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パレード(parade)とは、祭事や祝い事・イベント時等に、見物人に見せるために屋外を行列で進むこと、またはその行列のことである。
徒歩の場合と、乗り物(自動車、フロート、馬、艦船など)に乗る場合とがある。自動車の場合は一般にオープンカーやオープントップバスを用いる。 しばしば、楽隊を従えて賑やかにし、また、伝統的な民族衣装や、催し物の内容に沿った特定のコスチュームを身に着けるなどの仮装を伴うことが多い。 同性愛者などによるプライド・パレードなど、なんらかの主張を掲げての行進であることもあるが[注 1]、主張を叫ぶことが主な目的ではない。主張の伝達が主たる目的の時には、パレードではなくデモ行進と呼ばれる。
テーマパークの中などで一種のショー・アトラクション的に行われるものと、御堂筋パレードやひろしまフラワーフェスティバル、優勝祝賀パレードなどのように公道を通行止めにして行われるものの、2種類に大別される。前者では東京ディズニーランドの「東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード・ドリームライツ」、伏見テクニカルセンターの「バイクパレード」、パルケエスパーニャの「エスパーニャカーニバル」などが有名。 観兵式・閲兵式もパレードの一種である。
歴史家マリー・P・ライアン(英語: Mary P. Ryan)は、パレードという行列による祝祭形態が初めて出現したのは19世紀初頭のアメリカ合衆国であり、その端緒となったのが1820年代に行われたエリー運河開通記念祭のパレードであると主張し、政治文化の研究分野に大きな影響を与えた[1]。当時のアメリカは国民国家の生成期であり、市民による政治参加を促し、パレードへの参加という共通体験を通じて市民の帰属意識やイデオロギーを強化する目的で企画されたと見られている[1]。こうした「アメリカ的なもの」を具現化するためのパレードは、20世紀後半まで盛んに行われている。
世界の王室・皇室では結婚式や即位などの慶事にしばしばパレードが行われ、国民から祝福を受ける(ウィリアム王子とキャサリン・ミドルトンの婚礼、皇太子徳仁親王と小和田雅子の結婚の儀など参照)。日本では、明仁天皇や徳仁天皇の即位の礼におけるパレードが、祝賀御列の儀(しゅくがおんれつのぎ)の名で国事行為として行われた[2]。
第二次世界大戦後の皇室の慶事のパレードは、1959年4月10日、皇太子明仁と皇太子妃美智子との結婚、皇居から渋谷常磐松の東宮仮御所まで、約8.8km、約53万人の人出、 1990年11月12日、天皇明仁の即位、皇居から赤坂御所まで、約4.7km、約11万7000人の人出、 1993年6月9日、皇太子徳仁と皇太子妃雅子との結婚、皇居から東宮仮御所まで、約4.2km、約19万人の人出、 2019年11月10日、天皇徳仁の即位、皇居から赤坂御所まで、約4.6km、約11万9000人の人出のあわせて4回あった[3]。
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