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大日本帝国陸軍の師団のひとつ ウィキペディアから
第7師団(だいしちしだん)は大日本帝国陸軍の師団の一つ。北海道に置かれた常備師団として北辺の守りを担う重要師団であり、北海道民は畏敬の念を多分に含め、「北鎮部隊」と呼んでいた。
鎮台を母体に編成された道外の常設師団とは異なり、第7師団は1885年(明治18年)に北海道の開拓と防衛を兼ねて設置された屯田兵を母体とし1896年(明治29年)5月12日に編成された。補充担任は旭川師管区で、北海道内を旭川連隊区・札幌連隊区・函館連隊区・釧路連隊区と4つに分けて徴募に当たり、北海道の兵士で構成される建前であるが、北海道は人口が希薄であったために1万人の兵力は捻出できず、実際には東北地方出身の兵も加えられた。
もとは4個歩兵連隊を基幹戦力とした4単位師団であったが、1940年(昭和15年)に編制が改正され、歩兵第25連隊(札幌)を樺太混成旅団に転出して3単位師団となった。
1896年1月、渡島・後志・胆振・石狩の4ヵ国に徴兵令が施かれて、仮の司令部が札幌の屯田兵本部に置かれ、屯田兵司令官であった永山武四郎将軍が初代師団長に補せられる[1]。 この際に明治天皇が第七師団を「だい"しち"しだん」と読んだとされることから、師団名は「だい"なな"しだん」ではなく「だい"しち"しだん」と読むのが正式とされるようになった[2]。
1898年1月からは全道11ヵ国に徴兵令が施かれた。もともと北海道の中央、上川地域に師団司令部を置き、ここに大兵団を設けて北方警備の中心地とする計画であったため、7月16日の鉄道開通後の1899年、敷地を買収、6月から兵舎その他の工事を始める[1]。
1901年10月30日、師団司令部、師団監督部、旭川陸軍糧飼部、旭川陸軍経営部が、上川郡鷹栖村大字近文歩兵第28連隊兵舎に移転[3]。1902年10月21日、師団司令部は鷹栖村大字近文の新築庁舎に移転した[4]。(現在の旭川駐屯地の近く、春光4条7丁目)同年10月25日、師団法官部、札幌衛戍監獄が鷹栖村大字近文の新築庁舎に移転[5]。
1904年(明治37年)、日露戦争に出征し、旅順攻略戦・奉天会戦に参加する。1909年(明治42年)、当時の旭川町(現・旭川市)との間で軍人に対する町税の課税を巡る対立が表面化し、師団が町からの分離独立を主張する問題が発生するが(いわゆる「近文衛戍地分離独立問題」)、翌年に両者の間で8項目の協定書が交わされ分離独立は回避された(この協定書に基づき常磐公園が整備された)[6]。
1917年(大正6年)から2年間は満洲に駐屯し、シベリア出兵に参加。1918年6月6日、兵器部が事務を開始[7]。1919年5月5日、師団司令部が旭川区に帰還した[8]。1934年(昭和9年)と1936年(昭和11年)にも満州に派遣された。
その後も1938年(昭和13年)2月に関東軍の指揮下に入り満洲に派遣され、7月に張鼓峰事件が起きて出動するが、これは師団の交戦前に終結した。1939年(昭和14年)のノモンハン事件では、6月に師団の一部が第23師団に配属されて出動しソ連軍と交戦、師団主力も増援部隊として9月までに逐次動員された。圧倒的なソ連軍機甲部隊に対し、ガソリン瓶で抵抗した須見新一郎連隊長率いる歩兵第26連隊の奮戦ぶりは語り草となっている。しかし、第7師団は北辺の守りを担う重要師団であり、翌1940年(昭和15年)に北海道に帰還した。その後は1942年(昭和17年)に一木支隊を編成しミッドウェー島からガダルカナル島に派遣し、また北海支隊を編成してアリューシャン列島のアッツ島へ派遣したものの[注 1][注 2]、師団本体は1940年(昭和15年)8月に天皇直属隷下[注 3]に置かれ以後、「動かざる師団」として北海道に在り続けた。
1944年(昭和19年)2月には留守第7師団を基幹に第77師団が新設され、2月18日、第5方面軍結成されたときに第5方面軍に編入された[9]。3月には師団司令部を帯広に移駐して道東方面の防衛に専念することになった。これに伴い、歩兵第26連隊を帯広、歩兵第27連隊を釧路、歩兵第28連隊を北見に配置し、計根別平野(現中標津町)を決戦地として定め、海岸陣地やトーチカの構築に専念するものの、予期された連合軍の襲来が無いまま、第二次世界大戦の終戦を迎えた、司令部は1945年9月22日帯広にて復員[10]。師団が設営したトーチカが今もなお根室、釧路、十勝の海岸線に残されている。
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