ダー・アレン・ロビンソン英語: Dar Allen Robinson, 1947年3月26日 - 1986年11月21日)は、アメリカ合衆国スタントマン俳優。19もの世界記録を打ち破り、21もの「世界初」を成し遂げたことでも知られる[1]

概要 ダー・ロビンソン, 生誕 ...
ダー・ロビンソン
生誕 ダー・アレン・ロビンソン
(1947-03-26) 1947年3月26日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州ロサンゼルス
死没 1986年11月21日(1986-11-21)(39歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 アリゾナ州ペイジ
職業 スタントマン
活動期間 1973年 - 1986年
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来歴

カリフォルニア州ロサンゼルス出身。父ジェス・ウェストン・ロビンソンは国内で一世を風靡した「トランポリン・ブーム」の火付け役であったが、ダー自身も9歳の時にトランポリンで異能を発揮し、『ライフ』誌の表紙を飾る。

初の主だったスタントは映画『パピヨン』(1973年)で、スティーブ・マックイーンの代わりに、崖から100フィート(30メートル)下の川まで飛び込むというものであった[2]。同年、クリント・イーストウッド主演映画『ダーティハリー2』でもカースタントで出演を果たす。1979年にはヘリコプターから命綱を使わず、311フィート(95メートル)下のエアバッグにまで飛び降り、世界記録を樹立した[3][4]

映画『シャーキーズ・マシーン』でアトランタウェスティン・ピーチトゥリー・プラザホテルから行った220フィート(67メートル)のスタントは、商業映画で建物から行った命綱を使わないスタントとしては、最高記録としていまだ破られていない。しかし、記録を打ち立てた落下であるにもかかわらず、ダミーの使用が確認されている(スタントの最初の瞬間のみ映画で使用)[5]

1979年の映画『ハイポイント』でクリストファー・プラマースタントダブルを演じ、カナダトロントにある当時世界最高の自立式建築物であったCNタワーの屋根から、命綱を使わず700フィート(213メートル)下に落下した。ドキュメンタリー番組『世界で最も壮観なスタントマン』でも、同じくCNタワーから命綱を使って世界記録のジャンプを決行することとなる。しかし、本人の体重に相当する水を入れた袋を使った最初の試行では、命綱が切れ地上に激突した。結局強風と悪天候のため、1980年8月12日まで延期を余儀無くされるが、高さ1200フィート(366メートル)を超えるタワーの頂上から、地上すれすれのところまでの飛び降りに成功を果たした。なお、このスタントにより、1回のスタントで支払われた報酬としては世界最高額を記録し、1988年ギネス世界記録に登録された。1995年にはアカデミー賞も受賞している[6]

スタントは常に綿密な計画が練られており、19年間のスタントで骨折したことは一度としてなかった。しかし1986年11月21日、映画『おかしなおかしな成金大作戦』の撮影現場で主なスタントが終了後、オートバイで崖から転落死した。死後の1988年に生涯を綴ったドキュメンタリー『究極のスタントマン・ダー・ロビンソンに捧げる』が製作された[7]

出演した最後の3作品である『超高性能兵器サイクロン』、『リーサル・ウェポン』および『おかしなおかしな成金大作戦』には献辞が挿入されている他、『リーサル・ウェポン』のクレジットの最後で、リチャード・ドナーが「この映画は映画界で最も偉大なるスタントマン、ダー・ロビンソンの記憶に捧げられている」との文言を執筆した。

家族

妻のリンダと子息のランドンの他、離婚歴がありトロイとショーンの2子の連れ子がいる[8]

脚注

外部リンク

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