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シカ・アノアイ(Leati "Sika" Anoa'i、1945年4月5日 - 2024年6月25日[1])は、アメリカ合衆国のプロレスラー。アメリカ領の東サモア諸島出身。
アノアイ・ファミリーの総帥である兄のアファ・アノアイとのタッグチーム、ワイルド・サモアンズ(The Wild Samoans)での活動で知られる[2]。ロージーことマット・アノアイと、ロマン・レインズことジョー・アノアイの父親である[2]。
兄アファ・アノアイに続いて1970年代前半にデビューし、スチュ・ハートの主宰するカナダ・カルガリーのスタンピード・レスリングにてザ・サモアンズを結成。以降アファと共に1973年から1984年にかけて、ジ・アイランダーズおよびワイルド・サモアンズの名義でデトロイト、アラバマ、テネシー、ルイジアナ、ジョージア、ニューヨークなど全米の主要テリトリーを転戦、各地のタッグ王座を再三獲得した。日本には、国際プロレスに3回、新日本プロレスに2回来日している[3]。
シングルでは1980年3月24日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンにおいてボブ・バックランドのWWFヘビー級王座に挑戦[5]。1985年にアファとのフルタイムのチームを解散し、1986年から1988年までヒールのシングル・プレイヤーとしてWWFで活動[1]。初期はキング・イヤウケア、後にミスター・フジをマネージャーに、カマラとも野獣コンビを結成した[6]。1988年3月27日のレッスルマニアIVでは、オープニング・アクトのバトルロイヤルに出場している[7]。1980年代末にはアラバマのCWFにて、ヨコズナこと甥のグレート・コキーナともタッグを組んだ。
引退後はフロリダ州ペンサコーラのインディー団体 "XW2000" の運営に携わっていた。2007年にはアファと共にWWE殿堂に迎えられた[8]。
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