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スペースデブリの危険性を説明するシミュレーションモデル、ドナルド・J・ケスラーが提唱 ウィキペディアから
ケスラーシンドローム(Kessler Syndrome)は、スペースデブリの危険性を端的に説明するシミュレーションモデル。提唱者の一人であるアメリカ航空宇宙局(NASA)のドナルド・J・ケスラー にちなんでこう呼ばれるようになった。
スペースデブリが互いに、あるいは人工衛星などに衝突すると、それにより新たなデブリが生じる。 デブリの空間密度がある臨界値を超えると、衝突によって生成されたデブリが連鎖的に次の衝突を起こすことで、デブリが自己増殖するような状態が存在するかもしれない。 ケスラーシンドロームはこの状態の生起を許す、スペースデブリの挙動を定式化したモデルのうちの幾つかが示すシミュレーション結果の一つ。
デブリ同士の衝突によって加速度的にデブリが増えるという現象はケスラーによって1970年代から提唱されていたが[1]、ケスラー自身はこの現象を "collisional cascading"[2]もしくは "runaway"[3]と表現している。また、他の研究者も "a self sustained chain reaction"[4]、"runaway growth"[5]などと呼び、ケスラーシンドロームという言葉は使っていない。ケスラーシンドロームという言葉が使われた比較的古い非技術文書には、1997年の八坂哲雄の『宇宙のゴミ問題』[6]があり、技術文書では2001年の第3回欧州デブリ会議の会議紀要で五家建夫らが使用した例がある[7]。 2007年にはいると、一般向けニュース記事でも紹介するものが現れるようになり[8]、デブリの危険性を主張し始めた。
軌道物体が空間に一様に分布していると仮定した場合、軌道物体が大気抵抗によって大気圏に落下突入して消滅する頻度は、軌道物体の空間密度に比例する。一方、軌道物体が衝突する確率は、軌道物体の空間密度の 2 乗に比例する[4]。そのため、衝突によって新たなデブリが生成するならば、軌道物体の密度がある一定の臨界密度を超えると、デブリの生成速度は消滅速度を上回る。
現実的にケスラーシンドロームが発生するかどうかを考えるには、以下のようなデブリの生成要因と消滅要因を考慮する必要がある[9]。
1991年にケスラーは、生成要因として衝突による爆散、消滅要因として大気抵抗を考慮して臨界密度を計算した[2]。 この結果、約十数年に一度、低軌道(高度約 1400 km 以下)のどこかで人工衛星とデブリが衝突する程度の密度で、デブリの生成速度は消滅速度を上回ることを示した。また、同時に高度 1000 km 近傍と 1500 km 近傍では、新たなデブリの生成速度はすでにデブリの自然な消滅速度を超えているとの計算結果を得た。
小惑星帯は、木星の近傍で成長しつつあった微惑星が、衝突によって次々に破砕されて形成されたというモデルがある[10]。ケスラーは衝突によるデブリの急速な増加を小惑星帯の形成になぞらえ、このままでは「デブリ帯」ができてしまうと警告した[11]。小惑星帯の形成は数千万年から数億年かかったとされているが、ケスラーシンドロームでは数十年から数百年で急速にデブリの数密度が上昇すると考えられている。
1980年代後半、国際宇宙ステーションの計画において、スペースデブリが大きな脅威になりうることが明らかになったため、この時期にデブリに関する研究は大きく前進した[6]。この結果、多くのデブリ環境の予測シミュレーションが行われ、多くの研究者が高度1,000km近傍ですでにケスラーシンドロームが始まりつつあるという結果を得た(年表参照)。高度 1,000 km で始まる理由は、観測に適した太陽同期軌道の高度に対応しており、もともと人工衛星の密度が高く、また軌道寿命も数百年と長いためである。
軌道高度 | 0.1 – 1.0 cm | 1.0 – 10 cm | > 10 cm |
---|---|---|---|
500 km | 10 – 100 年 | 3,500 – 7,000 年 | 150,000 年 |
1,000 km | 3 – 30 年 | 700 – 1,400 年 | 20,000 年 |
1,500 km | 7 – 70 年 | 1,000 – 2,000 年 | 30,000 年 |
低軌道においては、衝突によるデブリの急速な増加が始まりつつあることは、多くの研究者が同意している。一方で静止軌道(高度約 35,800 km)における状況の認識については、観測の困難さも手伝い、意見が分かれている。
1994年、NTT電気通信研究所の八坂哲雄は、ケスラーシンドロームによる急速なデブリの増加により、今後 200 年で静止軌道の 100 個の衛星が爆散するという計算結果を示し、墓場軌道への移動を徹底し、爆発の確率を 1/100 以下にする必要があると主張した[20]。
一方で、1995年のアメリカ国家科学技術会議の報告書では、静止軌道における平均的な軌道物体の密度は低軌道の 1/100 から 1/1000 であり、さらに平均的な相対速度が小さいことから、短期間においては低軌道に比べて衝突の危険性は低いという認識を示している[15]。
また、1997年、ダレン・マックナイトは観測手段の欠如、静止軌道特有の衛星軌道、ならびに低い衝突確率のために、静止軌道におけるデブリの密度を計算することは困難であると述べている[21]。
2002年、九州大学の花田俊也と八坂哲雄は静止軌道におけるデブリ環境のモデルを更新し、墓場軌道へ移動しない場合、今後 100 年間で 40 個の衛星が爆発し、衝突が 1 回程度起こると予測した[22]。
NASA は1980年代後半から1990年代前半にかけて以下のような衝突実験を行っている。
これらの一連の衝突実験の結果を用いて作成された NASA の EVOLVE 爆散モデル[24]は21世紀初頭において最も信頼のおけるものとされており、類似のモデルが同じく NASA の LEGEND[注 2][25]やイタリア学術会議の SDM/STAT[注 3][13]、九州大学のGEODEEM(GEO Orbital Debris Environment Evolution Model)[22]などで採用されている。
すべての高度において、あらゆる大きさのデブリを観測することは不可能なので、現状のデブリ環境はシミュレーションを用いて計算される。 そのため、デブリを観測すること自体が、デブリ環境のシミュレーションに対する検証になる。
1995年、エアロスペース・コーポレーションのM.J.メシシュネクが記した報告書の中で、1991年のケスラーの論文に対して批判を行っている。 [26] 報告書の中で、ケスラーのモデルの欠点として、以下のものを挙げている。
以上の考察と、長期暴露装置(LDEF; Long Duration Exposure Facility)によるデブリの衝突頻度を調べた実験結果と比較して、衝突の方向依存性が正しく表されていないと評価している。 一方で長期間の平均的な振る舞いは適当であると評価しており、ケスラーシンドロームの存在は否定していない。
1997年、欧州宇宙機関のR.ジェーンとその共同研究者のA.ナザレンコ、C.イーリンガー、R.ウォルカーは、欧州宇宙機関で開発された MASTER[注 4]、NASA で開発された ORDEM96[注 5]、同じく NASA で開発された EVOLVE、イギリス国防研究所で開発された IDES 1996[注 6]、イタリア学術会議で開発された SDM/STAT[注 3]、もともとドイツのブラウンシュヴァイク工科大学で開発された CHAIN を拡張した CHAINEE のそれぞれのデブリ計算モデルを用いて、その性能を比較した[12]。 具体的には1997年1月1日まで 1 cm のデブリ数を予測させ、その値とヘイスタックのレーダーを用いて 1 cm のデブリの流量を調べ、その値を比較した。 結果的に ORDEM96 がもっとも良い成績を残したが、これはプログラムの違いよりも初期値の違いによるものが大きかった。
21世紀初頭には毎年何十機もの人工衛星が打ち上げられるため、必然的にデブリの数は増え続けており、カタログに掲載されている軌道物体同士がほぼ毎日のように 1 km 以内をすれ違うまでになっている[27]。
2005年までに、NORAD のカタログに掲載されている軌道物体同士の衝突は 3 例報告されている[27]。
衝突による爆散が全体に占める割合は 2 %弱、衝突によって発生したデブリの個数は全体の 0.1 % にも満たない[17]。
たとえケスラーシンドロームが起こらないとしても、大型のデブリが稼動中の衛星に衝突すれば大変な損害を被るため、地上から観測可能な大きさのデブリはカタログに登録され、地球近傍天体と同様に各国のスペースガードなどによって監視が続けられている。
1997年のオービタル・デブリ・クォータリ・ニュースによれば、NASA以外に軌道上のデブリ環境を研究しているグループが 7 つある[21]。
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