声を担当。

著作物

著書

※2度目の文庫再刊にあたり一部改訂。また巻末には手塚治虫も足を運んだという文壇バーとして名高い「クラブ数寄屋橋」の園田静香との対談も収録。表紙イラストは桐木憲一による描きおろし
水木悦子赤塚りえ子共著、※水木しげる赤塚不二夫・手塚治虫の娘たちによるトーク集

関係著作物

脚注

関連項目

外部リンク

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