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卵菌(らんきん、英: oomycetes)とは、ストラメノパイルに属する吸収栄養性(細胞膜を通して低分子有機物を吸収する)の原生生物の一群、またはこれに属する生物のことであり、その形態や生活様式は菌類に似ているが、系統的には全く異なる。微小な単細胞性のものから、発達した菌糸を形成するものまであり、菌糸は基本的に隔壁を欠く(図1)。セルロースを含む細胞壁をもつ。多くは、2本の不等鞭毛をもつ遊走子による無性生殖を行い、配偶子嚢接合による有性生殖を行う(図1)。栄養体は複相(染色体を2セットもつ)であり、配偶子嚢内で減数分裂を行う。海や淡水、陸上に広く分布しており、腐生性(生物遺体など生きていない有機物を分解して栄養を吸収する)、または陸上植物や藻類、動物などに寄生する。植物病原菌となるものが多く知られており、ジャガイモエキビョウキン(ツユカビ目)は19世紀にアイルランドでジャガイモ飢饉を引き起こし、多数の餓死者と北米への移民の原因となった。
卵菌綱 | |||||||||||||||||||||
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1. ワタカビ属(ミズカビ目)の菌糸と卵胞子 | |||||||||||||||||||||
分類 | |||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||
Oomycota Arx (1967) | |||||||||||||||||||||
シノニム | |||||||||||||||||||||
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英名 | |||||||||||||||||||||
oomycete | |||||||||||||||||||||
下位分類 | |||||||||||||||||||||
100属1,700種ほどが知られる大きなグループであり、分類学的には、卵菌綱(学名: Oomycetes)にまとめられることが多いが、独自の卵菌門(学名: Oomycota)にまとめて複数の綱に分けることもある。菌類に似ているため、古くは菌類の中の藻菌類や鞭毛菌類に分類されていた。しかし卵菌と菌類は系統的に非常に離れており、この類似性は収斂進化によるものである。
菌体の体制はさまざまであり、単細胞で全実性(全体が遊走子嚢など生殖器官になる)のものから、発達した菌糸を形成するもの(下図2)まである[1][2][3][4]。全実性のものでは、単純な球状の種から、菌糸状に細長いものや、分岐・分節化した種まである[1][3]。卵菌の中で初期分岐群は全実性・寄生性であるが、ミズカビ目やツユカビ目など派生的な群では発達した菌糸をもつものが多い[3][5][6]。ただし派生的な群の中にも、全実性・寄生性である種が含まれる。菌糸の太さはさまざまであり、直径2マイクロメートル (µm) 程度のものから、150 µm に達するものまである[3]。菌糸は先端成長を行い、ときに分枝し、ふつう隔壁を欠く無隔菌糸であるが(下図2)、古くなった部分や生殖器を区切る隔壁が形成されることもある[1][3]。菌糸性で絶対寄生性の種の多くは、宿主細胞間に菌糸を伸ばし、宿主細胞内に吸器を挿入する[1][3](下図2c)。
菌体はふつう細胞壁に包まれるが、寄生性の初期分岐群の中には、栄養体(通常時の体)が宿主内で細胞壁を欠く多核細胞(変形体)として生きている例もある[2][3]。卵菌の細胞壁はおもにセルロースとβ-グルカンからなる。ただし一部の種からはキチンも報告されており、またゲノムの調査からは全ての卵菌類がキチン合成酵素をもつことが示唆されている[7]。フシミズカビ目では、菌糸のくびれ部分にキチンを含むセルリン顆粒が存在することがある[3]。
卵菌の栄養体は、基本的に多数の核を含む多核性 (coenocytic) である[1][2][3]。核分裂は核膜が維持される閉鎖型であり、核内に紡錘体が形成され、両極には中心体が存在する[1][3]。
栄養体中央はふつう液胞で占められており、核や他の細胞小器官を含む細胞質は周縁部に位置する[3]。ミトコンドリアのクリステは管状である[1][3]。多くの菌類とは異なり、典型的なゴルジ体をもつ[1][3]。貯蔵多糖はリン酸化した水溶性のβ-1,3グルカンであり、マイコラミナリン (mycolaminarin) とよばれる[1]。マイコラミナリンは小胞に包まれてときに層状構造を示し、この小胞は dense-body vesicle または fingerprint vacuole ともよばれる[1]。菌類に一般的な貯蔵多糖であるグリコーゲン顆粒は、卵菌には見られない[1]。また、ポリリン酸体を欠く[1]。アミノ酸のリシン合成経路はジアミノピメリン酸経路(DAP経路)であり、菌類に見られるα-アミノアジピン酸経路(AAA経路)とは異なる[1]。
卵菌は、基本的に遊走子(鞭毛をもつ胞子)による無性生殖を行う(下図3a)。菌体の全体または一部が遊走子嚢となり、細胞壁の一部が溶解することで遊走子を放出する[3][4]。ただし鞭毛を欠く不動胞子 (aplanospore) を放出することもあり、また鞭毛形成能を完全に欠いている種もいる[3]。遊走子は好適な環境に着生すると、再び菌体へと成長する[1][3]。全実性で寄生性の種では、放出される遊走子の通り道となる逸出管を形成することが多い[3]。菌糸を形成するものでは、ふつう菌糸先端が隔壁によって区切られて遊走子嚢を形成する[3](下図3b左)。シロサビキン属(シロサビキン目)では、遊走子嚢が鎖状に連なって形成される[3](下図3b中)。ツユカビ属(ツユカビ目)などでは、有限成長する分枝した遊走子嚢柄 (sporangiophore) の枝先に遊走子嚢をつける[3](下図3b右, 3c)。
卵菌の初期分岐群やミズカビ亜綱では、遊走子形成は遠心的であり、また細胞分裂が完了したのちに鞭毛形成が起こる[3]。それに対してツユカビ亜綱では、遊走子形成は求心的であり、また遊走子の分化と鞭毛形成は同時に起こる[3]。一部の卵菌では、遊走子嚢から放出された遊走子または原形質が包嚢 (vesicle) で包まれ、後者の場合はこの中で遊走子への分化が起こる[3]。陸上植物に寄生する種では、しばしば遊走子嚢が切り離されて風や雨で散布され、水の存在によって散布先で遊走子を放出するが、遊走子段階を省略して直接発芽することも多い[1][3](下図3b右, 6)。このように直接発芽する遊走子嚢は、分生子 (conidium) ともよばれる[2][3]。
遊走子は、基本的に細胞腹面(側面)から生じて前後に伸びる2本の不等鞭毛をもつ[1](上図3d(b))。例外的に、サカゲフクロカビ属(Anisolpidium; サカゲフクロカビ目)では、細胞前端付近から前鞭毛のみが生じている[注 1]。ストラメノパイルに属する他の生物と同様、前鞭毛には管状小毛(管状マスチゴネマ)が付随した羽型鞭毛であり、後鞭毛はこれを欠く尾型鞭毛である[1][2](上図3d)。遊走子が着生する際には、遊走子細胞内に存在する細胞壁物質を含んだ小胞がエクソサイトーシスされて細胞壁を形成してシスト化する[1]。
ミズカビ亜綱の種は、2本の鞭毛が細胞前端付近から生じている遊走子と、細胞腹面から生じている遊走子をもつことがあり、前者を一次遊走子 (primary zoospore, auxiliary zoospore)、後者を二次遊走子 (secondary zoospore, principal zoospore) とよばれる[1][2][3](上図3d, 5)。このような遊走子の二形性は二回遊泳性 (diplanetism) ともよばれる[1][2][4]。ミズカビ属(Saprolegnia; ミズカビ目)では、菌糸先端の遊走子嚢から放出された一次遊走子は着生、鞭毛を吸収して細胞壁を形成しシスト化し、そこから1個の二次遊走子が生じて再び遊泳する[1][3](下図5)。二次遊走子は鞭毛を落としてシスト化し、菌糸を伸ばして発芽するか、または再び二次遊走子が形成される(数回遊泳性 polyplanetism)[1][3]。ミズカビ目の中には、これを基本形としてさまざまな様式があり、Aphanomyces やワタカビ属 (Achlya) では遊走子嚢の開口部で、アミワタカビ属 (Dictyuchus) やヤブレワタカビ属 (Thraustotheca) では遊走子嚢中で、一次遊走子に相当する細胞がシスト化し、二次遊走子を放出、または直接発芽する[1][3](図4)。一方、Phythiopsis は一次遊走子のみを形成し、これがシスト化して発芽する[1]。
遊走子は、明瞭な細胞外皮をもたない[2]。他のストラメノパイルと同様、遊走子は基本的に4組の微小管性鞭毛根(R1–R4)をもつ[2][3]。鞭毛移行部(鞭毛と基底小体の移行部)には、ふつう2重のらせん構造 (transitional helis) が存在するが、1重らせんのものやこれを欠くものもある[2][3]。遊走子の細胞内にはさまざまなタイプの小胞が存在し、付着や外被形成に関与すると考えられている[2][3](上記参照)。
また、卵菌では菌体の一部が厚壁化し、無性生殖の単位となることがある。この構造は菌芽 (gemma) や厚壁胞子 (chlamydospore) とよばれ、休眠構造として機能し、好適な条件で発芽管を伸ばすか、または遊走子嚢を形成する[1][2][4]。
卵菌の中で生活環における核相変化が知られているものでは、栄養体が複相(染色体を2セットもつ)であり、配偶子形成時に減数分裂を行う[3][4]。ただし初期分岐群では、核相変化・有性生殖が報告されていないものが多い[3]。卵菌の有性生殖では、鞭毛をもつ配偶子の合体は見られず、不動状態の配偶子嚢が直接接着する(配偶子嚢接合 gametangial conjugation)ことで起こる[3]。この結果形成される接合子は卵胞子 (oospore) とよばれ、ふつう休眠細胞となり、発芽して遊走子嚢を形成、または菌糸など栄養体となる[3][4]。
Eurychasma(ユーリカスマ目)や Anisolpidium(サカゲフクロカビ目)、Lagenisma(フシミズカビ目)では、鞭毛細胞が着生してシスト化したものが受精管 (fertilization tube) でつながり、一方の原形質がもう一方へ送り込まれ、細胞質・核融合が起きて接合子が形成される[3]。Lagenisma coscinodisciでは、減数分裂によって形成された遊走子が着生して接合することが報告されている[10]。このような雌雄の分化がない同型の配偶子嚢接合が卵菌における原始形質であると考えられている[3]。
ミズカビ亜綱やツユカビ亜綱の多くでは、配偶子嚢の雌雄の分化が見られる[1][3]。雌雄配偶子嚢内では、減数分裂が起こり、単相(染色体を1セットのみもつ)の核を形成する[1][3]。雌性配偶子嚢である生卵器 (oogonium) は、1個から数個の単相の卵(卵球 oosphere ともよばれる)を形成する[1][3][4]。雄性配偶子嚢である造精器 (antheridium) は生卵器に接し(配偶子嚢接着 gametangial contact)、受精管を通じて単相の雄性核を送り込み、卵において受精が起こる[1][3][4]。配偶子嚢や卵胞子の形態は、このような卵菌の分類において極めて重視されている[3]。このような有性生殖は、ステロイド性のホルモンによって制御されていることが知られている[1][3]。ツユカビ亜綱はステロール合成能を欠き、有性生殖のためには外部からステロールを得る必要がある[1][3]。
有性生殖は、ホモタリック(雌雄同株)のものと、ヘテロタリック(雌雄異株)のものが知られている[3]。ホモタリックの場合、生卵器と造精器のできる位置関係には多様性があり、造精器が生卵器の直下にできるもの (直下性 hypogynous)、生卵器と同一の柄に側生するもの (雌雄同菌糸性 monoclinous)、同一の菌体の異なる菌糸にできるもの (雌雄異菌糸性 diclinous) がある[3][11]。エキビョウキン属(ツユカビ目)では、生卵器が造精器を貫通して発達し、生卵器の基部を造精器が取り巻いている状態 (amphigynous) になるものが多い[3](上図6)。また、ヘテロタリックの場合、相手によって雌雄性が切り替わる相対的雌雄性 (relative sexuality) を示すものも知られており、相手が生卵器を形成する場合は造精器を、相手が造精器を形成する場合は生卵器を形成する[1]。また一部の種では、造精器と接着せずに、1個の生卵器の中で2個の単相核が合体することや、減数分裂せずに複相の核をもとに卵胞子が形成されることがある[1]。
生卵器内での卵形成様式には多様性があり、ミズカビ亜綱では遠心的に、ツユカビ亜綱では求心的に卵が形成される[3]。またツユカビ亜綱では、周辺の細胞質が卵にならずに取り残されて周辺細胞質 (periplasm) となり、卵胞子の細胞壁形成などに寄与する[3]。
卵胞子内にはooplastとよばれる大きな液胞(マイコラミナリンやリン酸を含む)が存在し、また周縁部には脂質顆粒(油滴)が存在する[1][3]。このooplastと油滴の配置様式に基づいて下記のようにいくつかの型に分けられており、分類形質として用いられている[1][3][12]。
卵胞子は厚くふつう多層の細胞壁に囲まれており、また突起などで装飾されていることもある[3]。卵胞子の細胞壁内層はendospore、外層はepisporeとよばれる[1]。卵胞子は耐久構造となり、ふつう休眠ののちに発芽して発芽管を伸ばす。ふつう発芽管の先端に遊走子嚢を形成するが、直接菌糸を伸ばすことや、卵胞子内で遊走子が形成されることもある[3]。
卵菌は海や淡水、陸上に広く分布する[1][3]。栄養様式としては、腐生性のものと寄生性のものがいる。
腐生性の種は、植物遺体や動物遺体を分解する[3][4](下図7a, b)。淡水域には、ミズカビ目の腐生性の種が極めてふつうに見られる[3]。一般的に、このような卵菌は湖沼の沿岸域に多く、四季がある地域では春と秋にピークがある[3]。また海の沿岸域でも、Halophytophthora や Salisapilia(ツユカビ目)が、マングローブ林や塩性湿地の植物質の初期分解に重要な役割を担っている[3]。
カップに水サンプルまたは水と土壌サンプルや水中の枯れ枝などを入れ、これに基質となるアサの実やハエの死骸などを加えておくことによって、数日で腐生性の卵菌、特にミズカビ科の菌糸が見られるようになる(このような手法は釣菌法(ちょうきんほう)とよばれる)[1][13]。
卵菌の多くは好気性であるが、フシミズカビ目やオオギミズカビ目、ツユカビ目の中には、嫌気的水域で有機酸発酵などによって生育する通性嫌気性のものも知られている[1][3]。
寄生性の種の中には、宿主の一部を殺して分解・吸収する殺生栄養性のものと、宿主を生かした状態で栄養を吸収する活物栄養性のものがある[1][2][3][4]。腐生性と殺生栄養性の間は連続的であり、条件によって変わるものもいる[1][2]。このような条件的寄生性卵菌の中には、Aphanomyces(ミズカビ目)、フハイカビ属(Pythium)、エキビョウキン属(Phytophthora)(ツユカビ目)など土壌生態系において分解者としても重要な存在もいる[3]。活物栄養性の種は、ふつう絶対寄生性(寄生しなければ生きられない)である[1]。
寄生性の種は、陸上植物に寄生するものが多く知られており、組織の細胞間に菌糸を伸ばしている[3][4](上図2c, 下図7c, d)。宿主はふつう草本性の被子植物であるが、木本に寄生する種もいる[3]。また、宿主特異性が比較的高いものが多いが、様々な植物に寄生する宿主範囲が広いもの(フハイカビ属など)もいる[3]。
陸上植物以外にも、他の卵菌や菌類、海藻(紅藻、緑藻、褐藻)、微細藻(珪藻、接合藻など)に寄生する卵菌も多く知られている[3][14][15][16][17][18][19][20][21][22]。これらの多くは全実性(細胞全体が遊走子嚢になる)であり、宿主細胞内で生育する。
卵菌の中には動物に寄生するものもおり、宿主として甲殻類、昆虫、線虫、ワムシなどが知られている[1][3]。Haptoglossa(ハプトグロッサ目)では、遊走子がシスト化し、銃細胞 (gun cell) とよばれる特殊な細胞となり、線虫に触れると銃弾状の構造を撃ち込み、これを通って原形質が線虫内に侵入する[3]。
植物寄生性の卵菌の中には農作物など有用植物に寄生して被害を与える種が多く(下図8)、代表的なものを下表1に示した。ジャガイモエキビョウキン(Phytophthora infestans; ツユカビ目)はジャガイモに寄生し、大きな被害を与えることがある(下図8a)。特に19世紀半ば(1845–1847)にジャガイモを主食としていたアイルランドで大飢饉(ジャガイモ飢饉)を引き起こし、大量の餓死者と北米への移民を生み出したため、1841年から1851年の間にアイルランドの人口は162万人も減少した[23]。また、19世紀のヨーロッパでは、北米から侵入したブドウべと病菌(Plasmopara viticola; ツユカビ目)によってブドウ栽培に大きな被害が生じた[24](下図8b)。その対策として、硫酸銅、生石灰、水の混合液であるボルドー液が使われた[1]。1990年代には、米国カリフォルニア州のマテバシイ属やコナラ属の森林において Phytophthora ramorum によるブナ科樹木の急激な枯死 (オーク突然死 Sudden Oak Death) が起こり、大きな被害が生じた[25][26](下図8c)。また、オーストラリアには Phytophthora cinnamomi が侵入し、森林生態系に多大な損害を与えている[26]。
目 | 科 | 属 | 病例 |
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ミズカビ目 | ベルカルブス科 | Aphanomyces | ハクサイ根くびれ病、テンサイ黒根病、ホウレンソウ根腐病など |
シロサビキン目 | シロサビキン科 | シロサビキン属 Albugo | ダイコン白さび病、ハクサイ白さび病、ワサビ白さび病、サツマイモ白さび病など |
ツユカビ目 | フハイカビ科 | フハイカビ属 Pythium | イネ苗立枯病、トウモロコシ根腐病、ムギ類褐色雪腐病、シバピシウム病、チューリップピシウム葉枯病、ホウレンソウ立枯病、キャベツピシウム腐敗病、スイカ綿腐病、トマト根腐病、サツマイモ白腐病、ニンジンしみ腐病など |
Globisporangium | イネ苗立枯病、ムギ類褐色雪腐病、ホウレンソウ立枯病、テンサイ苗立枯病、キャベツ苗立枯病、ブロッコリーピシウム腐敗病、レタスピシウム萎凋病など | ||
ツユカビ科 | Phytopythium | ブロッコリーピシウム腐敗病、イチゴピシウム根腐病、キウイフルーツ根腐病、トマト苗立枯病、バジル根腐病、キクピシウム立枯病など | |
エキビョウキン属 Phytophthora | ジャガイモ疫病、キュウリ疫病、レタス疫病、イチゴ疫病、ナシ疫病、ネギ白色疫病、アスパラガス疫病、パイナップル心腐病など | ||
Sclerophthora | イネ黄化萎縮病、コムギ黄化萎縮病、トウモロコシ褐条べと病など | ||
ササラビョウキン属 Sclerospora | アワしらが病など | ||
タンジクツユカビ属 Plasmopara | ブドウべと病、ミツバべと病、ヒマワリべと病など | ||
ラッパツユカビ属 Bremia | シュンギクべと病、レタスべと病など | ||
Hyaloperonospora | ハクサイべと病、キャベツべと病など | ||
Peronosclerospora | トウモロコシべと病、サトウキビしらが病など | ||
ツユカビ属 Peronospora | タマネギべと病、ホウレンソウべと病、ダイズべと病、ソバべと病、タバコべと病、ブロッコリーべと病、バジルべと病など | ||
ニセツユカビ属 Pseudoperonospora | キュウリべと病、ホップべと病、タイマべと病、エノキべと病など |
養殖海藻であるアマノリ(紅藻)に寄生して被害を与える卵菌がいくつか知られており、Pontisma porphyrae (= Olpidiopsis porphyrae) は壺状菌病を[30][14]、Pythium porphyrae はあかぐされ病を[31]、それぞれ引き起こす。
ミズカビ属やワタカビ属、Aphanomyces(ミズカビ目)などの卵菌は、淡水養殖魚(特にサケ)に寄生して大きな被害を与えることがある[1]。また、Pythium flevoense(ツユカビ目)は、アユ仔魚の内臓真菌症を引き起こすことが報告されている[32]。
ザリガニに寄生する北米産の Aphanomyces astaci(ミズカビ目)は抵抗性をもたない他地域のザリガニに水カビ症(ザリガニペストともよばれる)を引き起こし(下図9a)、スウェーデンでは在来ザリガニ個体群の99%が消失したともされる[33]。そのため、この卵菌は国際自然保護連合(IUCN)が定める「世界の侵略的外来種ワースト100」にも選定されている[33]。この卵菌は日本でも確認されており、在来ニホンザリガニへの影響が懸念されている[33]。
フハイカビ属の Pythium insidiosum(ツユカビ目)は、ヒトを含む哺乳類に対する日和見的な寄生菌となり、ピシウム症 (pythiosis) とよばれる皮膚病を引き起こす[13][34](上図9b)。また、Paralagenidium karlingii(ツユカビ目)も、イヌに寄生して皮膚炎 (paralagenidiosis) を引き起こす[3]。
卵菌は吸収栄養性の従属栄養生物であり、またその形態や生活様式は菌類(真菌)とよく似ている。そのため、20世紀後期までは、卵菌は菌類に含められ、菌類の中では、ツボカビ類などとともに藻菌類(子嚢菌・担子菌以外の真菌)や鞭毛菌類(鞭毛細胞をもつ真菌)に分類されることが多かった[4][23][35][36]。しかし、鞭毛細胞の形態や細胞壁組成、リシン合成経路などさまざまな点で、卵菌類は狭義の菌類と異なることが認識されるようになり(下表2)、20世紀末ごろには菌類とは系統的に全く異なる生物群であると考えられるようになった[1][4][36][37]。卵菌の鞭毛細胞や一部の生化学的な特徴は、不等毛藻(褐藻や珪藻)やラビリンチュラ類、一部の原生動物と共通しており、これらが単系統群を構成していると考えられるようになり、この生物群に対してストラメノパイル (stramenopiles; 不等毛類) の名が提唱された[38]。その直後ころから分子系統学的研究が一般的となり、卵菌とこれらの生物との近縁性、ストラメノパイルの存在が支持された[1][36][37]。2023年現在では、卵菌はストラメノパイルの一群として認識されている。卵菌と菌類の間に見られるさまざまな類似点(菌糸など)は、類似した生き方をするため起こった収斂進化の結果であると考えられている[1]。
分子系統学的研究から、ストラメノパイルの中で、卵菌はサカゲツボカビ類の姉妹群であることが示唆されている[40][41]。また、珪藻細胞内に侵入する捕食者であるピルソニア類や、自由生活性鞭毛虫であるデヴェロパイエラ類が、卵菌類+サカゲツボカビ類に近縁であることが示唆されている[41]。分類学的には、しばしばこれらを合わせて偽菌門 (Pseudofungi) に分類する[41][42]。ストラメノパイル内において、偽菌門の姉妹群は、不等毛藻(オクロ植物門)であると考えられている[41]。ストラメノパイルの中で菌類的な生物群として、他にラビリンチュラ類があるが(ラビリンチュラ類のうちヤブレツボカビ類とよばれる一群は、古くは卵菌に分類されていた[35])、ストラメノパイルの中でラビリンチュラ類はより初期に分岐しており、卵菌類と近縁ではない[3]。ストラメノパイルの共通祖先が紅藻との二次共生由来の葉緑体をもっており、偽菌類やラビリンチュラ類などの祖先で二次的に葉緑体・光合成能を失ったとする仮説(クロムアルベオラータ仮説)もあるが[43]、これを積極的に支持する証拠は見つかっていない[44]。
卵菌は比較的大きなグループであり、2020年現在でおよそ100属1,700種ほどが知られている[17]。卵菌類は比較的古くから1つの綱、卵菌綱 (Oomycetes) にまとめられていた[23][35]。また、同じ範囲の生物群に対して、ツユカビ綱 (Peronosporomycetes) の名も提唱されている[2]。ただし、卵菌を1つの門、卵菌門 (Oomycota) として扱い、その一部のみに対してツユカビ綱の名を用いることもある[2][3](下記参照)。
菌体の体制や無性生殖様式、有性生殖様式、さらに20世紀末以降は分子形質に基づいて分類され、2023年現在では12目程度に分けられることが多い[3][17](下表3)。系統的には、これらの目は、多数の初期分岐群と2つの大きなグループ、ミズカビ群とツユカビ群に分けられる[2][3](下図10)。初期分岐群(basal oomycetes)はユーリカスマ目やフクロカビモドキ目など全て微細な内部寄生性種であり、特に2020年ごろから詳細に研究され多数知られるようになった[3]。ミズカビ群はフシミズカビ目(ときにアトキンシエラ目を分ける)とミズカビ目を、ツユカビ群はオオギミズカビ目、シロサビキン目、ツユカビ目を含む[3][17]。この2つの群は亜綱(ミズカビ亜綱、ツユカビ亜綱)に分類されることもあるが、卵菌類を門とし、この2群を綱(ミズカビ綱、ツユカビ綱(狭義))として扱うこともある[2][3]。ただし、これらの場合の初期分岐群の分類学的扱い(おそらく複数の亜綱または綱に分割する必要がある)は提唱されていない。ミズカビ群とツユカビ群は単系統群を形成すると考えられており、この単系統群は core oomycetes とよばれる[2][3]。
卵菌の初期分岐群の特徴から、卵菌の原始形質は海産で単純な全実性、内部寄生性であると考えられており、このような状態から、core oomycetes の共通祖先において淡水・陸上への進出、発達した菌糸体や腐生性の獲得が起こったとも考えられている[3]。ただし、core oomycetes の中にも海産、全実性、内部寄生性の種は存在し、このような方向への進化および逆方向への進化が何度も独立に起こったことが示唆されている[3]。また、有性生殖における配偶子嚢・配偶子の雌雄分化も core oomycetes に限られているが、同型配偶子嚢接合の種も知られており、このような雌雄分化はミズカビ群とツユカビ群で独立に起こった可能性も示唆されている[3]。ツユカビ群の中では、陸上植物絶対寄生性への進化が、シロサビキン目とツユカビ目において独立に起こったと考えられている[3]。
ツユカビ目は、植物絶対寄生性のツユカビ目(狭義)と腐生能をもつフハイカビ目に分けることもある[42][39]。しかし分子系統学的研究によって両群は連続的て明瞭に分けられないことが示されており、2023年現在ではふつうツユカビ目(広義)にまとめられている[3]。また、ツユカビ目の中でツユカビ科とフハイカビ科に分けられているが、分子系統学的研究に基づいて、後者から前者へ移された例(エキビョウキン属 Phytophthora など)も多い[3]。
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10. 卵菌綱の系統仮説の一例[3][15][16][17][45][46] |
表3. 卵菌の属までの分類体系の一例[4][47][35][42][48][49][50][17][15][46]
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卵菌類と考えられる化石は、古生代デボン紀前期のライニーチャートから報告されている[3]。また、石炭紀の地層からは、リンボク(小葉植物)やシダ植物、裸子植物に寄生していた可能性がある卵菌の卵胞子や生卵器の化石が報告されている[3][51][52][53]。また、白亜紀の琥珀からも卵菌類と考えられる構造が見つかっている[54]。
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