大木あまり
俳人 ウィキペディアから
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東京府東京市豊島区目白に生まれる。詩人の大木惇夫の三女で、姉は藤井康栄(北九州市立松本清張記念館館長)と宮田毬栄(編集者・エッセイスト)。頌栄女子学院高等学校、武蔵野美術大学洋画科卒業。
1971年、母の勧めで俳誌「河」に入会、角川源義の指導を受ける。源義逝去ののち、1979年、進藤一考主宰の「人」に参加、同人。1983年、「人」を退会。「泉」の「雲の会」に時おり参加し、石田勝彦、綾部仁喜の指導を受ける。1990年、長谷川櫂、千葉皓史と「夏至」を創刊、同人。1994年、長谷川櫂主宰の「古志」に入会。1995年、矢島渚男「梟」に入会。1998年よりふたたび無所属となる。2008年、石田郷子、藺草慶子、山西雅子とともに「星の木」(年2回刊)を創刊。
2011年、句集『星涼』で第62回読売文学賞(詩歌部門)を受賞。代表句に、「イエスよりマリアは若し草の絮」(『火のいろに』所収)、「火に投げし鶏頭根ごと立ちあがる」(『火球』所収)などがある。
横浜俳話会顧問[2]。
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