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増田 眞一(ますだ みちかず、選挙時の通名:マスダシン一、1923年〈大正12年〉 - 2000年〈平成12年〉6月3日)は、日本の実業家、政治活動家(政事公団太平会同人)。
京都府舞鶴市出身。同志社大学法学部在学中に学徒出陣で応召。熊谷陸軍飛行学校特操2期生を経て、知覧特攻基地神鷲隊に配属される。1945年8月10日、ウィリアム・ハルゼー率いる米海軍機動部隊に向け出撃したが、天候不良と搭乗機の不調で突入に失敗、帰投。そのまま終戦を迎えた。
戦後復学して同大学院で田村徳治教授の薫陶を受け、皇国史観を保持しつつ労農運動に目覚める。その後地元で旅館、青年の家、マリーナ等経営の傍ら反基地闘争・反公害運動を行い、政治団体『政事公団太平会』を組織。1970年代より京都市長選挙を始め、各種国政選挙に頻繁に立候補し始めた。
選挙公報は手書きの小文字で判読し難いほどに埋め尽くされ、政見放送に於いては白髭を蓄えた風貌に飛行服姿で「天皇陛下は神様です」と唱えて合掌しながら、特攻隊の経験を語り、再軍備反対・反戦・平和・理想選挙・遷都・天皇親政の実現などを訴えたが、立候補したすべての選挙で下位落選し、供託金を没収された。
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