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丸橋祐介
日本のサッカー選手 ウィキペディアから
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丸橋 祐介(まるはし ゆうすけ、1990年9月2日 - )は、大阪府大阪市住之江区出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(左サイドバック)、ミッドフィールダー。
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来歴
小3の時に「南港サクラFC」に入団し、後に大阪市の選抜チーム的存在であった「大阪市ジュネッスFC」にも入団。6年次にはキャプテンにもなる。2003年からセレッソ大阪の下部組織でプレーし、2009年に山口蛍とともにトップチームへ昇格。1年目は同ポジションに石神直哉、尾亦弘友希がいたため、出場機会は無かった。
セレッソがJ1復帰を果たした2010年シーズンはW杯中断明け後に台頭。石神、尾亦を抑えて、左サイドバックのレギュラーとして活躍した。左足での正確なキックを武器に[1]、セットプレーのキッカーも務めている[2]。2010年のシーズン終了後には、アジアサッカー連盟に提出するAFCアジアカップ2011の日本代表予備登録メンバー50名にも選ばれた[3]。
2017年4月8日、第6節の鹿島アントラーズ戦でJ1通算150試合出場を果たした。5月10日、ルヴァンカップのアルビレックス新潟戦では今季初得点を決めて、プレーオフ圏内の3位以内確定に貢献した。2017年シーズンのリーグ戦では累積警告による1試合の出場停止を除く33試合に出場し、リーグ2位タイの10アシストを記録した[4]。
2018年、チームはカウンターからボール保持を志向したことで、得点が減少、フリーキックで6得点を決めた丸橋が、チーム内得点王だった。
2020年、パンデミックによってJリーグは5か月の中断、迎えた7月4日、感染防止で初の無観客試合であり、再開後初の試合だった第2節のガンバ大阪戦では、1得点1アシストで全得点に直接的に絡んで2-1の勝利に貢献した[5]。
2021年、6アシストでチーム内アシスト王だった[6]。
2022年、10年以上にわたって左サイドバックの地位を確立し続けていたが、序盤戦から精彩を欠く場面が散見され、新加入の山中亮輔が活躍したことでレギュラーの座を明け渡すことになった。以前より左膝に違和感があった事が発表され、手術を行い左膝骨軟骨損傷で全治6ヶ月となってチームから離れた。自身初の長期離脱となった[7]。その後は全試合でメンバー外となった。
2023年より、セレッソ大阪の提携クラブであるBGパトゥム・ユナイテッドFCからオファーを受けて期限付き移籍[8]。
2023年、出場は無かった。来季の構想外となり、アカデミーから約20年在籍したセレッソ大阪を契約満了となった[9]。
2025年1月21日、2024シーズンをもって現役引退した。
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所属クラブ
- 2000年 - 2002年 大阪市ジュネッスFC
- 2003年 - 2005年 セレッソ大阪U-15(大阪市立南港南中学校)
- 2006年 - 2008年 セレッソ大阪U-18(清明学院高等学校)
- 2009年 - 2023年
セレッソ大阪
- 2023年 - 同年5月
BGパトゥム・ユナイテッドFC(期限付き移籍)
- 2023年 - 同年5月
- 2024年
サガン鳥栖
個人成績
その他の公式戦
- 2015年
- J1昇格プレーオフ 2試合0得点
- 2016年
- J1昇格プレーオフ 2試合0得点
- 2018年
- FUJI XEROX SUPER CUP 1試合0得点
代表歴
- 2005年 U-15日本代表
- 2011年 U-22日本代表
- 2011年 日本代表候補
- AFCアジアカップ2011予備登録メンバー
タイトル
クラブ
- セレッソ大阪
- Jリーグカップ:1回(2017年)
- 天皇杯:1回(2017年)
- FUJI XEROX SUPER CUP:1回(2018年)
脚注
関連項目
外部リンク
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