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『あかねさす紫の花』(あかねさすむらさきのはな)は、宝塚歌劇団のミュージカル作品。柴田侑宏作。1976年初演。
飛鳥時代を舞台に、中大兄皇子(後の天智天皇)・大海人皇子(後の天武天皇)の兄弟と、2人に愛される額田女王との恋愛模様を描いたオリジナル作品。
表題は、「万葉集」にある、額田が大海人に贈ったといわれる歌「あかねさす 紫野ゆき 標野(しめの)ゆき 野守は見ずや 君が袖ふる」(歌碑が八日市(現在の東近江市)にある)による。この歌を歌詞に取り入れた主題歌「紫に匂う花」(大海人が歌う)をはじめ、数首の万葉歌が劇中のミュージカルナンバーに取り入れられている。作曲は柴田との共同作業が多かった寺田瀧雄。題名の前に「万葉ロマン」と銘うたれている。
本作の初演当時、宝塚歌劇では古代王朝時代を舞台とした作品はまだ少なく、馴染みの薄い時代に踏み込んだ意欲作であった。
初演が好評を博し、翌77年に早速再演。柴田作品で初めて本公演[注 1]で再演された作品であった。その後も1995年をはじめ度々再演され、柴田による和物オリジナル作品の中で、最も上演回数の多い作品となっている(直近の上演は2018年)。
柴田は初演から演出も手がけていたが、彼が眼病を患い演出活動が困難となったため、1995年版から、外部招聘した演出担当者や後輩演出家に実質的に演出を委任、柴田が脚本の推敲に専念する形で上演に関わっていた。
もともとダブルトップ体制だった花組のために書き下ろされたため、中大兄・大海人の皇子2人ともを主人公として、それぞれに見せ場が与えられた構成だった。再演はすべて単独トップスターの組によるため、トップスターの個性に合わせて、中大兄、大海人いずれかを単独の主役とし、主役の出番を増やすなど、脚本の推敲が行われている。
この作品の姉妹編として、柴田は「あしびきの山の雫に」・「たまゆらの記」(「あしびきの…」項目参照)を執筆している(柴田自身、「あかねさす…」を加えた三部作のつもりで書いたと述べている)。また、柴田の2004年作品「飛鳥夕映え」は蘇我入鹿を中心に「あかねさす…」のやや前の時代の宮廷を描いた作品であった。
額田女王は、大和・額田郷(ぬかたのさと)の豪族の家にうまれ、宮廷生活を夢見る闊達な娘。同郷の若い仏師・天比古(あめひこ)は彼女に想いを寄せていたが、身分の違いから結婚できないため、彼女の顔を原型として菩薩像を彫ることで、想いを芸術に昇華させようとしていた。
やがて額田は、大海人皇子が中大兄皇子について額田郷を訪れた時、大海人に見初められ、憧れの宮廷に。心優しい大海人と妃となった額田は仲睦まじく、2人の間には十市皇女も生まれ幸福な日々を送る。
一方、政治力に優れた皇太子・中大兄は中臣鎌足たちに支えられ、大化の改新を推進していたが、皇女を生んであでやかさを増した額田に惹きつけられ、強引に額田を自分の妃にしてしまう。尊敬する兄からのこの仕打ちに、大海人は無力感に打ちのめされる。
額田をめぐって葛藤する大海人、中大兄、そして兄弟間の亀裂を懸念し政略をめぐらす中臣鎌足。また成長した天比古も、遊女・小月の自分への愛を感じながらも額田を忘れられずにいた。様々な人々の思いを巻き込みながら、歴史が動いていく…。
大海人皇子「紫の匂える…」と額田女王「あかねさす…」の歌
(作詞 : 柴田侑宏 作曲 : 寺田瀧雄)
中大兄皇子の歌
(詞 : 万葉集 作曲 : 寺田瀧雄)
(詞 : 万葉集 作曲 : 吉田優子)
藤原(中臣)鎌足の歌
(詞 : 額田王 作曲 : 寺田瀧雄)
(作詞 : 柴田侑宏 作曲 : 吉田優子)
(作曲 : 寺田瀧雄)
(作曲 : 吉田優子)
同年に全国ツアーが行われた。併演は『レ・ビジュー・ブリアン』。
大海人皇子 | 天比古 | 中大兄皇子 | |
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5月4日(金) - 5月15日(火) | 明日海りお | 柚香光 | 鳳月杏 |
5月16日(水) - 5月26日(土) | 柚香光 | 鳳月杏 | 明日海りお |
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ピンク背景が主役を示す。
「( )」は公演年と公演組の下の文字は公演場所、役者の場合は新人公演。不明点は空白とする。
1976年花組 (宝塚) | 1977年雪組 (宝・東) | 1995年雪組 (宝塚) | 1996年雪組 (全国) | 2002年花組 (博多) | |
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大海人皇子 | 安奈淳[3] (寿ひづる[3]) | 汀夏子[5] (第一回:鳳城ひろき[5]) (第二回:山城はるか[5]) | 一路真輝[8] (安蘭けい[8]) | 一路真輝[9] | 瀬奈じゅん [11] |
中大兄皇子 | 榛名由梨[3] (宝純子[3]) | 麻実れい[5] (第一回・高汐巴[5]) (第二回:千城恵[5]) | 高嶺ふぶき[8] 轟悠[8] (高倉京[8]) | 轟悠[9] | 春野寿美礼[11] |
額田女王 | 上原まり[3] (島ゆり[3]) | 東千晃[5] (第一回:四季乃花恵[5]) (第二回:優ひかり[5]) | 花總まり[8] (貴咲美里[8]) | 花總まり[9] | 大鳥れい[11] |
中臣鎌足 | 麻月鞠緒 (一条ひかる) | 尚すみれ (大浦みずき) (青樹りょう) | 香寿たつき[8] (汐美真帆[8]) | 香寿たつき[9] | 矢吹翔[11] |
天比古 | 松あきら (祐樹叶) | 常花代 (真咲佳子) (亜湖千波) | 高嶺ふぶき[8] 轟悠[8] (貴城けい[8]) | 高倉京[9] | 愛音羽麗[11] |
鏡女王 | 千草美景 (美樹ひろみ) | 城月美穂 (五條愛川) (一原けい) | 翠花果[8] (麻世さくら[8]) | 翠花果[9] | 絵莉千晶[11] |
小月 | 八汐みちる (美野真奈) | 昇路みちる (湖条千秋) (茜真弓) | 星奈優里[8] (愛耀子[8]) | 星奈優里[9] | 舞風りら[11] |
十市皇女 | 美野真奈 (麻里光) | 優ひかり (真乃ゆりあ) (朝風めぐみ) | 貴咲美里 (愛田芽久) | 真樹めぐみ | 珠まゆら |
斉明天皇 | 恵さかえ (京三紗) | 千花さち代 (矢代鴻) (加奈霞) | 京三紗 (美穂圭子) | 京三紗 | 京三紗[11] |
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「( )」の文字は公演場所。不明点は空白とする。
1976年花組 (宝塚) | 1977年雪組 (宝塚) | 1977年雪組 (東京) | 1995年雪組 (宝塚) | 1996年雪組 (全国) | 2002年花組 (博多) | |
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作 | 柴田侑宏[2][4] | 柴田侑宏[8][9][11] | ||||
演出 | 柴田侑宏[2][4] | 柴田侑宏[8][9] 花若春秋(協力)[8][9] | 柴田侑宏[11] 尾上菊之丞[11] | |||
振付 | 西川りてふ[16] | 花若春秋[8][9] 花若竜太郎(助手)[8][9] | 尾上菊之丞[11] | |||
音楽 | 寺田瀧雄(作曲・編曲)[16] 河崎恒夫(編曲)[16] | 寺田瀧雄[16] | 寺田瀧雄(作曲・編曲)[8][9][11] 吉田優子(作曲・編曲)[8][9][11] 河崎恒夫(編曲)[8][9][11] | |||
音楽指揮 | 野村陽児[16] | 岡田良機[8][9] | 岡田良機(録音)[11] | |||
装置 | 黒田利邦[16] | 大橋泰弘[8][9] 黒田利邦[8][9] 新宮有紀(補)[8][9] | 大橋泰弘[11] 國包洋子(助手)[11] | |||
衣装 | 小西松茂[16] 中川菊枝[16] | 桜井久美[8][9] 中川菊枝(考証)[8][9] 有村淳(補)[8][9] 大沼由美(補)[8][9] | 任田幾英[11] 河底美由紀(補)[11] | |||
照明 | 今井直次[17] | 今井直次[8][9] | 勝柴次朗[11] | |||
音響 | 松永浩志[17] | 加門清邦[8][9][11] | ||||
小道具 | 勝村四郎[17] | 伊集院徹也[8][9] | 石橋清利[11] | |||
効果 | 扇野信夫[17] | 扇野信夫 [8][9] | 切江勝[11] | |||
演出助手 | 村上信夫[17] | 中村一徳[8][9] 齋藤吉正[8][9] | 植田景子[11] 齋藤吉正[11] | |||
舞台進行 | 豊田登[8][9] | 西原徳充[11] | ||||
舞台美術製作 | (株)宝塚舞台[11] | |||||
録音演奏 | 宝塚歌劇オーケストラ[11] | |||||
制作 | 橋本雅夫[17] 三宅征夫[17] | 平井義人[17] | 古澤真[8][9] | 木村康久[11] |
2006年月組 (中日) | 2006年月組 (全国) | |
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作 | 柴田侑宏 | |
演出 | 柴田侑宏 尾上菊之丞 | |
振付 | 尾上菊之丞 | |
トップスターたちの個性もあって、1977年の再演以降、「大海人皇子版」が4回(全国ツアー含まず)、「中大兄皇子版」が2回の上演となっている。「中大兄版」は2回とも花組で上演されているため、現在のところ「花組版」ともいえる。
2回、全国ツアー演目(いずれも「大海人皇子版」)となっているが、イズミティ21(宮城県)と、市川市文化会館(千葉県)が、両方のツアーで上演会場となっていた。
2018年版の改訂について、柴田はスタッフ表記上でも脚本に専念していたが、当版の準備期間に、柴田(当時80代半ば頃)の健康問題が顕在化し始めており、脚本推敲はもとより、再演のための演出担当者(大野拓史[注 12])たちとの打ち合わせも儘ならない状況となっていた。このため、大野を中心に、これまでの上演の映像を一通り確認[18]したうえで、基本的に初演時の脚本に準拠する方法により脚本内容を確定、再演を実施した。
上記のように柴田の体調はかなり悪化していたが、2018年版の稽古初日には足を運び、明日海を激励したという(当版上演の翌19年に柴田は逝去している)。
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