アドナン・ヤヌザイAdnan Januzaj, 1995年2月5日 - )は、ベルギーブリュッセル市出身のサッカー選手。元ベルギー代表UDラス・パルマス所属。ポジションはフォワードミッドフィールダー

概要 アドナン・ヤヌザイ, 名前 ...
アドナン・ヤヌザイ
Thumb
ベルギー代表でのヤヌザイ(2018年)
名前
ラテン文字 Adnan Januzaj[1]
基本情報
国籍 ベルギーの旗 ベルギー
生年月日 (1995-02-05) 1995年2月5日(29歳)
出身地 ブリュッセル市
身長 182cm[2]
体重 75kg
選手情報
在籍チーム スペインの旗 UDラス・パルマス
ポジション FW (WG) / MF
背番号 24
利き足 左足
ユース
2001-2005 ベルギーの旗 ブリュッセル
2005-2011 ベルギーの旗 アンデルレヒト
2011-2013 イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2013-2017 イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド 50 (5)
2015-2016 ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント (loan) 6 (0)
2016-2017 イングランドの旗 サンダーランド (loan) 25 (0)
2017-2022 スペインの旗 レアル・ソシエダ 134 (14)
2022- スペインの旗 セビージャ 10 (0)
2023 トルコの旗 バシャクシェヒル (loan) 11 (2)
2024- スペインの旗 ラス・パルマス (loan)
代表歴2
2014-2022 ベルギーの旗 ベルギー 15 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年8月25日現在。
2. 2022年8月24日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj
閉じる

来歴

生い立ち

家族がコソボアルバニア人アルバニア系コソボ人)であるヤヌザイは、父親のアベディンが、ユーゴスラビア人民軍に徴兵されボスニアでの兵役を余儀なくされることを逃れるために1992年に移住したベルギーブリュッセルで生まれた[3]。コソボにおいて、ヤヌザイ家は、旧ユーゴスラビア時代にはセルビア人による迫害を受けていた。アベディンはコソボイストクで6人兄弟の長男として育ったが、アベディンのおじであるヤヌズはコソボのアルバニア人の権利を求める民族主義活動家で、1992年にアベディンが国外に逃れたときには既に獄中で15年を過ごしていた。その弟のシェムズディンは、コソボ紛争でユーゴスラビア軍およびセルビア人勢力に対して戦った民族主義武装組織、コソボ解放軍のメンバーであった。また、アドナンの母親の家族はイストクでも有数の裕福な家族だったが、ユーゴスラビア当局によるアルバニア人のナショナリズムを抑制するための政策の下、土地を没収され、トルコへの移住を余儀なくされるという経験をしている[3]。2008年にコソボは共和国として独立を宣言し、1990年代に亡命したアベディンやベルギー生まれのアドナンもコソボとの縁を切ることなく、毎年夏にはヤヌザイ家所有の農園で数週間を過ごしており、アドナンは地元の人々とサッカーを楽しんできたという[3]

プロ入り前

ヤヌザイのサッカー選手としてのキャリアはブリュッセルで始まったが、10歳だった2005年にアンデルレヒトに移った[4]。ブリュッセルで行われた技術講習で好印象を与えたヤヌザイは2011年、16歳の時にマンチェスター・ユナイテッドに加入することになった[5]

2012-13シーズン終盤、アレックス・ファーガソンはヤヌザイをトップチームに昇格させ、44番の背番号を与えた。出場機会は与えられなかったが、シーズン最終戦となったウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン戦ではベンチに入った[6]。そのシーズン、下部組織ではU-21の最優秀選手に選出される活躍を見せた[7]

マンチェスター・ユナイテッド

2013-14シーズンはトップチームの一員としてアジアを訪問したプレシーズンツアーに帯同し、ツアー最後の試合となった傑志戦でゴールを挙げた。リオ・ファーディナンドのテスティモニアルマッチとなったセビージャ戦にも出場し、試合は1-3で敗れたが、チームの唯一のゴールをアシストした[8]。公式戦デビューとなったのは2013年8月11日に行われたFAコミュニティ・シールドウィガン・アスレティック戦であり、ロビン・ファン・ペルシと交代で出場した[9]プレミアリーグデビューはそれから1ヶ月後となり、9月14日に行われたクリスタル・パレス戦にアシュリー・ヤングと交代で出場した[10]。10月3日に行われたサンダーランド戦で初めてスターティングメンバーとして出場し、2-1で勝利したその試合で2ゴールを記録した[11]。現行の契約が2014年6月までとなっていたため、他クラブへ安価で移籍することもあり得たが、10月13日にクラブと新たに5年間の契約を結んだ[12]。ユナイテッドでは10試合に出場しただけであったが、12月3日にはBBCヤング・スポーツ・パーソナリティー・オブ・ザ・イヤーの候補にノミネートされた[13]

9月にUEFAチャンピオンズリーグのメンバーを登録した際にヤヌザイが漏れたため[14]、メディアには少なからず驚きを持って受け取られた[15]デイヴィッド・モイーズ監督はチームの戦略上の決定であったと後に説明したが、ヤヌザイは2013-14シーズンのBリストへの登録規定(1992年1月以降に生まれ、最低2年以上クラブに所属していること)の要件を満たしておらず[15]、10月7日に規定を満たし登録が可能となったが、これはバイエル・レバークーゼン戦とシャフタール・ドネツク戦の2試合に起用できないことを意味していた[14]。しかし、起用が可能となったその後のレアル・ソシエダ戦とレバークーゼン戦の2試合でも起用されることはなく、チャンピオンズリーグでのデビューは12月10日に行われたシャフタール戦まで持ち越されることとなった[16]

トップチームでの最初のシーズンが半ばを迎えると、ヤヌザイはダイブ癖を指摘されるようになった。最初にイエローカードを提示されたのは10月のサンダーランド戦であり[17][18]、12月のウェストハム・ユナイテッド戦ではジェームズ・コリンズと接触がないにも関わらず倒れ、ダイブで2枚目のイエローカードを受けた[17]。2014年1月に行われたトッテナム・ホットスパー戦ではシーズン3枚目のイエローカードを受け、2008年にプレミアリーグがシミュレーションにカードを提示するようになってから2番目に多くカードを提示された選手となった[17]。しかし、この試合でのダニー・ローズは初めからボールに向かう意思がなかったため、簡単に倒れすぎるという意見がある一方で、今回はイエローカードを受けるべきではなかったという意見もあった[19]。モイーズもヤヌザイのシミュレーションについて認めたが、ウイングの選手を危険なタックルから守るよう審判団たちに求めた[20][21][22][23][24]

2014-15シーズンからの背番号はライアン・ギグスが21年間着けていた11番を受け継いだ[25]ルイ・ファン・ハール新監督のもとプレーしたが、アンヘル・ディ・マリアフアン・マタら厚い選手層に阻まれレギュラーに定着とはならなかった。

ドルトムント

Thumb
2015-16シーズンのプレシーズンマッチでプレイするヤヌザイ

2015年8月31日、ドルトムントにレンタル移籍した[26]。トップチームデビュー時にポジションを争った香川真司と再び出場機会を争うことになった。背番号は9番。しかし、ヘンリク・ムヒタリアンマルコ・ロイスといった選手が主力になってベンチで温める日々が続いたため、2016-17シーズンからマンチェスター・ユナイテッドに復帰することが決定した。

サンダーランド

2016-17シーズン、恩師のデイヴィッド・モイーズ監督が指揮をするサンダーランドAFCにレンタルすることが発表された[27]

レアル・ソシエダ

2017年7月12日、レアル・ソシエダに移籍[28]。5年間プレーし、2021-22シーズン終了後に契約満了で退団した[29]

セビージャ

2022年8月31日、セビージャFCに完全移籍で加入した。[30]しかし、加入後は全く出場機会を得られなかったため、シーズン途中の2月3日にトルコのイスタンブール・バシャクシェヒルFKへシーズン終了までレンタル移籍をした[31]

2024-25シーズンは、UDラス・パルマスへ期限付き移籍[32]

代表

コソボにルーツを持つヤヌザイは、世代別の代表入りの経験はないが、ベルギー代表アルバニア代表コソボ代表トルコ代表など5か国の代表でプレーする選択肢を有していた。また、国籍を持たない国の代表としてプレーする事に関するFIFAの規定に従って、イングランド居住歴が5年以上となる2018年以降にはイングランド代表としてもプレー出来る可能性も取り沙汰されていた。

しかし、2014年4月23日、ベルギー代表監督のマルク・ヴィルモッツが自らのTwitterにて「ヤヌザイがベルギー代表選手入りを選択した」ことをコメントした[33][34]

2014年5月、ブラジルワールドカップベルギー代表のメンバーに初招集され、5月26日に行われたルクセンブルクとの親善試合に出場するも[35]、ベルギーが規定を超える7人の選手交代を行ったため無効試合となった[36]。6月26日のワールドカップグループリーグ最終戦となった対韓国戦で先発出場、後半15分にナセル・シャドリと交代でベンチに下がるまでプレーし、仕切り直しの形での代表デビュー戦となった[37]。これにより、ベルギー代表であることが確定し、残りの国の代表選出権を失った。

2018 FIFAワールドカップ、グループリーグ最終戦のイングランド戦で先発出場から決勝ゴールを決め、ベルギーのグループリーグ首位通過に貢献した[38]

個人成績

さらに見る シーズン, クラブ ...
シーズン クラブ リーグ カップ リーグカップ 欧州カップ その他 通算
リーグ 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
マンチェスター・ユナイテッド 2012-13プレミアリーグ00000000--00
2013-1427410402010354
2014-151802010--210
2015-1651000020-71
2016-17000000000000
通算50530504010635
ボルシア・ドルトムント 2015-16ブンデスリーガ6010-50-120
サンダーランド 2016-17プレミアリーグ2502011--281
レアル・ソシエダ 2017-18プリメーラ28310-61-354
総通算8556061110101096
閉じる

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 15試合 1得点(2014年-2022年)[39]
さらに見る ベルギー代表, 国際Aマッチ ...
ベルギー代表国際Aマッチ
出場得点
201460
201500
201600
201700
201841
201920
202000
202110
202220
通算151
閉じる

得点

さらに見る #, 開催年月日 ...
#開催年月日開催地対戦国スコア結果試合概要
1.2018年6月28日ロシアの旗 カリーニングラードカリーニングラード・スタジアムイングランドの旗 イングランド1-01-02018 FIFAワールドカップ
閉じる

タイトル

クラブ

マンチェスター・ユナイテッド

個人

脚注

関連項目

外部リンク

Wikiwand in your browser!

Seamless Wikipedia browsing. On steroids.

Every time you click a link to Wikipedia, Wiktionary or Wikiquote in your browser's search results, it will show the modern Wikiwand interface.

Wikiwand extension is a five stars, simple, with minimum permission required to keep your browsing private, safe and transparent.